第16話 草にも色々ありまして

「なるほど、二人が記憶を無くしてしまったのね……それですいたちに助けを求めに来たと……」


 俺は早速、二人に事情を説明した。

 まさに三人よれば文殊もんじゅの知恵。

 この件をどうにかできないかと今、三人で対策を練っている。


 ちなみによろず屋は急用で休業しており、奥の部屋の中でちゃぶ台を囲んで話し合いをしていた。


 俺の切実な悩みを優先的に受け入れてくれたようだ。


「……そうなんだよ。それでさ、何か記憶が戻るようなアイテムとかないか?」

「……う、うーん。残念だけどそんな品はあつかってないんだよね……力におよばず、ごめんね」


 湯気の漂う緑茶の入った湯のみに息をフーフーと吹きかけながら、すいが目を伏せて申し訳なさそうに答える。


 どうやらすいは猫舌らしい。


「……そうか。この前、晶子しょうこに試した睡眠薬に使用する草があったから、てっきり店にあるかと……」


 そう、あの晶子に飲ませた睡眠薬は茶葉を煎じて抽出した液体から作ったものだと、後からすいに聞かされたのだ。


 だから記憶さえ操作できる草も、このよろず屋にはあるかもと思っていたが、どうやら当てが外れたようだった。


 現に薬草等の野草も販売していただけに……。


「くっ、草!?

……すい。草なら聞いたことないっすか?」

「ええっ、あれはあくまでも噂だよ?」 


 すると、その『草』に反応した乱蔵らんぞうが醤油煎餅を食べる手を止め、凄まじい形相で鼻息を荒くしながら、戸棚にあった植物図鑑をめくっている。


 なぜ、草相手にエキサイトしてるのかは謎だが……。


「なっ、何だ、草ならあるのか!?」


 俺はすいの肩を揺さぶり、その内容を聞きただす。


「きゃっ、李騎りききゅん、肩が痛いよ。すいは乙女なんだから丁寧に扱ってよ……」

「ごめん。それでその草はどこにあるんだ?」


 少々興奮しすぎて彼女に揺さぶりをやり過ぎたことを謝罪する。


 乙女は儚げで壊れやすい。

 もっと丁重に扱わなければ……。


「まず言わせてもらうけど日本にはないわね。赤道直下に生える『ワスレナイ草』と呼ぶ名前なんだけど」

「……何だ、空振りかよ……まっ、待てよ。今なんて言った?」

「だから赤道直下……」

「……と言うことはバワイ島の近くにもあると言うことだな。ありがたい。それで『ワスレナイ草』とはどんな草なんだ?」

「……黄色の花で西洋タンポポのような草なんだけど、実際のタンポポとは違って日陰で光の当たらない森林の中を好んで生育していてね……でも……」


 すいが乱蔵が調べあげた図鑑のページを見せながら、俺の咄嗟とっさの発言に意味不明な表情をしていた。


 その据わりきった視線がやけに痛い。


「……分かった。情報センクス!」


 俺はその場に居たたまれなくなり、二人から逃げるように去ろうとする。


「ちょ、ちょっとまだ話の途中よ……李騎きゅん、聞いてるの?」

「すまん、時間が惜しいんだ。

むむむ……晶子たちがいる無人島へテレポート!」


 すたこらさっさと外へ走りながらの俺の体が光の粒になり、天空へと飛んで行く。


「あーあ。勝手に言うだけ言って行っちゃったすね」

「もう、李騎きゅん。もうどうなっても知らないわよ。そう簡単に入手できたら、ここで普通に育てて売ってるのに……」


 すいが不機嫌になり、薬草の育つ苗鉢を見やってぶつくさと悪態をつく。


「まあ、李騎兄貴なら大丈夫っしょ。さあ、すい。ある程度片付けたら商売再開っすよ」

「そうだったね。久々に肉が食べたいから、せいぜい包丁一本でも売らないとね。さあ、気合い入れるよー!」 


 李騎が消え、気合いを入れ直したすいたちは再び、店を開店させたのだった……。  


****

 

 俺は再度、バワイ島近くのあの島に戻って来た。


 辺りは夕闇に染まり、夜へと姿を変えつつある。


「あっ、李騎。どこへ行ってたんですか?

