第15話 霧に埋もれた別荘

「……ごっ、ごめんな。どうしたもんやろか?」


 チックがこの別荘を開けようと庭の赤いポストに隠していた鍵を取り、開けようとしたらこのありさまである。


 その現場にて、晶子しょうこからボコスカと殴られ、ボロボロ姿になった俺は腕を組み、向日葵ひまわりのように頭をかしげていた……。


「……鍵が錆びているとかじゃないのか?」

「いや、おじさん家の鍵はステンレスを混ぜていてそう簡単には錆びない作りだから……」

「なら鍵自体が合ってないかもな。何者かにすり替えられたとか……?」

「うーん。ワタクシしかある場所を知らないのに?」


 眉間にシワをよせたチックが、その鍵を先から根元へと隅々まで確認している。


「……ところで話は反れるが昨日は野宿したのか?

最初からこの別荘を知っていたら、ここに泊まればよかったのにさ」

「いんや、李騎りきがいないのに勝手な行動はできないけん野宿したんや。

いくら夏でも夜になったらそれなりに冷えるし、あくまでも人命が優先やけん」

「……チック、こんな俺に対しても優しいな」

「……まあ、何があっても諦めずに李騎を捜すのは晶子の頼みだったんやけどね……」

「そうなのか?」

「うん。李騎が何の計画も立てずにワタクシたちから消えるなんてまずないから、もっと真剣に捜しましょう、てさ……」


 俺はその言葉にひかれ、後ろで砂浜で拾った綺麗な貝殻を硝子ガラスの小瓶に詰める彼女を見つめる。

 その不意の視線に気づいた晶子が俺にくちびるを緩ませた笑顔で返す。


 俺はドキリとして目を反らした。

 このときめきは彼女の事が好きなのだろう。


 日に増して膨らんでいく彼女への恋心。


 俺は何がしたいのか……。


「しょうがない、裏口にまわろうかね。こっちこっち」


 チックが家の裏側へと手招きして誘導する。

 だが、また白い霧が地面から吹き出し、視界をさえぎられた。


「まっ、またかよ、どうなってるんだ?」

「今度はどうしたのですか?」


 いつのまにか晶子が背後にいて、俺の背中に語る。 


「晶子は無事か?」

「はい、私は何ともないです。それよりチックが心配です」

「ああ、それにはこの霧の突破口を見つけないとな……いいか、迷うといけないから俺から離れるなよ」

「はい、分かりました」


 二人して忍び足で霧の中を歩む。


「李騎、怖いです……」


 しばらくすると晶子が俺に腕を絡ませ、ピッタリと身を寄せてくる。

 腕に伝わる、たわわで柔らかいクッションの感覚。


 俺はこみ上げてくる血の欲求に耐えた。


「李騎……こんな時になんですが、あなたのことが好きですよ」


 それから俺の顔を強引に振り向かせ、晶子は唇を近づける。


「おい、今はこんなことをしている場合じゃないだろ……。

……と言いながらな!」

「ぐはっ!」


 俺は晶子のみぞおちにひじてつを当てていた。

 右手にあのナイフを持ったまま、よろめく晶子。


「さあ、もういいだろ。下らない茶番はいいから正体をあらわせ!」


 晶子の体が白い煙に包まれて、灰色の姿がにじみ出てくる。


『ゴホゴホ……。

……チッ、アトスコシでヤッテ、オマエヲあやつれたモノヲ。イツカラキヅイテイタ?』


 例の宇宙人のタケシが腹を押さえて咳き込みながら俺に質問する。


「晶子は確かにいつも露出をした服装だが、公衆の場で告白して、さらに口づけを求めるなどみだらな行為はしない。それから同性相手の名前の呼び方は基本付けだ。気安く呼び捨てにはしない」

『……ナルホド。ヨクカノジョヲみてイルンダナ……ケケケ』

「しかし、俺をあやつるとか急な話だな。向こうで待ってるんじゃなかったのか?」

『ケケケ。オマエガモタモタして、サッサトアメリコにコナイカラだ』

「それはいつもお前がややこしくしてるんだろ。いい加減、素直にアメリコへ行かせろよな!」

『キキキキ。ソウカ。ソノテガアッタカ……コレデケイカクハスムーズにユク……また、チカイウチニアオウ。キキキキキ……』


 それから、何かをひらめいたのか、そうまくし立てるとタケシは地面の底へと沈んでいった……。


 すると、その瞬間から周りを包んでいた白い霧が消え、辺りはあの洋館の裏庭に戻る。


 そこには晶子とチックがいた。

 晶子に関しては今までの出来事など何も分かっていない様子で、こちらをキョトンと見ていた。

 

 どうやらあの白い霧はタケシが意図的に起こしたものであり、幻覚作用があるようで、ザリガニやぴよ吉はその霧が生み出していた偽物のようだった。


 それに晶子の体を操ってのネバネバした包丁での暴走といい、今の偽者の晶子といい、あの霧には人間の脳内を混乱させる効果もあるようだ。


 これもタケシの能力なのだろうか。

 だとしたら末恐ろしい相手にケンカを売ったものである……。


「李騎、さっきも霧が起こったけど何かあったん?」

「ああ、凄い霧で歩くのもやっとだったよ」


 チックがしきりに聞いてくるが、俺は気にもめずに、適当に返事をする。


 これ以上、彼女らを巻き込みたくない。


 あの幻覚は明らかに俺一人だけに体験させていた。


 恐らくさっきの操られていた晶子は実体がない幻覚で、タケシが晶子に変身して包丁だけを使用したのだろう。


 その場には彼女の姿がなく、煙が消えてからやって来た場面にも推測が浮かぶ。


 多分、タケシは俺自身がどこまでできるのか、俺の力を試しているのだろう。


 だから、チックや晶子に面倒なことはかけられない。


 これは俺自身の闘いでもあったからだ……。


****

 

