第2話 出逢いはここから
失業中に思いつきで決めた旅行代わりの「田舎体験できる留学」
初めての経験でどんな感じなのか、まるで予測がつかない。
そもそも、一人旅というのも初めてで…
(何か、新しいものを見つけられるのかな?)
”田舎暮らしを体験しよう”なんて今どきのステータスの一つで、ちょっとカッコ良くも聞こえるけど……。
(もしかしたら単純に農作業のアルバイトだったりして?)
――というのも、申し込み後に届いた案内の紙に記載してあったのは
『滞在中に体験していただくもの
・農作業や町の奉仕活動
・地元人たちとの交流会
・他 レクリエーション
※詳細は初日にご案内します。』
この田舎留学の場所になっている町の「町おこしプロジェクト」の一環で企画されたものらしかった。
(なんというざっくりとした内容の説明……。当日までのお楽しみってこと……?)
逆にその未確定な部分も、私のワクワク感を膨らませていく。
――そしていよいよその日がやってきた。
何が起こるのかわからないミステリーツアーのようなワクワク感と、ほんの少しの緊張感を胸に家を出る。
ツアーではないので、現地までは自力で行かなくてはいけなかった。
この宿泊数に比例しないこの参加費の破格的な金額を考えれば、その辺はいたしかたない。電車を乗り継ぎ「田舎」を目指す。
窓から見える都会の街並みは、やがて時間の経過と共に緑の多い景色へと変わっていった。
最寄りの駅からはバスに乗って行き、やっと指定のホテルへたどり着く。
「時間になりましたら、大広間の方へお集まりください」
フロントでチェックインすると、部屋の鍵を渡されたので、ホテルの見取り図を見ながら案内された。
留学中の宿泊場所になっているこのホテルは、少し古びてはいるけど想像していたよりは全然綺麗だった。
部屋も、一人一部屋を使えるとのこと。下手な旅行よりも、ちょっと贅沢な感じだ。
鍵に記された番号の部屋へ入ると、部屋のつくりも思ったより広くベッドが1台、奥には大きな窓があり、そのそばに一人用の椅子と小さなテーブル置いてあった。
集合時間までは少し時間があったので、窓のそばの椅子に座ってペットボトルのドリンクを飲みながら一息つくことにする。
視線は自然と窓の外へ向く。
ここは海も山も近い、自然豊かな町。窓の向こうには、緑の木々の葉がそよぐ風に揺れている。そしてその合間から少し離れた海が広がっていて、太陽の光を受けキラキラときらめいてるのが見えた。
「わぁ綺麗…」
ここで、この景色が見れたというだけで、すでに満足度がグーンとアップした。
(でも……今回は旅行じゃなくて体験留学)
きっと、明日から何かと忙しくなり、ぼーっとしている時間なんてないだろう。
「さてと」
しばし窓からの景色を堪能した私は、立ち上がり持ってきた荷物を開け、着替えなどをクローゼットに移し整理した。一通り片付いた頃、指定の時間になったので、体験の説明会があるという大広間へ向かった。
「それでは、お手元にあるこの期間に体験してもらうプランの一覧をご覧ください」
すぐに、この田舎体験留学のプロジェクトチームのスタッフによる、明日からの予定と詳しい説明が始まった。
「皆さんには、この町でたくさんの体験をしていただきたく「田舎体験」企画しました。
ここでしか出来ないことや、色んな人との出逢いや交流を楽しんでください。
それでは、まず明日は……」
「出逢いか……」
説明を聞きながら、さりげなく周りを見渡す。
参加者は、15~6名ほどだろうか? 女性、男性、半々ほどの割合のようだ。
年齢層は、やや年配の人から同世代や年下っぽい人もいる。
ふとその時、参加者の一人と目が合った。私と同じ年位の男性だ。
その男性は、ニコッと微笑み軽く会釈をしてくれたので私も、会釈を返した。
すると、今度は小さく手を振り返してきた。
それに気づいたその隣にいる男性が、私の方に視線を向けてきた。
(あっ……)
