第18話 帰ってきた男

「ぐわっ!?」


 またもや豪快に俺は投げ飛ばされる。

 これで何回目になるだろうか。


 相手の正体を知ってからか、こちらからはやたらと攻撃はできない。


 何せ、俺の母さんだからなおさらである。 


「か、母さん、どうしたんだよ。正気に戻れよ!」


 しかし、俺が何度、説得をこころみても母さんの目はうつろで、ひたすら黙ったまま何回も俺を投げ飛ばす手はずだ。

  

「うわっ!?」


 再び、繰り返す母さんによる投げ技。

 

 それに対して、考え事に夢中だった俺は十分な受け身がとれなくて床に転がる。


 だが、すぐに母さんは俺の体を投げようと腕を掴みにかかる。

 

 寝転がり、痛みを感じる余裕はない。

 

『キキキキキ……。ドウダ、ボクのサイシュウジッケンデモアル、ウミノオヤカラコウゲキされたキブンハ……。

コレハ、ナカナカステキなデータがトレソウダ』


「おい、タケシ、母さんに何をしたんだ!」

『ナアニ、スコシバカリイジクッテ、ボクとオマエノなかまのいでんしヲチュウシャしただけ……』


「仲間とは晶子しょうことチックのことか!」

『ケケケ。アト、オマエノちちのいでんしもクワエテアル。クワシイハナシはココニクルマエニ、オマエノちちカラ、スコシキカサレタハズ。まだワカラナイナラ、オマエノちちにチョクセツキクンダナ……』


 タケシの言葉に、奥にある洞窟から見慣れた姿が出てくる。


「親父……そこにいたのか……」

「……逃げろ、李騎りき君。ワシと母の湖涼こりょうのDNAを受け継いだ新人類、魔法戦士の計画はこの通り、お前が来る前に暴走により失敗した……。

……現に晶子ちゃんたちの遺伝子を注射してもこの結果だ。その湖涼はタケシの言うことしかきかん……」


 あちこち傷だらけの親父は泥で薄汚れた白衣を身につけており、俺を逃がそうと躍起やっきになり、両手を俺の前にかざす。  


 だが、タケシが親父に迫って腹を殴り、その行為を強引に中断させる。


「ぐはっ、李騎君、すまん……」


 その場で崩れ落ちる親父をふわりと遠くへ投げるタケシ。


 だけど俺は、そのわずかな隙を逃さなかった。


 タケシの注意が反れた今がチャンスと直感で呪文を放っていた。


「タケシ、終わりだ!」 

「フルスペックファイアッー!!」


 俺はありったけの威力をこめて、灼熱の炎をタケシにお見舞いする。


『ナ、ナンダトー!?』


 ちなみに毎回言っているこの魔法の台詞はいつも即席である。

 いちいち言葉で発しなくても能力は使える。


 要するにただのカッコつけだ。


 さあ、そんなことよりタケシの最期を見届けよう。


 いくら宇宙人でも、あんな炎の塊を食らって無事で済むわけがない……。


「これにて、やっとやりたい放題やってきた迷惑な宇宙人ともおさらばだな……」


 俺は燃え盛る炎の中で影に揺れるタケシの姿を通り抜け、親父の介抱をしようと洞穴どうけつへ向かう。


 だが、ふと、その向かう先が止まる。

 なぜか足に違和感があった。

 その足元を覗くと足が光の紐で縛られている。


 その紐の先にはタケシの腕、

 いや、タケシがこちらに向かって紐? のような能力を使用していた。


 あの激しいマグマのように吹き出した炎はタケシ自体、すべてを焼きつくしたつもりだった。


 だが、あの豪快な炎で焼かれたはずなのに、タケシの体には傷や火傷ひとつさえもない……。


「うっ、嘘だろ、あの獰猛どうもうな熊をも焼き払う俺の最強の攻撃呪文だぞ!?」

『ケケケ……。ウエニハウエガいるノサ。シカシユダンシタ。ここまでデキルヤツだったトハ。ショウショウアソビスギタカ……』


『サア、オマエモジゴクヘおちろ……カァ!』


 そうして、タケシはニタリと笑い、俺の体を能力で発動した光の紐で縛りあげる。


 それから、その紐から伝わる電撃の呪文。


「ぐああああー!!」


 その容赦ない攻撃に俺は気を失いそうになる。


 ここで気を失ったら駄目だ。

 晶子とチック、親父を助けなければ……。


「しょ、しょうこ……」


 そこで限界を越えた俺の縛られた体は荒い路面へと投げ出される。


 視界は暗いが、かろうじて意識はある……。


『サテ、ダイタイノデータはハアクシタ。サア、マザーよ。このチキュウハくるっている。イマコソアナタとボクノチカラデ、セカイセイフクのタメに、このヨノナカヲシハイシヨウ。