「李騎、何を考えてるのですか、もう中に入りますよ?」

「……はっ、もう中に入れるのか?」

「だからさっきから言ってますよ。チックちゃんが鍵を開けていた場所を見ていたでしょ?」

「ああ、そうだったな……」


 どうやら考えに夢中で周りがおろそかになっていたようだ。

 俺はあやふやな問いかけをしながら、洋館の扉に入る。

 

 中はひんやりとして薄暗く、学校の体育館並みに広いロビーで、床には赤い絨毯じゅうたんが敷かれてある。


 また、辺りはちりとホコリで埋めつくされていた。


「これはお掃除をしないと住めそうにないですね……」


 晶子がホコリを手ではたきながらケホケホと咳きこむ。


「……住むも何しも、俺たちはこれからアメリコに行くから、長居はしないさ」

「はっ、何を言っているのですか?

私たちは今日からこの家に住むのですよ?」

「はあ?

お前こそ何を言ってるんだよ。俺たちはタケシがいる場所へ向かってるんだぞ!?」

「……その、タケシとは誰のことでしょう?」


 俺は言葉を失う。

 まさか、余計なこととは彼女たちの存在と言うことか。


 俺一人なら誰にも迷惑をかけることなく、最短ルートでアメリコへやってこれるとタケシは感じたのだろう。

 

 そうだ。

 チックの船の破壊、

 船を沈める目的の甲板での戦い、

 さっきの俺たちを引き離す霧模様。


 タケシは最初から俺を一人にするために今まで様々な計画をくわだててきたのだ。

 これでは彼女らにとっては、今までの旅路が無駄足だ。


 それに気づくのが遅すぎた……。


 俺はどうすればいい。

 こんな状況で頼れる人物は……。

 頭の中の神経をフル活用して考える。


 その答えはすぐに見つかった……。


「晶子、俺は浜辺で小枝とか拾ってくるよ。ついでに魚も捕まえてくるから」

「それなら私も一緒に行きますよ」

「いいからここでチックとゆっくりして」

「でも、二人でしたほうが都合よくないですか?」

「まあまあ、ここは男の子に任せとけ!」


 俺は片手をぶんぶんと回しながらたくましいアウトドアな男らしさをアピールする。


「……だからさ、晶子は料理の下準備でもしてなよ」

「分かりました。頼みましたよ」


 晶子が丁寧にびを入れて、屋敷の方へ進む。


「そのかわり俺の好きな美味しいカレーをじっくりと堪能たんのうさせてくれよ!」

「はいっ!」


 彼女はその言葉を耳にして、振り向きざまににっこりと笑みを浮かべて立ち去っていった。


「さてと、それじゃあやるか……」


 森の奥の茂みに体を忍ばせ、辺りに人がいないのを確認した俺は、首を鳴らしてリラックスし、早速作戦を実行する事にした。


「むむむ……すい達が経営してるよろず屋へ……テレポート!」


 その瞬間、俺の体が無数の光の粒となり、この森から姿を消した……。


****


「ささっ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。今からすいが実演販売やっちゃうよ~」

「……あの、さっきからお客は全然来ないのに、まだやるんすか?」

「アンタねえ、今日の晩ご飯もモヤシ炒めでいいの?」

「いや、モヤシ飯4日連続はきついっす……」

「だったら文句言わずに、せっせとこの包丁を並べるの!」

「へいへい。美少女すいちゃんが看板娘で叩き売りすれば飛ぶように売れるっすか……」

「そうそう。乱蔵らんぞうも中々、分かるようになってきたじゃん~」

「まあ、寝る直前までぴーちく、ぱーちく呟くからっすね。もう、たちの悪い催眠術と変わらんっす……」


「あーん、何か言ったかな?」

「いえ、ただの幻聴っすよ」


『──キラン!』


『バキバキバギー、ドカーンー!!』


 ──そんな二人が商売をしていたその現場へ、一筋の稲妻のような光が発生する。


 そのよろず屋の屋根にハレー彗星のようにぶつかった俺が、その緑のテントを破って、二人の眼下に落ちていた……。


「……いてて。よっ、よお、帰ってきたぜ……」

「李騎きゅん、アンタ屋根弁償ね」

「李騎兄貴、早速やっちゃったすね。まあ、怪我人がいなくて良かったっす」


 突然の来訪にあっけらかんとしていた二人だったが、そこは商売人。

 すぐさまに俺が突き破って壊れ果てた屋根のお金を請求する。


「弁償はするさ。それより俺の話を聞いてくれないか」


 俺はすいの手元に30万相応の金の棒を渡す。


 もし、あの紙切れのままだと海水で濡れて使用不可能になっていたかも知れない。

 だから念のために、この街にあったとある金融店で紙から物にして良かった。


 しかし、すいはそれを受け取らずに俺に優しく突き返す。


「ふふっ、冗談よ。何があったか知らないけどすいでよければ話は聞くよ」

「僕もっす」

「センクス。物分かりが良くて助かるぜ……」


 さあ、俺なりの計画を話すときがきた。

 ここで、うまくやらないと俺はタケシどころではないし、一生後悔するだろう。


 これはもう俺一人の闘いでない。

 何とかして、この二人と交渉しないといけない。 


 俺は慎重に語りながら、事のあらましを詳しく説明した……。

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