第9話 命を粗末にするんじゃない

「だーかーら、どーんと割り引きしますから、どーぞ、この圧力鍋をお買いになりませんか?」

「いやー、こんなホコリまみれの商品なんて買えんよ」

「ならば、今すぐ綺麗にしましょう~!」


 パタパタと羽ぼうきで圧力鍋をはたくと、

狭い店内の空気中に大量のホコリが舞い広がる。


「……ごぼごぼ、客の前でホコリをはたくとはなんたる無礼な。すまんがワシはこれで失礼する!」

「あー、お願いだから行かないでー!!」


 『キラーン、ドカーン!!』


 ──そこへ、すいの目前に到着する俺。 

 その現状に驚き、足をとられ、ペタンとその場に尻餅しりもちをつく


「な、なに。李騎りききゅん?

今、どうやって来たの!?」

「まあ、俺は宇宙人だからな。こんな能力はお茶の子さいさいさ。それよりあの圧力鍋はあるか?」

「ふーん。そうなんだ……まだあるけどアレは売り物だよ」

「なら、それを買い取るぜ。後から晶子が後払いするからさ。いくらだ?」

「ありがと。とりあえず……このくらい」


 俺と出会ってから宇宙人だと知っても、何事もひるまずに、やけに飲み込みが早いすい。


 そんなすいが、電卓を素早く弾き、とんでもない数字を見せる。

 

 その数字は桁外れな12万……。


「なっ、何で、こんな鍋が二桁もいくんだよ?」

「まあ、中世ヨーロッバの巨匠きょしょうが製作したの鍋だからね!」

「いいや、時間が惜しいから貰うぞ」

「ありがと、恩にきるね!」

「すまんな、遠慮なく圧力鍋をいただくな。

……いくぞ。むむむ、マッグドナルドへテレポート!」


 俺の体が光の粒になり、そのままその場から消える。


「……最近は宇宙人も凄いね。

……しかし、こっからマッグドナルドまで歩いて5分なのに、わざわざワープしなくてもいいのに……」


「おーい、すいちゃん。この薬草って何の効果があるのかい?」

「あっ、はい。今そちらに行きますから、しばらくお待ちを!」


 マッグドナルドでの爆弾騒ぎを何も知らないすいは再びお店でせかせかと働くのだった……。


****

 

「あれ、えらい遅かったすね。何かトラブルでもあったすか?」

「いや、別に。それよりもすまん、待たせたな」


 そこへ待ち構えたかのようにぴよ吉がじゃれてくる。

 お腹にある時計のタイマーは残り2分を表示していた。


 急がなければ時間がない。


「速やかに流れゆく時間を止めよ!」

「タイム!」


 まず、空間の時間を止めた俺は、今度はぴよ吉に向かって、呪文を唱え始める。


「続いて、さらにヒヨコよ。その外見を収縮せよ!」

「ミニチュアサイズ!」


 息をつく暇もなく豆粒のような存在になるぴよ吉。


 それから、俺は固まったぴよ吉を指でつまんで圧力鍋の中に入れる。


「さらにヒヨコの体を鋼鉄こうてつの固まりにしたまえ!」

「アイアン……ペット!」


「……よし、これでいいな」


 俺は時間を動かし始める。

 やがて、再び回り出す世界に動き出した乱蔵らんぞうがこちらにたずねてくる。


「……へえー、なるほど、爆発の規模を最小限にするために小さくしたんすか。さらに圧力鍋に入れたことにより衝撃を吸収するんすね。中々やるっすね」

「まあな。ぴよ吉の体も爆破に耐えられるようにしたし、これで万事ばんじオッケーさ」

 

 残り時間、30秒。

 20、10……。

 

「ちょ、ちょっとこの忙しいのに、なに鍋で遊んどん。こっちでお客さんの誘導せんかい!」


 チックがこちらにやって来る瞬間、圧力鍋が光だして軽やかなボンッという爆発音を鳴らした。


「なっ、ポップコーンでも作ったん?

