第20話 灰色タイツに抗え

『ケケケケケ……。サア、ドコからデモカカッテコイ……』


 タケシが背を低くして、こちらへ構えをとっている。

 俺の意表いひょうをつき、いつでも能力を使えるようにしてるのか……。

 

 ──俺は龍牙りゅうがさんの言葉を思い出す。

 彼の能力の発動は目に見えない超音波の能力だと……。


 それなら口に出さなくても発動できるし、肉眼で分からないのも納得なっとくだ。 

 

 だが、俺の体を一撃で軽々と両断された威力だ。


 油断したら龍牙さんの二の舞になる。


 俺は剣を構え、慎重に距離を保ちつつ、タケシの隙をうかがっていた。


「い、行くぞ!」


 俺は迷わず剣を鞘にしまい、真一文字に駆け出した。


 すぐさま、タケシが俺を殴ろうと拳を突き上げる。


 それをスライディングでかわし、二本足めがけて蹴りを決め込もうとするが、素早く反応して上空へジャンプするタケシ。

 

 俺は落ちてくるタケシに対して体勢を整え、地上からパンチの連打を放つが、タケシは空中で切りもみになりながら、ひょいひょいっと難なく拳を避ける。


 お互い、そんなに使える能力の力もなく、そろそろ魔法のちからも底を尽きるはず。

 

 なるべくなら能力の無駄な消費はさけ、肉弾戦で迫り、最後に能力でガッチリとどめをさす短期戦で決めたい。


 それはタケシも同じようだ。


 俺は左右のジャブの連発を繰り返し、タケシに呪文を放つ隙はあたえない。


 タケシはギリギリに体をくねらせながら、全攻撃を避けている。


 そんな隙を作れない状況下に段々とタケシがいらついているのが目にまる。


『……この、ナマヌルイコウゲキヲス

ルンジャネェェー!!』 

 

