第19話 よろず屋大接戦

『おい、ジコトウヨロズテンはココカ。レイのホウチョウゼンブよこせ』

「いやー、お客さん。変なセールスなら間に合ってますが?」


 私、すいは正直、戸惑とまどっていた。


 それも無理もない。


 この地球上での買い物もろくに分からないらしく、さらに片言な日本語を喋り、どこから見てもお子様な格好のお客が相手なのだ。


 しかも、『君、お金持ってる?』と聞いてみると、『それが何かの役に立つのか?』と言って、ただひたすらにアレを9本全部くれの一点張りだ。


 これは嫌なお客を引き入れたものだと、さっきからセールス反対と言葉を濁してはいるが……。


「おや?

すい、誰っすか、この変な格好のお子さんは?」


 私が応対に見かねたか、頼もしい彼氏が助け船な声かけをしてくれる。


 彼は犬が骨をくわえた可愛らしいイラストのエプロンを着こなしていた。


 190の背丈で、やたら大柄な体格だから、もし何かあったら彼を頼れば大丈夫だろう。


「よく分からないけど、あの包丁を欲しいと言ってくるんだよね。何のつもりか分からないけど……どうしようか?

そ、それに怪しげな宗教団体みたいな姿だしね……」

 

 そう、服装は灰色の全身タイツ。

 一昔前のお笑い芸人がやりそうなスタイルだった。


 また、目の周りが異常に切り抜かれ、出目金のような瞳に、口は大きく、鋭く切り裂かれ、一昔前に流行ったらしい口さけ女のように幅が広い。


 単刀直入に言うと、マニアなホラー映画が好きな異常なコスプレ好きの変態だ……。


『オイ、ハヤクシロ。クレナイナラオマエラごとコワスゾ』


 タイツの子供がとんでもない口を滑らす。


 私ごと壊すとはどう捉えていいのやら……。  


「いや、すいごと壊すとか……ただのセクハラ坊主か……」


 やっぱりそういう概念がいねんになってしまうのが普通だ。

 最近のガキんちょは色恋にやたらいる。


 TVやネットなどからのメディアの影響だろうか。


 お金さえ払えば何でも教えてくれる放送ばかりだからかな。

 困った情報化社会になったものだ……。


『モウイイ、マザーよ。ヤッテシマエ……』


 すると、その子供の後ろから40代くらいの年配の女性が現れた。  


 その子の母親だろうか。


 これまた子供の服装みたくおかしい格好で白の柔道着を着込んでいる。


 この近くにそんな練習場はないはず。

 この子が変なのはこの親の仕業か……。


 それに向こうから両手をワキワキと握っては開く親の姿から想定すると、見事に私のアレを揉みしだくポーズをしているのは確かだ。


「きゃー、

す、すいは初めてなのにー!?」


 ワシワシと近づいてくる女性。

 よく見てみると童顔で女の私から見ても可愛い。


 はて?

 誰かさんに似てる生真面目さとお色気の雰囲気……まさかね……。


 それに常識で考えても、あんな若い年頃の相手にこんな大人の子供? 

 はい、まずない。


 だけど、こんな可愛く色っぽい女性なら私のすべてを捧げても良いかな……?


 でも、だからといって私はそんな経験は初めてだし、しかも相手は同性ときたものだ。

 まだ心の準備が必要だから、もう少し待ってほしい。

 

 そして数秒後、しばらくして、私は決意して口をつむり、ゆっくりと瞳を閉じる……。


「さあ、どうぞすいを召し上がれ……」


 すると、了解したのかは知らないが私の腕がガツッと乱暴に掴まれて空へと持ち上げられ、いきなり宙を泳ぐ姿になる。


「きゃ、きゃあ! ちょ、ちょっとオバちゃん、初対面に対していきなり何するのよ!?」


 オバちゃんの頭上でジタバタしても身動きが取れない。 


「おっ、何か楽しそうっすね、仲良く組体操すか♪」

「ちっ、違うわよ。乱蔵らんぞう、見てないで助けんかいー!」


 そこへ、緑色の円形が出現してまたたく光が広がり、目がくらむ。


 すぐさま誰かの肩に掴まされ、軽くなる私の体。


「大丈夫か?」


 私はものの見事に助けられたのだった……。

 

 それにしても背が高くてカッコいい素敵な男性だな。


 ちゃっかりと結婚指輪をはめている所は残念だけど、さぞかし奥さんは幸せなんだろうな……。


****


「何とか間に合ったみたいだな。お嬢さん立てるかい?」

「はっ、はい、ありがとうございます!」


 俺たち二人はすいと乱蔵にバタバタと状況を説明し、奥の部屋へと避難させた。


 ──それから、よろず屋から少し離れた、木々と草原が広がる自然公園のような駐車場にて変態タイツなヤツと対峙たいじしている。 


「しかし、間一髪だったな。あとはあの二人をどうするかだ……」

「その事なんだが、李騎りき、ここは俺に考えがある。いったん二手に別れないか?」


 龍牙りゅうがさんが熱燗あつかんのとっくりのような瓶をちらつかせる。


「それは何だ?」

「まあ、見てのお楽しみだぜ。それより母親をうまくいてくれ。偽者なんだろ、思いっきり呪文でぶちのめせ」

「言われなくてもやってやるさ。さあ、カモン、偽母さんよ!」


 すると、偽母が立ち止まり何かを話している。


 ひとりごとだろうか。 


 だけど、手のひらはなぜか龍牙さんの方を向いていた。


 俺ははっとなり、龍牙さんへと叫ぶ。


「いや、これは呪文だ。いけない、龍牙さん!」


「フレイムー!」

「何のこれしき!」


 偽母が放った炎の塊に龍牙さんが剣を抜いて炎の魔法を待ち構える。


「ぐっ、中々やる攻撃だな……。

……おい、李騎!」


 強烈な炎の塊を剣で受け止めながら、とっくりをこちらへ投げて俺に受け渡す。

 突然の問いかけにあたふたしながらそれを受け取る。

 

「その頭の木の栓を抜いて、あの偽母に開け口を向けて狙え!