まず、ヤラナイトいけないコトハナンダ……?』

「あの店を……ボソボソ……」


 何やら母さんが、か細い声で何かを伝えているようだ。


『……ソウカ、トンデモナイブグをハンバイしているアノオミセからツブスカ……ハハなるオミチビキ、たしかにリョウカイした……』


 タケシが俺の母さんに感謝のお辞儀じぎを捧げているからに、どうやらタケシにとって俺の母さんは絶対的な何かの権力を持った存在らしい……。


『サア、『ジコトウヨロズテン』へシツゲキノトキだ……』


 じことう、よろず。


 もしや、二小藤じことうすいたちが経営している、あの店か。


 これは非常にマズイ。


 俺のせいで、すいや乱蔵らんぞう、あの二人さえも巻き込むはめになるのか。


 今すぐにでも阻止したいが、体がいうことを聞かない。

 

 まさしく、夏のアスファルトの上で何もできずにジタバタしているミミズのような状態。


 今の俺の状態がまさにこれだ。


 そのあいだに母さんとタケシの体が光だす。

 あの光は瞬間移動の能力に違いない……。


『サテ、ボロボロにコワシテヤル。マザーよ、トモにユクゾ……キキキキキ……』

「……分かりました」

「まっ、待て……」


 俺の言葉が虚しく宙を舞う。


 上空を飛んで行く二人を見て、俺の意識は途絶えた……。


****


「おい、無事か、しっかりしろよ!」


 俺の顔を誰かが優しく叩いている。


 それから、頬を指でつままれて『うにゅーん』と伸ばされる俺のほっぺた。


「おお、これは面白いな。餅のように伸びるぜ♪」


 こちらの気も知らず、ひたすらほおを『うにゅーん』と伸ばしつくす。


「痛い、痛いわいー!!」


 俺はあまりの痛みで、その場からめいいっぱい跳び起きた。


「おっ、俺の即席の荒療治あらりょうじが効いたか。元気よく蘇ったな」


 腰まで伸ばした長髪の髭面の男性が語りかける。


 褐色の肌に目鼻の整った顔つきで180センチくらいの中肉中背。

 油まみれの緑のツナギを着ていて年齢は20代くらいだろうか。


「し、失礼な。まだ俺は死んでないぞ……」

「あれほどボロボロで意識が飛んでたのにか?

これ飲んでなかったらヤバかったぜ」


 彼が地面に転がっていた怪しげな茶色の栄養ドリンクの空き瓶を俺に見せる。


 銘柄めいがらには赤い荒っぽい文字にて『濃厚マムシエキス、栄養満点♪』と書かれていた。


「だからと言って人を玩具にするなよ!

俺の名は李騎だ。お前の名前は?」

「ああ、俺の名は紅葉龍牙もみじ りゅうがだ。聞いて驚け。あのタケシの研究員一号だぜ!」


 龍牙さんが歯を光らせながら、胸元に着けている金の桜の花びら型のバッチをちらつかせ、胸に軽く拳を当てる。


 それから、少しだけ黙りこくり、背中からガラスのように透明な白い大剣を引き抜き、晶子とチックのかせを一太刀で切り裂く。


 その二人をいまめていた呪縛じゅばくが解ける。


 たった一撃であの頑丈な鉄の枷を壊すほどの威力。

 数ミリでもずれていたら大怪我は必須だ。


 しかも、あの剣の切れ味の鋭さ。


 恐らく俺が手にしてザリガニを倒した『ドラゴンサバイバル包丁』とは比べ物にならない。


 とても、この世の作品とは思えない。


 この青年はただ者ものじゃない。

 俺の直感、いや本能がそう気づかせた。


「さあ、ラクダの王子様。彼女たちは命に別状はないぜ。早く行ってあげな」


 すぐさま、剣を背中の鞘に忍ばせた龍牙さんが俺を直視して、晶子たちに視線を流す。  


「センクス。でもどうして助けてくれるんだ?」


 その言葉にやるせなくなり、乱雑に髪をかく龍牙さん。


「……あのなあ、タケシは俺の師匠だぞ。俺が長期出張で居なかった隙をついて、研究員たちの裏切りで頭がおかしくなったアイツをほおっておけるか。タケシから気配を殺して助けるチャンスをうかがっていたんだぜ」

「そうなんだ。ありがとうな」


 俺は身体中の砂ぼこりをはたき、精一杯のお礼を告げる。

 

「さあ、いいから早く彼女らの元へ行けよ。後は俺が責任をとってタケシを連れ戻すからな」

「待てよ、龍牙さん、一人で行くのか?