 ハエのように群がる俺の攻撃に、タケシが後方の遠方に待避して、ついに激怒して周りの草木を切り裂いていく。


 そんなタケシの超音波の呪文がこちらにブルブルと伝わってくる。


 俺は、この時を待っていた。

 タケシに向かって真っ直ぐに突き進む。


「うおおおおー!!」

『キキキ。ソノママツッコムとはバカダナ。ニクヘンスベテヲキリサカレ、ズタズタのぼろゾウキンにナレ……』


 タケシの見えない攻撃を直接受け流しながら全力ダッシュをする。


『ナッ、ナゼナンともナイ?』

「ふっ。そう簡単に壊れたら困るんだよ!」


 俺はタケシに銀のネックレスを、これでもかと見せつける。


 そのネックレスの赤いルビーに吸収される風の呪文。


 このネックレスは攻撃呪文の能力を吸収してダメージを最小限にする。


 龍牙さんがタケシとやりあうのに必要だとくれたものだ。


 それから俺は龍牙さんから借りた背中の鞘から剣を抜き、フェンシングの競技のような突きのポーズでタケシに突っ込む。


 その間にタケシが再度能力を放つ瞬間に、大幅に横へ飛び退き、今度は緑色のスプレー缶の薬品を空気中へ振り撒く。


 そうすることで、段々とタケシの風の流れが読めてくる。


 こうして明らかにされる今まで見えなかった呪文。


 これも龍牙さんがくれた旅先の異世界で入手したアイテムで彼は『能力実感スプレー』と名乗っていた。


 これにより見えない物も肉眼で判別できるようになる。


 あんな強烈なかまいたちの攻撃も見えてしまえばこっちのもの。


 俺は次々に放ってくる風を避けながら、タケシに近づく。


 形勢は俺の有利に傾いていた。


 俺は斜めに突入して大きくジャンプしてタケシの能力を食らいながら彼の間近に接近し、迷わずタケシの腹に剣を突き立てる。


 グイッとタケシの腹に剣が食い込むが、一ミリも血は流れない。


 それもそのはず、彼の体は強靭きょうじんなゴムの筋肉でできているからだ。


 これも龍牙さん自らが戦い、命懸けで教えてくれた最高の情報である。


『ケケケケケ……。ソノテイドノコウゲキなんてナントモナイ……』

「ならば、力任せに突き抜けばいい」

『ナ、ナンダト!?』


 予想外の反応に少しばかり苦笑しながら、タケシの腹へ強引に突っ込む。


 どんどんと伸びていくタケシの腹。


『ヤ、ヤメロ。ソレイジョウハ……!?』


 やがて、五メートルほど腹を伸ばした状態で、俺は片手を空へあげる。


「空気中の電子よ、今こそ収縮して正義の鉄槌てっついをかませ!」

「エレクトロンサンダー!」


 タケシの頭上に避雷針のように電撃が流れ込む。


『グアアアアー!?』


 さいわいにも体はゴムでできているため、腹に潜っている俺は感電しないし、万が一でも、このネックレスを着けているから能力は食らわない。


 石橋叩いて慎重に挑む、俺の決死の作戦だ。


『……バカな、このボクのカラダニハ、ジュモンハキカナイハズ……』

「それはこのアイテムのことか?」


 俺は、黒焦げになった体で、あわてふためいているタケシに、彼本人が両耳につけていた二つの銀のピアスを見せる。


『……キ、キサマ……イツノマニ、ソノアクセサリーヲ!?』

「まさか、俺と同じ効果のアクセサリーを身につけているとはな。龍牙さんのにらんだ通りだ。彼に感謝だな」


「さあ、さらばだ!!」


 俺はタケシの伸びきった腹に力をこめる。


『ヤ、ヤメロー!!』


『パアアーンー!!』


 限界まで膨らました風船を針で刺した時、起こりえるのはとてつもない爆発の末路。


 今のタケシの腹がそうだった。


『グアアアア……クソ、コンナヤツニ……コンナ……クダラナイニンゲンゴトキに……』


 腹から白い血を吹き出しながら、ゆっくりと地面に倒れるタケシ。


 見ている限りでは明らかに致命傷ちめいしょうのはずだ。


「今度こそ本当に終わったな、タケシ。お前の企みもこれでゲームエンドだ」

『キキキキキ……』

「何がおかしい?」

『……オワリはキサマラモダ。タダではシナナイゾ……』


 タケシの体が輝きだす。


「なっ、まずい、瞬間移動か!?」

『ツイデニ、アレモモラウゾ!』


 タケシが一刀のドラゴンサバイバル包丁を吸い寄せる。


『タップリトジカンを……カケテ、オマエノタイセツナなかまタチを……ミチヅレニしてヤル……』


 その言葉の途中でタケシの姿が消える。


 タケシは『俺の大切な仲間達を道連れにする』と言っていたが、このよろず屋を差しおいて他に考えられる場所は、あの洞窟しかない。

 

 このままでは晶子しょうこ達が危ない。


 俺も急いで瞬間移動の呪文で後を追った……。


****


李騎りき、李騎、どこにいるのですか?」

「しょ、晶子、少しは落ち着きいや……」

「だって、私たちが目覚めたら李騎がいなくて、今まで行方不明だったはずの李騎のお父さんがここにいるんですよ……。

……これは明らかにおかしいですよ。

だから、李騎のお父さんがお手洗いから戻ってきたら詳しい話を聞かないといけませんね……」

「そうやな。好きにしいや……」


 そこへ光とともにやってくる人影。 

 あのシルエットは見覚えがある……。


「い、いきなり何ですか!?

……あっ、あの子は!」

「晶子、危ない。離れてーな!」

『キキキキキ、オマエラヒサビサダナ。ゲンキダッタカ』


 光のシルエットが消え、そこには、あのワタクシらを屈辱くつじょくにあわせたタケシがいた。


 彼はなぜか、お腹に大怪我をしていて、そのお腹を押さえながら、例の包丁を持ってワタクシらにゆっくりと近づく……。


「元気もなんも、ワタクシたちをめちゃくちゃにしてさかい……この代償は高くつくよ!」


 ワタクシは手持ちの拳銃を構える。

 念のために備えて玉は新しく入れてある。

 しかも相手は深手を負っている。


 それにこの至近距離。

 いくら腕前が下手でも捉えられないはずはない。


 だけど、腕の震えが止まらなく、標準が定まらない。

 