もうすぐ晩ご飯ができますよ♪」


 トコトコと子猫のように能天気に近づき、俺の手をとる晶子。


「スリープ!」

「うにゃーん!? 」


 そこへ俺の睡眠呪文を食らい倒れこむ晶子。


 そして彼女をお姫さまだっこして洋館の壁際に寝かせる。

 この玄関先なら、あとからチックが気づくだろう。


「さて、急がないとな」


 俺は館を離れ、例の記憶を取り戻す草、『ワスレナイ草』を探すために歩き始めた。

  

 ──しばし歩き続けて、草原から森へと景色は変化し、俺は懐中電灯を片手に日当たりの悪い場所を懸命に探す。


 こうやってみると中々、手が焼ける。

 まるで幼子とかくれんぼして俺が鬼の役みたいだ。


 唯一、安心なのは人とは違い、常に移動してない点だろうか。


 敵に見つからなければ逃げ回ってもOKとか最悪もいいところである。


 しばらくして、ひとまず休憩をするためにまっさらな切り株に座り、最後の一本になる煙草を一服して存分に味わう。


 これで最後かどうかは分からないが、いつもより煙草がやたら美味しく感じた。

 

 その数分後に立ち上がり、再び探索を始める。

 

 すると、森から差し入る一番星がきらめく光を背景に一輪の可憐な小さな花が姿を映した。


 黄色の花にタンポポのような草。

 すいの話から図鑑で確認した『ワスレナイ草』そのもので間違いない……。


「何だ、案外、簡単に見つかったな」


 俺は早速、その草を引き抜きにかかる。

 だけど意外と重くて、奥まで根がはっているようだ。


「男ならドコドコド根性ぉー!!」


 俺が引き抜きに力をのせた時、白い煙がちぎれた草から吹き出してくる……。


「……李騎、どこ行ったん?」


 ──真っ白な煙に包まれたなか、どうやらここへ、たまりに見かねたチックか心配して来たらしい。


 俺は、その草を手早く抜き取り、手持ちの白の巾着袋に放り込む。

 すいの話ではこの草一本で十分にまかなえる薬ができるとか。 


 今、ミッションは達成された……。


「李騎、こんな山奥でなにしとんね?」

「ちょっと草を取りに来てさ。チックもいるか?」

「草なんか、いいから早く帰るよ」


 チックが俺の手を掴み、グイグイと煙と霧に囲まれた山道を進む。

 さっき来たルートとは正反対側だが、こちらの方が近いのだろうか。


 俺は、なすがままに強引に引っ張られていた。


 そのうち、一本の古ぼけた吊り橋が見えてくる。

 俺が知らなかった場所だ。

 

 チックがその吊り橋に足をかけて、俺を誘う。


 風に揺られた吊り橋がゆらゆらと揺れていた。

 その前方は、霧が邪魔してよくは見えない。


「チック、怖いから手を離してくれ。先に行ってくれないか……」

「なん、だらしないね。男の子の癖にレディーを先に行かせる気なん?

とんだ困ったちゃんやわ。まあいいわ」


 チックが怖いもの知らずに堂々と吊り橋を歩いていく。

 彼女が歩く度に軋んで大きく左右に揺れる吊り橋……。


「りっ、李騎、はよこんかね?」

「……ふっ、見事にかかったな」

「プチファイアー!」


 俺はチックが橋の中央へ踏みいったことを確認し、吊り橋を支えている柱に縛られた縄に炎の呪文をかける。


 あっと驚く間に縄は激しく燃えていく。


「きゃっ、李騎なんするんや!?」

「残念だったな。

……タケシ。いくらチックでも、周りは視界で見えづらく、そうやすやす来れるような簡単な山道じゃない!