アイツの強さは普通じゃない。無茶だよ!」

「いや、無茶は承知でもやらないといけないぜ。俺にも守るべき家族がいる。それに日本を滅ぼすとか黙って見ていられるかよ。お前にも愛する者ができて、家族ができたら分かるぜ」


 そう発言しながらはめていた黒の腕時計のスイッチを押し、緑の円形ゲートを出現させる。


「やれやれ。このゲートの研究には苦労したんだぜ。上手くいけば医療現場などで大活躍さ。まだ、この腕時計は試作品だが、これさえ完成すればたくさんの人を救うことができるからな」


 俺はそのゲートを潜ろうとする龍牙さんの手をガシッと掴む。


「龍牙さん、一緒に行かせてよ。俺にも守るべき人はいるから」

「……じゃあ、お前はお世話になった怪我人を放っておくのか……?

お前の父から話は聞いたが、お前も結構ワガママばかりでこの旅を重ねたのはいいが、彼女たちが使えなくなったら、そいつらはポイかよ?」


 龍牙さんは俺の目を見て、大真面目に語る。


 この人は、ここまでのしあがるのに、どれだけの人を傷つけてきたのだろう……。


「……いや、二人ともこちらの心配はいらない。ここは私に任せてほしい」


 いつのまにか復活していた親父が晶子、チックの順に抱きかかえ、ここから見える洞穴の中にある備え付けの白いパイプベッドに寝かせていた。


 それから何かしらの言葉を喋り、晶子の体全身が緑の光に包み込まれる。

 どうやら回復の呪文で治療をしているようだ。


「おい、回復呪文なら俺にでもできる。二人でやった方が早く済むよ」

「ああ、その気持ちはありがたいが、これ以上、お前の体に負担はかけられない。いざ、タケシを止めるのに能力が底をつき、戦闘で使えないとかどうしようもならんからな……。

……なあ、龍牙君よ。李騎君を頼む」


「あいよ、さあ相棒、ついてきな」


 こうして、俺は龍牙さんに連れられてゲートに入ろうとする。    


「待て。李騎君!

行く前に、もう少しばかり黙って聞いてくれないか……」


 そこへ親父が呼び止める。


「あの湖涼はクローン人間だから安心してほしい。本物の湖涼は、ここから少し離れたアメリコ軍の研究施設にコールドスリープされて眠っている。

無事に帰って来れたら装置の中にいる湖涼を目覚めさせたいが、装置を開けるには暗証番号が必要だ。その番号はタケシしか知らん……」

「つまり、何とかしてあの化け物ぶりな強さのタケシから番号を聞き出すのか……随分ずいぶんと無茶ぶりな願いだな」

「……すまんな。どういうわけかタケシにはワシらの能力が通用しないからな。

だが、龍牙君の剣術の腕は確かだ。だから龍牙君と上手く協力してタケシを懲らしめてくれ」

「分かったよ。やれるだけやるさ」

「ありがとう。恩にきる」


 父が晶子の方を向き直り、治療を続ける。


「おーい、李騎。何をもたもたしてるんだ?

このワープの維持にも限界があるんだぜ。早くしないとゲートが完全に閉まるぞ」

「ああ、分かった。じゃあな親父、晶子を頼む」


「ははっ、晶子ちゃんが一番でチックちゃんは二の次か。まさに晶子ちゃんにベタぼれだな」

「……なっ、あまり子供をからかうなよ」

「いいから頑張れよ、我が息子よ。無事に帰ってきたらお前の仲間たちも連れて、みんなで家族旅行にでも行こう」

「ああ、分かった。約束するよ。親父、ありがとう」


 そう言って俺は龍牙さんが作ったゲートへ飛び込んだ。


 ちなみに何でいつものように瞬間移動しないかって?


 いきなりタケシの目の前にワープでもしたら一発アウトだからな……。


 物事しろ、作戦にしろ、やり方は慎重に進めていかないといけない。


「タケシ、待ってろよ……。今度こそぶん殴って現実を思い知らせてやるからな」


 俺は高ぶる想いを抑えながら頑なに口を閉じ、拳を強く握りしめた……。




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