あれ、なに、この食材?」


 チックが圧力鍋のふたを開けて、丸焦げになった残骸な物体をつまみ上げる。

 その瞬間、その焦げた物体が白いもやをあげながら元のサイズへと戻っていく。


「いやあぁぁ、ぴよ吉!?」


 その正体はボロボロと果てたぴよ吉だった。

 それを見て、伊達眼鏡を外して泣き叫ぶ晶子しょうこ


『ピヨピヨ……』


 晶子の腕の中で弱々しく鳴くぴよ吉。


 なっ、なぜだ。

 まだ未熟だといえ俺の能力は爆弾なんかに、負けるはずはない。


 まさか、あらかじめあの爆弾には、タケシの能力で強化されていたのか。


 だったらタケシはわざと俺を試したのか。

 もしかしたら俺の力量を知るために……。


 くそ、まんまとヤツにはめられた……。


 俺はぴよ吉を回復させようと試みて能力を使おうとしたが、目の前には晶子がいる。


 黙って見つめるしかないのか……。


 いや、女の涙を放っておくほど薄情はくじょうではない。

 ここで助けないと男のプライドがすたる。


 そう思った途端とたん、俺はクラクラとめまいを起こし、地面にバタリと倒れた。

 どうやら能力の使いすぎのようだ……。


「り、李騎、しっかりして下さい!?」


 そこへ晶子がぴよ吉を静かに寝かせ、こちらに駆けつけて俺を膝枕する。


「大丈夫。ただの貧血みたいだわ。とりあえず休憩室のベッドへ運ぶよ」


 チックが俺の顔色をうかがい、すかさず俺をおんぶする。


 先ほどの避難誘導といい、いつ、いかなる事があっても冷静な対応力。


 凄いな、チック。 

 自称航海士? のことだけある。


『ピヨ……』


 そして、力なく鳴きながら息絶えるぴよ吉。


 己の力量の無さに悔しくて腹立たしい。

 俺はヒヨコさえもまともに救えないのか……。

  

****


 ふと、とある美味しそうな匂いに目を覚ます……。


「……あっ、李騎、起きましたか?」

「……ここはどこだ?」

「マッグドナルドの休憩室ですよ。チックちゃん、李騎が起きたよ!」 


「おっ、もう体は大丈夫かいな?

これ食べれる?」


 チックが備えつけのテーブルに熱々の鉄板焼きをのせる。


 じゅうじゅうと音を立てるステーキ肉の塊。


「……まさか、これ、あの鶏肉じゃないよな?」

「いんや、きちんとした牛肉だよ。

……なん、食が進まんから口移しして欲しいん?」

「もう、チックちゃん、怪我人を誘惑しないで下さい!」 

「……い、いや、一人で食べれるから……。

その前にちょっとトイレ行ってくる……」


 俺はベットから起き上がり、部屋を出る。


 まったく冗談じゃない。

 あんな事故のすぐ後に肉なんか食えたもんじゃない……。 


「……ほら、ワタクシの熱い包容ができんからねちゃったじゃん」

「それとこれとは話が別です。それにチックちゃんはからかいすぎです!」

「何ね、男の子はからかってなんぼやろ。その気になったら押し倒せばいいし」

「その発想がいけないんです。女の子はもっと、自分の体を大切にしないと……」

「ははーん。あんた、アレはまだかいね。とっとと捨てんと女は磨かれんよ?」


 休憩室でめる二人のガヤガヤとした会話が耳に痛い。

 俺は外の空気が吸いたくなり、表に足を運ぶ。


「李騎兄貴!」


 ──表に出ると乱蔵が俺に向かって四角い箱を投げてくる。

 いつも吸っている煙草、マルボールレッドだ。


「いやー、中々買えないから大変だったっす。老眼が激しくて、耳の悪いおばあちゃんがいる売店から何とかゲットしたんっすよ」

「センクス。これが無いと始まらないからな……」


 俺は久々の喫煙に心を踊らせていた。


「……ぴよ吉の件は残念だったすね」

「あれは仕方ないさ。タケシの方がうわてだったのさ」


 俺は紫煙を吐きながら答える。

 煙からは何の感情も生まれない……。


「近くに石ころを積み重ねて簡単なお墓を作ったっす。これでぴよ吉、成仏したらいいっすけど……。

……しかし、あの宇宙人は極悪非道っすよね」

「そうなんだよ。それだけならまだ許せるんだが、どうもアイツは俺を茶化ちゃかすのが好きみたいだ。おのれの絶対的な力を武器に、とことん弱者をいたぶって絶望へ突き落とす……最低なヤツだな」

「そうっす。いくらペットだからと小さな命も大切にしないやからはロクなヤツじゃないっす」

「……だろ?

