第6章 全ての企みを暴くために

第17話 悪夢を吹き飛ばせ

「……いっ、いてて、チックも容赦ようしゃないな」


 俺は何とか壊れたボートから這い出す。


 まだ周りにはボートからの煙とやらが充満していて、呼吸をする度に咳き込んでしまう。


 俺は口元をハンカチで押さえながら、残り二人の安否あんぴを確認する。


晶子しょうこ、チック、無事か?」

「ほいほい。李騎りき、こっちこっち」


 チックの声に反応し、声のした方向の煙を手で払う。


「あっ、チック、無事みたいだな。晶子は?」

「はい、私も隣にいますよ」


 軽く伸びをしなから、ぴょこっと可愛らしく出てくる晶子。


 二人ともあちこち体は汚れているが、軽いすり傷のみで、大怪我をしている様子はない。


「ふう、それは良かった。ところでチック、ここはアメリコに間違いないのか?」

「そやね。恐らく農村地帯に落ちたみたいやね……都市部にあるおじさんの家とは正反対だわ」

「うーん、問題はそこまでの足だな……ここからそこまで歩くのは無理だな」

「……なら、あっこにある道路でヒッチハイクしよか。ワタクシがいつもやってて得意だからさ」


 チックが向かい側にある道路へ進もうとし、俺と晶子も後をつけた。


 だが、その瞬間、足で土を踏む感覚が消失する。


 俺は気になり、視線を下に向けると地面がなく、巨大な真っ黒な穴ができていた。


 それから考える余裕も与えずに俺たちは真っ逆さまに落下する。


「ど、どうなってるんだよ、チック。来訪者にこんな罠を仕掛けるとか?

噂には聞いていたが、アメリコはそんなに治安が悪いのか!?」

「ひっ、ひどいわね。人のせいにせんで。そんなんワタクシも知らんよ!」


「二人ともこんな時くらいケンカは止めて……」


 空中でケンカをし続ける俺とチックの騒ぎに、すかさず昌子が言葉で止めに入るのだった……。


****


 ──数分後、俺は新たな冷たい床に倒れた体勢で目が覚める。


 支えている体に床があるということは、ようやくここで終わりの場所らしい。


 ──ここは地下の鍾乳洞しょうにゅうどうな雰囲気の洞窟のようだ。


 辺りは四角いブロック壁で囲まれていた。 


 しかし、そこで違和感があった。

 落ちてきた穴はなく、天井はふさがっていた。


 どうやってここまで来たのだろう。


 それにいつものように騒がしいチックや、大人しくても芯がある晶子の気配がしない。


 一緒のタイミングで落下したのに、肝心なその二人が今は近くにはいないのだ……。 


「おーい、チック。またお前の嫌がらせか?」


 俺は正面にあるブロックの壁に語りかけるが、何の応答もない。


「……しょうがない。歩きながら捜すか」


 重い腰を上げ、この洞窟を眺める。


「しかし、何度見ても違和感のあるブロックだな」


 ここは人の手により、人工的に作られたもののようだ。


 丁寧に揃った埋め込みの壁をなぞりながら調べてみると、所々に細かく黒い数字やaやbやらのアルファベットが書かれているからだ。


 設計時に色々と計算を視野に入れた数式の一部だろう。


「ここは何か俺の家のピラミッドの作りに似てるな。あれ、ひょっとして遺跡の中なのか?」


 俺は罠がないか確認しながら、壁沿かべぞいに沿って慎重に歩みを進める。


 それにしてもなぜ、この通路には照明などないのに灯りがあり、一方通行なのだろう。


 そう不思議に思いながら前に進むと初めて左右に分かれ道があった。

 

 俺はそこで立ち尽くし、腕組みしながら悩む。


 ここで間違えたらひょっとして帰らぬ体になるのではと、己の本能が刺激していたからだ。

 