それにこんな絶壁で不安定な吊り橋でも、ものともしない神経とか女子としておかしすぎる。その手には乗らないぞ!」

『ふふふ……惜しかったな……』


 悔し紛れなチックの姿が溶け、灰色のタイツ姿の宇宙人へと肌を変える。


『デモ、コノテイドではヤラレナイ。マタアオウ……キキキキキ……』


 そう不気味に笑いながらタケシは、燃え盛る縄の残骸と一緒に、見えない暗闇の谷底へと落下していった……。


 ……その途端に山を征服していた白い煙と霧が分散する。


 しかし、今回はタケシは何の用事で姿を見せたのか。

 しかも、またもや俺の命を奪おうとした。

 

 以前にタケシ本人もほざいていたが、ヤツは俺の命を消して俺の体を自由にあやつろうとしている。


 その方が早くアメリコに行けて手っ取り早いからだろう。


 それに、なぜだかは知らないが向こう側が焦っている事は明確だ。

 俺の知らない場所の裏で何かが動いているのか……。


 俺は手当たり次第にキノコなどの食材も集めて、来た道の通りの道に何とか戻り、そのまま山を下っていった……。


****


「アンタどこまで行っとんのよ?

二人で待ってたのに……。もうご飯できとるよ」


 少々怒り気味のチックが白のクロスを貼ったテーブルに俺の食器を乱雑に載せる。


「わりーな、ちょっとサラダの食材を探してさ。この花とキノコはうまいらしいぜ」

「ふーん、こっちに頂戴ちょうだいな」


 機嫌を直したチックが花とキノコの入ったパンパンな巾着袋を受け取り、奥にある調理場で彼女による包丁のさばく音が響く。


 キノコはあくまでもカムフラージュだ。

 あの草さえしょくしてしまえばそれで良い……。


 そこへ、あっという間にできあがるキノコと野菜たっぷりのサラダ。

 この短時間の調理からして、他の野菜は下ごしらえをしていたのだろう。


 俺のことだから、薪以外に何かしら取ってくるに違いないとチックは読んでいたのだ。


 まあ、テーブルに皿からはみ出た分厚いステーキ肉があるのからにして、動いている魚は俺には無理だろうと解釈していいものか……。


 さらに、俺の好物なカレーライスもこのステーキに負けずに、まるで王者の風格のごとく、静かに湯気を立て、たたずんでいる。


「あっ、心配せんと。肉は変なのじゃないよ。冷凍庫にあった牛肉やけんね」


 だとしたらどれくらい保存していた肉だろう。

 その熟成具合が少し引っかかる。  


「い、いや、何でもない……。いただこうか」

「はいっ!!」


「「「いただきます~!!

もぐもぐもぐ……。

うっ、うぐ……!?」」」


 3人して、サラダを頬張り、あの花の草を飲み込んだ時点で、俺達は椅子から転げ、その床にぶっ倒れた。


 何だ、この草は毒草か?


 ならなんで『食べれる』とすいたちは喋っていたのだろう。


 それに、毒のわりには痛みや吐き気はなく、なぜか頭が真っ白になり、心地よい不思議な感覚だ。 

 

 こうして草を食べた俺達は、それからずっと体が動かせず、この食堂から微動だできずにいた……。


****


「今頃、三人とも大丈夫かな。あれは普通に食べたら毒があって、半日は体が痺れるからね……」

「殺菌効果があるシソの葉を一緒に混ぜないと駄目なんすよね。あと、草を引き抜くときも最新の注意をしないと幻覚の花粉とか出るっすよね」

「本当、李騎きゅんは自分勝手で肝心な事を聞かないんだから……」


 すいが湯のみに入ったお茶をすすりながら売上金のチェックをしている。


「まあ、世の中のカラクリは中々うまくいかないものよ……はあ、今日の売上もいまいちね……」


 お金の勘定をして、思わずため息をつくすいが窓際の月夜を見上げる。


 夜空に君臨した満月は何も知らずにすい達を照らしていた……。


****


「うぐぐ、頭も体も痛い……」


 あれから床で疲れはてて一夜を明かした俺たちは、この世のものとは思えない苦痛を味わっていた。


 固いフローリングの床に寝たせいか、身体中が痛いし、何より割れるように頭が痛い。


 三人して冷蔵庫で冷やした冷水をプラスチックのコップでついで飲む。


 寝ぼけた頭がすっきりと冴える。

 結局、あの草は何だったのだろう……。


「……こんなんじゃ、タケシ君のいるアメリコには行けないですね」

「……晶子、今なんて言った?