 今までは食用にする鳥などの動物や、つい、この前のようなザリガニへの戦闘中の発砲が主だった。


 まさか、人、いや、宇宙人をあやめることに、これほどまでに勇気がいるとは……。


「チックちゃん、無理しなくていいよ。もう、こんな時に李騎は何やってるのよ……」

「晶子、役に立てなくてごめんな……」

「いいよ。気にしないで。死ぬときは一緒だから……」


 晶子が優しくワタクシをかばい、体をそっと密着させる。


 その温かい晶子の体さえも小刻みに震えていた。


 自分より他人の心配をする、彼女の優しい心遣いに切なさがこぼれそうになる……。


『ケケケケケ……オトナシククタバリナ!!』 


 タケシが包丁を晶子に振りかざし、晶子が恐怖におののき、目の前の攻撃に視野を閉じる。


 それは一瞬だった……。  


「いや、くたばるのは貴様だ」


 そこには、李騎のパパのただしが素早い身のこなしでタケシが持っていたドラゴンサバイバル包丁を取り上げ、それをタケシの左胸に突き刺していたのだ……。


****


「李騎のお父さん!」

「パパさん、ナイスタイミングやけん!」


『……グフ……イヤ……チガウナ……』

「へっ、そうなん?」


『……グフフッ、オマエ、アノちちのモッテイルワザジャナイナ……イクラキズグチのウエカラデモ、フツウ、コノナイフで、ガンジョウなナイゾウヲ……ツラヌケルハズガナイ……ガハッ!』


 宇宙人特有の白い血を吐きながら否定するタケシ。


「……ふっ、バレたか。

実は、トイレで変装の呪文を使用して様子を見ていたのさ。

まあ、今頃、当の本人は眠りの能力でぐっすりと眠らせているからな……」


 龍牙さんの剣を見せなかったのはタケシや周りに俺の正体がバレないようにする小芝居だった。


 だからナイフを利用して腕力の強化能力を使用し、タケシに深いダメージを与えたのだ。


 高度な呪文も使いこなす親父が、こんな単純な能力を使用しなかったのも、この流れを読んでいたのだろうか……。


 俺は親父(忠)の格好から元の姿の李騎に戻る。

 晶子とチックが驚いた顔で我が目を疑っていた……。


「さあ、タケシ。悪巧みもここまでだ。母さんを装置から出すための暗証番号をさっさと言え!」

『キキキキキ……シンデモイウモノカ。カッテニクタバレバヨシ……ガハッ!!』

 

 タケシが床に倒れて、その体が薄くなっていく……。


『キキキキキ……。フシギダナ、シヌノガコワイトハ。ニンゲンミタイダナ……』

「ああ、そうだよ、タケシ。そう思える感情を持つお前は、最期まで立派で強くて誇らしい人間みたいだったよ。多少は狂っていたけどな……」


『……イマサラ、ジヒナドイラナイサ。ヤットカアサンノソバへユケル……。

……バンゴウハ、ヨンケタのスウジデ、○○○○サ……』


 そうして、タケシの体は着ていた灰色のタイツだけを残し、完全に消失した。


 俺達は何とかして彼、タケシに勝ったのだ。


「タケシ……センクス……」

「愛していた母親をなくし、実の親のような李騎の母親に想いを寄せて……。

強がっていても本当はタケシ君は寂しかったのですね……」


「タケシ、安らかに眠りなよ……」


 俺達は、タイツに祈りを捧げた。

 端から見たら異様な光景かも知れない。


 俺達しか知らない激動の物語が、このタイツには刻まれていた……。


****


 そこへ、今更ながら本物の忠が呑気のんきに帰ってくる……。


「おお、李騎君、来ていたのか。すまんな。疲れていたのか少しばかりトイレで居眠りをしていてな。

……しかし、何か周りがやたらと散らかって荒れてるな……何かあったのか?」

「……い、いや、何でもないさ。それより親父、タケシから番号は聞き出せた。早く母さんを助けに行こう」

「分かった。みんな、私に集まれ。湖涼こりょうの元へ瞬間移動するぞ」


 ワラワラと集まり、親父と手を繋ぐチックと俺。


「えっ、なになに?

お父さんもマジシャンなんですか?」


 相変わらず晶子だけは何もわかっていない様子だ。


「……よし、それでは行くぞ!」


 こうして、輪になって手を繋いだ俺達は母を助けに、この惨劇さんげきだった場所を後にした……。

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