 さあ、脳細胞を研ぎ澄まして思うがままに一歩を踏み出せ……。  


「どちらにしようかな。天の神様のいう通り~だよ、だよ……」


 人指し指を左右に動かし、今の俺の世代では似合わないであろう幼稚な選択肢でこの場を切りぬけようとしている。


「だよ、だよ、だ~よ……」


 ……と言いながら未だに指は左右の道を交差している。 


 だから言わんこっちゃない。

 俺はおろかなアダルトチルドレンだ。


「よし、決めた。あの棒が倒れた方へ行こう」


 俺は指の指示を止め、地面に落ちていた紙袋に入った片割れの割り箸を拾い、地面に立たせて倒す。


 なぜ、割り箸があって片方だけかは不明だが、今は現状の優先が先である。


 倒れた先は左を向いていた。


「なら、右だな」


 だけど、ここはプライドが譲れないせいか、あまのじゃくに逆方向へと向かう事にした。


 ポケットにその割り箸を押し込んで突き進む。


『ドドド、ドドシーン!!』


 すると、とてつもない地響きの音が背後から聞こえた。


 俺がおそるおそる後ろを伺うと、さっきの分かれ道の広場を繋げる背後の通路がブロック塀でみっちりと塞がれていた。


 どういう仕組みかは謎だが、これでは元の道には戻れない。


 俺は覚悟を決めて、震える二の足を踏み出した……。


 そして、再び左右に分かれた道が現れる。


「よし、右だな」


 俺はまた、棒が倒れた反対側の通路へ歩み始める。


『ドドド、ドドシーン!!』


 すると、また後ろから地響きがとどろき、振り向くと、また後ろの通路が塞がれていた。


 どういう訳か、この繰り返しである……。


「これは、もしかして……時をループしてるのか?」


 ループ。

 つまり、ずっと同じ状態で続く現象。


 この流れを変えない限り、同様の道を永遠と繰り返しているはめになると思っていたが、どうやらそのようだ。


 現に俺が左に進路を変えた時、次の開けた先の通路は三つになったからだ。


「ほう、真ん中が加わったか……さて、アイツの出番だな」


 俺はポケットから例のアイテムを出す。


「頼んだぞ、相棒!」


 割り箸を地面に立たせて、指を離す。


『バキッ!』


 時が一瞬止まったかと感じた。

 それもそのはず、その片割れの割り箸が真横から二つに折れたからだ。


 別に力を入れていないのに難なく折れた棒切れ。 


 これはおかしい。

 人為的な何かが起こったような気がする……。


『……キキキキキ、キヅクノがオソスギタナ……』


 そこへ響き渡るお馴染みの例の声。

 俺は、またコイツの手の中であやつられていたようだ。


「タケシ、さっきの大穴やこの洞窟といい、やっぱりお前の仕業か!」

『……ケケケ、アタリだよ。

オマエヲハヤクこらせるタメに、アナにオトシタノサ。

ここはオマエラをトラエルタメのジサクしたイセキサ。

サイショハみちをクルワシテイタガ、コンビニベントウをタベオワッタワリバシをオイテミタラ、やけにノリキニなっていたな。

まあ、コレデオマエハみちしるべをウシナッタ……』 


「おい、タケシ、晶子やチックはどこへやった!」

『……ケケケ。ソレナラしんぱいイラナイ。コチラデユックリトカワイガッテいるカラナ』


「お前、彼女らに手を出したらただじゃすまないからな!」

『ケケケケケ。モウテオクレカモな。キキキ……ハヤククルンダナな……』

「なっ、どういう意味だ?」


 俺がそう言ったきり、タケシの声は聞こえなくなった。


「く、くそっ、こうなったら実力行使だ!

この悪夢をすべて吹き飛ばせ!」

「サイクロン!」


 俺はとっさの判断で能力で何もかも破壊しようと風の呪文を発動する。


 どうやら恐らくこの洞窟は俺に何かしらの目には見えない幻覚の煙を見せている。 


 多分、後者の通路を防いで幻覚を見せて、あのタケシがいつも利用する緑色のゲートか何かに俺に潜らせて俺を騙し、元の通路に戻している。


 だから先ほどから同じ洞窟の通路しか見えないのだ。

 

 今回はなぜ、幻覚の煙や緑のゲートが見えないのは不思議だが、今度は中々気づかれないようにしたのだろう。 


 あのタケシの力なら無色透明の煙やゲートが作れてもおかしくない。


 俺は早速、その幻覚を風で吹き飛ばして、この呪縛じゅばくを解こうと作戦を思案していたのだ。


「あれ、どうしたんだ?」


 だが、俺の風の魔法がかき消される。  


「おかしい、能力が効かないなんて……」


 これまで、俺の能力が通用しないなんてなかった。


 何かが俺の邪魔をしているはずだ。


 そう感じた俺は洞窟を隅から隅まで見て、洞窟内をくまなくチェックすると、天井にキラリと光る物が目に飛び込む。


 それを確認し、まぶたをきつくつむり呪文を唱える。


「ファイアー!」


 炎が飛び出し、洞窟周辺を炎で包み込む。


「サイクロン!」


 さらに風を発生させ、炎を包み込んだ竜巻が風に乗り、天井の一角に収縮していく。


 そこから水のシャワーが洞窟全体を濡らし、すぐさまその洞窟が消えてゆく。


 そう、天井に設置された火災報知器を始動させてスプリンクラーを動かしたのだ。


 幻覚の煙も細かい粒子からできている。


 その水を含んだ粒子により、幻覚の煙は重くなり地面に落ちる。


「やっぱり思った通りだ。まさか、家庭教師から学んだ科学の勉強が役に立つとはな」


 俺の目の前の壁も地面に沈んでゆき、広々とした旅館のロビーのような石畳の空間へと場所が開けていく。


 その際、異常に眼をギョロりとしたタケシと目が合う。


「どうやら驚きを隠せないようだな」

『キキキキキ。なに、モトカラコノカオツキダ……だがオソカッタナ……』


 タケシがゲタゲタと狂いながら、奥の広場を指で示す。


 壁には、手足に鉄のかせをつけられ、鎖で白い十字架にはりつけにされた二人の姿があった……。


「晶子、チック!」


 二人の少女はボロボロの格好で気絶している。


 どうやら彼女の肌に暴行をしたような後があり、服のあちこちが破れていて、素肌は青白いミミズ腫れができている。


「お前、こんな事してタダで済むと思ってるか!」

『そのコトバ、スベテオマエニカエソウ……ケケケケケ……。

サア、サイゴノジッケンかいしダ。せいぜいタノシマセテモラウゾ……』


 そのタケシの後ろ側から何かが飛び出してくる。 


「いや、人影だ!」


 だが、判断する間も与えず、相手の行動はかなり素早く、俺の体は軽々と投げ飛ばされ、宙を泳ぐのだった。


 宙を浮いた刹那せつな、その人影を認識するのに数秒とかからない。


「か、母さん!?」


 何と、俺を投げ飛ばしたのは柔道着を着た俺の母さんだったのだ……。



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