チャンスは今しかない。絶対に外すなよ!」

「えっ、栓を外すの?」

「……ちっ、いいからさっさとやらんかい!」

「ああ、ごめん」


 俺はとっくりの栓を抜き、その暗い入り口を母に向ける。


「……いいか、その状態で『偽者の母を吸い込め、バキューム!』と唱えろ!」


 龍牙さんが偽母の炎を何とか受け止めて剣をふるい、霧散させる。

 

 偽母は次の魔法を唱えるためか、またブツブツと喋っている。

 

「今だ、やれっ!!」

「はいっ。偽者の母を吸い込め、バキューム!」


 そう言い放った瞬間、とっくりが光だし、もの凄い吸引力を体感する。 


 偽母が俺の方に揺れながらこちらに引き寄せられ、あっという間にとっくりの入り口に吸い寄せられる。


 偽母は、いとも簡単にとっくりの中に収まってしまっていた。


「やったー!」

「いや、まだだ。それをこっちへ投げろ!」

「はいっ!」


 俺は緩やかな軌道きどうで龍牙さんのいる場所へとっくりを投げる。


 そのとっくりに向かい、龍牙さんが剣を抜く。


 その瞬間にとっくりが真っ二つに両断される。


『ぎゃああああー!!』


 とっくりが爆発し、偽母の断末魔が辺りに響き渡る。

 いくら偽物とはいえ、声は本物にそっくりだから拍子抜けする。

 

「よし、これであの偽者の母親は闇の異世界へと封じられた。こちらからのゲートも閉じたから向こうからは出てこれないさ。

よくやったぜ。お手柄だな。李騎!」

「いえ、龍牙さんのサポートのおかげだよ」


『……クソ、イセカイニアル、をツカウトハ。ナカナカサエテルナ。サスガイチバンデシのコトはアル……』

「お褒めの言葉ありがとな。でも、それとこれとは話が別だ。お前は俺がいない間に数々の犯罪を犯してきた。もう逃げられないから大人しくしてろ。成敗せいばいしてやるぜ!」

『キキキキキ……ワカゾウがエラそうなツラヲミセヤガッテ、ジョウダンモホドホドにシロヨ!』


 タケシが怒りをあらわにした瞬間、周りの木々が真っ二つに切れていく。


 村にいたとき、俺を瀕死におしやったかまいたちのようなちからだ。


「龍牙さん、気をつけて。彼の能力は未知数だから」

「心配するな、俺を誰だと思っている?」

「通りすがりのオジサンだよね?」

「……なっ、失礼な、俺はまだ20代だぜ!」


 龍牙さんが剣の柄に手をかけたまま、タケシと向き直る。


『ナニをヨソミヲシテイル?

オマエニ、ボクのワザがみきれるモノカ……』

「それはどうかな?

タケシ。全力で戦うことをオススメするぜ!」

『ケケケケケ、デシごときがチョウシニノルナヨ!』


 またもや切り裂かれていく木々。


 しかし、龍牙さんは仁王立ちのまま体勢を崩さず、さらに、周囲の草花や大地は切り裂かれても、その魔法を食らった本人は傷一つない。


 しかも、龍牙さんはすでにその場にはいなく、タケシの首筋に剣を突き立てていた。


「だから、言っただろ。本気で来ることをオススメするぜ……」


 タケシが即座に離れて、あごを引き、体をガタガタと震わす。


『ニンゲンごときガフザケルナヨ。ギイイイイー!!』


 タケシのいる地面から暴風が発せられ、その場の大地が粉々に粉砕され、砂漠と化す。


 あまりの衝撃波の風圧と威力に俺はしゃがみこみ、丸くなった姿で視界を閉じ、両耳を塞いだ。


「……それがお前の限界か?」


 だが、龍牙さんは無傷でいつのまにか、あの剣をターゲットに必中させていた。

 

 タケシの腹に剣が食い込んでいる。


「終わりだな、タケシ……」

「ソレハドウカナ?」

「なっ、剣が抜けない!?」

『ケケケケケ。サスガのオマエモこのキンキョリでクラッタラヤバイダロウナ……』


『……ギイイイイ、キョエエエー!!』

「くっ、これじゃあ防ぎきれねえ!」

「龍牙さん!?」


 また暴風が吹き荒れる。


 それから風が静まり、開けた赤土の大地に龍牙さんが寝転がっていた。


「龍牙さん、大丈夫!?」

「……ちっ、俺とした事がしくじったぜ……。だが、奴の能力は見抜いた……。

……李騎、耳を貸せ……」


 あの風により、あちこちが切り裂かれた服装だが、なぜかあまり深手の怪我ではないようだ。

 

 それでも、心身的に参ったのかボソボソと伝わる龍牙さんの言葉。


 その言葉を一言ごとに噛みしめる。


 多分もう、この人は戦える体力はない。

 だから俺がやるしかないのだ……。


 俺は龍牙さんから、あの驚異的な破壊力をもつ剣と、首に下げている真ん中に赤のルビーがはめられた銀のネックレスを貰う。


「……あっ、後は頼んだぞ。

さて、疲れたから今は少しばかり寝かせてくれや……」


 そう発言した龍牙さんが安らかな寝息をたて始めた。

 俺は彼を安全な場所で寝かせ、タケシがいる元へ向かう。


「さあ、最後の戦いを始めようか。タケシ!」

『キキキキキ、フザケルナ。サイゴニカツのはボクダ。キキキ……』

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