確かに『タケシ』って言ったよな?」

「……な、なに言うとんね、ワタクシたちはタケシを追いかけてアメリコ近くまで来たのに。勢いあまって床に頭でもぶつけたんかいな?」

「よっしゃ、記憶を取り戻したぞ!」


 俺はあまりにも浮かれてその場で三回転ジャンプをする。

 いや、本当は一回、回っただけである。 

 

 ものの見事に『ワスレナイ草』で記憶復活作戦は達成された。

 俺の姿を見た二人は怪しい人を見るような目つきだったが……。


「でもチックちゃん、ここからどうやってアメリコに行くの?」

「大丈夫。ワタクシに考えがあるから。二人ともついてきて」


 俺が離れていた隙に晶子とチックが着替え、仲良く雑談していていたが、どうやらチックなりの策があるようだ。


 俺と晶子は黙って館から庭に出るチックについていった。


 ──小さな野草がこじんまりと生えている緑の庭の奥にあった灰色のビニールカバーの場所でチックが立ち止まる。


「おじさんの秘密兵器の一つのこれさい!」


 チックがそのカバーを勢いよくはがす。

 そこに登場する、白に輝く1隻の乗り物。


「へえ、モーターボートか。考えたな。確かにこれならいけそうだが……」


「……ここから海までどうやって運ぶんだ?」

「ふふ、それは心配いらんと。見てみい」


 チックがキーを差し、エンジンをかけるとボートが緩やかに地面から離れる。


「このボートは空を飛んで進むんよ。さあ、これでアメリコまで行くよ。急いで支度しよ」


 ──数分後、俺たちはボートの前に集合し、チックの指示通りにボートに乗り込む。


「こ、これはまるで絶叫マシンですね。さすがに慣れないと恐いです……」


 ふわりと上空を浮かぶ姿に晶子が驚いている。

 一体、どこまで上昇するのかと思いきや、ビル三階分の高さでぴたりと止まる。


「安心しいや。安全のため、設計上これ以上は上がらんみたいや。では出発~!」


 太陽の眩しい光を浴びながらボートが前進する。


 その先にあるのは広大な海。

 それから離れた先に伸びやかな大陸が広がっている。


「あれがアメリコ大陸か?」

「そうたい、こっからだとあと10分もかからんよ。いやぁ、久々に故郷に帰るなあ♪」


 チックが舵に似た黒いレバーを前に倒すと、さっきより凄まじいスピードで船が進み始める。


「きゃっ、早いよ!?」

「ぐ、ぐおっ、風に吸い込まれる!?」


 この感触は普通じゃない。

 恐らく船の速度は、やすやすと法定速度を越えているはず。


「そりゃ、速度メーター見たら100キロは出してるからね♪」

「それは洒落抜きで恐いわい、速度落とさんか!」

「いや、この船よく分からん作りやし、正直動かせてもスピードの落としかたが分からんのや~」

「ガッ○ームー!?」


 そのまま、ボートは光の速さのように突き進む。


 どこまでも、どこまでも……。


『プスン……』


 ……と思いきや、突然ボートが空中で停止する。


「……あら、あかんわ、もう燃料切れやわ」


 チックが、からかい半分にぺろりと舌を出してびる。


「そっ、それは一番やったらいけないことだろー!?」


 焦ってパニクる俺に青ざめた無言の晶子と、やけになり笑い出すチックを乗せたボートは地上へと緩やかに落下する……。


『ドカーン!!』


 やがて、急降下したボートはアメリコ大陸の駄々広い麦畑の農園に不時着し、ボートの先端部ごと頭から地べたに突っ込むはめになったのだった……。


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