…と、思ったらすぐに視線を逸らされる。
その二人は何やらコソコソ話している。視線をそらした男性の方が、人差し指をたて口にあて「しーーっ」というデスチャーをした。
二人のやり取りは親しそうな感じに見えたので、たぶん友達同士なんだろう。
視線をそらされたことがちょっと気になったけど、スタッフの説明がどんどん進んで行くので、意識をそっちに戻す。
(ちゃんとしっかり聞いておかなきゃ)
私はすぐに手元のパンフレットにチェックを入れながら、話を聞くことに集中した。
体験の内容は本当にバラエティで、地元のいくつかの畑作業の手伝いや、モノづくり体験の内容も、草鞋作りからそば打ちまで多種多様だ。
他にも施設訪問、施設の清掃、民家への宿泊、それに加え参加者同士の親睦会やレクリエーションなど、滞在期間中のスケジュールは盛りだくさんだ。
スケジュール表には、ところどころは空白もいくつかあった。どうやらそこは、自由行動ということらしい。
「田舎留学の趣旨は、この町のいいところや楽しみを知っていただき、
皆さんの第二の故郷として、また遊びに来てほしいこと
そして縁があれば、移住してきていただくのも大歓迎です」
説明をしているスタッフが、そう最後に言い加えた。
(…移住は無理かもしれないけど、第二の故郷って、なんかいいなぁ)
ここに来る間の車窓や、部屋の窓から眺めた景色や風の匂いに、すでに私はその魅力に心奪われている。この町が、大好きになる…そんな予感がしていた。
「それでは、お食事を用意していますので、隣の部屋へ移動してください」
説明会が終わると、スタッフに誘導され決起会を兼ねた夕食の用意された隣の広間に移動した。
食事が並べられたテーブルにつき、まずは参加者が一人一人、簡単な自己紹介をしていく。友達同士で参加してる人や一人で参加している人、説明会で言われていたみたいに「田舎への移住」に興味があってご夫婦で参加した人もいる。
「僕は、いつかこの町のように自然豊かなところで暮らしたいと思っています」
まだ、独身ですがそちらのご夫婦みたいになれたらいいなって。
名前は、田所
さっき目が合った男性だ。とても明るく笑う、人懐こそうな人だ。
そして次に、さっき目をそらされた男性。
「三山
さっきはシャイでクールな人のかな? と思ったけど、柔らかい笑顔で、自己紹介する姿は意外と人当たりがよく穏やかそうな印象だった。
一人一人簡単な自己紹介をしていき、いよいよ私の順番が回ってくる。
(あ、次、私だ。ちょっと緊張する…)
ドキドキしながらも、とりあえず笑顔を作って自己紹介をした。
「私は、えっと…事情でちょっと時間が出来てしまったのと、色々打破できない自分にちょっと嫌気がさしてて……気持ちを切り替えられるチャンスかなというのと、この留学でで、何か新しいもの見つけられないかなと思って参加しました。よろしくお願いします」
あえて失業中とは言わなかった。なんとなく言いたくなかったからだ。
「で、お名前は?」
田所さんにニコニコしながらつっこまれた。
(あ、そうだ名前言うの忘れてた!)
「た、立花沙也です」
慌てて名前を名乗る。
「沙也ちゃんね。よろしく」
そう言って、田所さんはまた顔の横で小さく手を振った。
(本当に明るくって人懐っこい人……)
やっていることは軽い感じだけど、見た目はそんなにチャライわけでもなくどちらかというと好青年の雰囲気だ。
「緊張してるのわかるよ。俺もめっちゃ緊張したもん」
田所さんの隣にいた三山さんも、すぐにフォローしてくれた。
「すみません。ちょっと舞い上がっちゃって」
私がそう言うと、三山さんはニコニコしながら小さく二度頷いた。
(優しい笑顔……きっと誰にでも好かれる人なんだろうなぁ)
この時まだ、私は知らなかった。これが奇跡の出逢いであることを……。
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