オレンジ

猫月うやの

第1話 新しい一歩

 ちょっとした気分転換の場所を見つけたそう思った。

きっとこれは、神様が導いてくれた二人の心繋がるストーリー。


 長く務めたていた会社が、突然の倒産。

必然的に失業してしまった私は、次の仕事を探さなくてはいけなくなった。

何度も、ハローワークに行ったり求人情報サイトを見たりしているもののピンとくるものがなく……なかなか新しい一歩を踏み出せずにいた。


 こんな時、彼氏の一人でもいれば……そんなことも、ちょっと考える。

(いやいや、恋愛はもうこりごりのはず)

 学生の頃、深く傷ついた経験があり、もう二度と同じ思いはしたくないと思っている。

縁がなかったと言うより、それを理由に拒んできたという方が正しいかもしれない。

ここ数年恋愛をしたいとは少しも思えず、ひたすら仕事に打ち込んできた。

仕事が恋人? 上等上等。と強気で働くことに生きがいを感じられる、充実した日々だったのに……。


神様はなんと卑劣な試練を私に与えてくれるのだろう。

恋愛相手も、仕事も、やる気も全部なくしてしまって、すっかりもぬけの殻になってしまったこの心の穴を、一体どうやって埋めればいいのか。


「はぁー自分が何をしたいのか、全く見えてこない……」

 ため息交じりでそんなセリフを吐きながら、机の上に開いたノートPCをパタリと閉じる。喪失感が想像以上に大きく何もやる気が起きない。


しばらく、何も考えず天井をぼーっと眺めていた。

(やばい。このままでは心も身体も腐ってしまいそうだ)

 もう一度PCを開き、マウスのホイールをクルクル回しながら検索サイトをの画面をなんとなく眺める。

こんな日が、もう何日続いてるのだろうか?

ちょっとした焦りがありつつも、この状況を打破する方法が見つけられない。


(そうだ……)

 ふと思いつき、学生の頃の友達の美希に電話をしてみた。

『もしもし? 久しぶり、どうしたの?』

 屈託のない友達の声がスマホのスピーカーから聞こえてくる。

「ん、ちょっと話聞いて欲しくって……」

 そう切り出し、今の現状を、詳しく話してみた。

彼女は、学生の頃からの友達とあって、私のこともよく知っている。

『色々、大変だったね。あんまり焦らないで、ゆっくり休んだら?』

「そう思うけど、休み方がわからないと言うか……」

『沙也は、昔からそういうとこあるよね。まじめすぎるというさ。視界がまっすぐすぎるから、方向転換が下手なんだよね。仕事のことばっかり考えてないで、少し遊んだら。』

 まじめすぎると言われても、どう不真面目になっていいのかもわからない。

「そうだ美希、今度の週末に久々に会わない? ほら、いつか言ってたあのお店にランチ食べに行こうよ」

 少しでも気分を変えたくて、週末ランチを提案してみたけど……。

『あーごめん。週末は彼と約束してるからムリ。あと今月いっぱいは色々用事があって……。』

 美希には素敵な彼氏がいる。恋愛上手な彼女は、別れてもまたすぐに新しい彼氏ができるという、私には持ち合わせてない特技を持っている。

「そっか……。残念」

 私はスマホを持ったまま、ベッドにゴロンっと寝転がった。

『ゴメン。ゴメン。また、来月くらいに連絡ちょうだい。』

「わかった……」

『ねぇ沙也。まだ彼氏できないの?』

「うーん」

『縁がないなら仕方ないけど、少し意識すれば、きっと見つかるからさ。』

 そう言われても、私にとってはそんな簡単な話ではない。

『あの時のこと、まだ引きずってるの?』

「……」

 私にはあまり、思い出したくない過去がある。

『もう、何年たってるのよ。早く忘れなって。』

「そうだけどね」

 ……忘れたところで、彼氏ができる保証はない。

『私の彼に聞いて、よさげな人いたら紹介しようか?』

「それは、結構です。」

 私は、丁重にお断りして、ふうーとため息をついた。

『じゃあさ、旅行にでも行っておいで。ひとり旅も結構楽しいし、きっと気分も変わるよ。』

「旅行かぁ……」

 それもアリかなと思った。

それから、私と美希はしばらくダラダラと話して、また来月になったら連絡するという約束をして、電話を切った。


PCの検索内容を「求人」から「旅行」に変更してみる。


――温泉旅行? 

「うーん悪くはないけど、なんかちょっとベタだな……」

――海外旅行? 

「いやいや、お金そんなに貯めてないし」

 仮にお金があっても、今、無職の私は使う金額はセーブしたいところ。

それにパスポート取りに行ったりするのさえ、今の私にとっては正直面倒くさい。

そんなことを色々考えながら、しばし旅行プランの紹介されたサイトをアレコレ見てみた。


『普通の旅行じゃ物足りない方におすすめ!』


(……ん?)


『田舎留学。体験型宿泊プラン』


 そんなキャッチコピーが私の心を捉えた

二週間ほどのカリキュラムで、田舎暮らしを体験できるという内容。

ちょっとした農作業だったり、町の人たちとの交流だったり…


旅行とは一味違う、短期の田舎暮らしが体験できる…

しかも、宿泊料金が激安だ。


(なんだか、ちょっと面白そう。今までにない体験が出来るかも)

 田舎暮らしをしたいというほどの願望はないものの

そういう暮らしってどうなのかな? という興味はあった。

(気分を変えるためには、旅行よりこういうのもアリだよね)



それに新しい仕事に就いたら、こういうこともなかなか出来なくなるかだろう。


 ここのところ何かと迷い続けていた私だったけど、この時だけは迷いもなく、スッと決断できた。深く考えるより先に、申し込みフォームの必要事項に入力して――


「申し込む」のボタンをポチッと押した。


――まるで、何かに導かれるように……。


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