だから、俺はアイツをぶん殴ってガツンと言ってやりたいんだよ……そのためには、まずチックと話し合わないと……」


 俺は近くの灰皿に煙草の吸い殻を捨て、部屋に戻ろうとする。


「……しかし、何で乱蔵がついてくるんだ?」

「いや、もう僕ら色々知っちゃったすから、一心同体っすよ」

「そうか、まあ好きにしな」

「そうさせてもらうっす」

  

****


「……ふーん、そうなんだ。話はあらかた聞かせてもらったけど、とんでもない話よね」

「もしかして契約は破棄はきか?」

「そんなわけないやん。目の前で可愛い子たちが助けを求めとるのに。それに何か面白そうだわ!」

「それじゃあ……」

「もち、ワタクシで良ければ力を貸すよ!」


「「ヤ、ヤッター!!」」


 俺と晶子は顔を見合わせてその場で喜びのあまり跳び跳ねる。


「二人とも元気いいし、仲良しだし、これで恋人じゃないっすからね……?」


 乱蔵が口出しするが、晶子には聞こえていない。


「さあ、今から来な。ワタクシの船を紹介するよ!」


 チックが俺たちに手招きして赤い軽自動車へと誘う。

 ちなみにアメリコでは16歳から車の免許の取得が可能だと彼女が免許証を掲示けいじする。


 ──それに乗り込む俺たち。

 助手席には乱蔵。

 俺と晶子は後部座席だ。


「それじゃあ行くよ。シートベルトをしたからって油断したら駄目よ。思いっきり飛ばすからね!!」


 チックの車がアクセルを吹かせながら街中を突き進んでゆく。

 すでにキラキラと水面みなもうつした広大な海は近くまで迫っていた……。


****


 だが、そこで事件は起きた……。


「あああー、嘘やろ!?」


 たくさんの大型船や小型船が停まっている漁港でチックが高らかに叫んでいた。


 そう『彼女が大事にしていた船だけ』が変わり果てた状態だったからだ。


「もう、せっかくおじさんからお古を貰ったのに……マストだけじゃなく、エンジン回路もイカれとる……先週までは何ともなかったのに誰のイタズラかいな。めっちゃ腹立つわ!」


 空へそびえていた白い旗は引っ掻き傷のようにボロボロで、それなりの家のリビング並みの広さな船体にはあちらこちらに大穴。

 室内にある操縦席のパネルは打ち破られ、ほのかに燃料のれた匂いもする。

 これでは使い物にならない。


 まるで大型台風でも来て、この船だけを襲い、根こそぎ駄目にしたような感じだ。


 でも、この夏の季節にはまだ台風は来ないし、天災の力では、この船だけ壊せる器用な真似はできない……。


「……待てよ。これ、あの時の俺の住んでいた村が襲われた感じに似てるな?

だとしたらタケシの能力の仕業か?」

 

 そう呟き、俺は切り刻まれた床板を眺めながら、一つの提案をする。


 さっきの圧力鍋の借りがあるし、これ以上、晶子の手を借りる訳にはいかない。


 だから……。


「俺たちでバイトをして稼ごう」

「はっ? 

ちょっと待つっす」

「何だ?」


 乱蔵が俺の肩を掴み、チックと晶子から離れて小声で話しかけてくる。


「ひそひそ……李騎兄貴の能力で、ちょちょいと直せるんじゃないっすか?」

「ごにょごにょ……いや、そんなしょっちゅう使用したら体が持たないぜ。それに晶子もいるし、余計な心配はさせたくない」

「そ、そうすか……あくまでも晶子ちゃんを守るんすね。

……了解っす」


「……皆さん、バイトならうちのよろず屋で働くっす♪」


 それから、乱蔵が晶子たちに向き直り、何かを決意したかのようにとんでもない事を口に出す。


「はあ?

お前の家は経営が厳しいんじゃ……モゴモゴ!?」


 またしも乱蔵に言葉の通路を閉ざされる。


「……こんなナイスバディーな可愛い子が二人もいたら、商売大繁盛間違いなしっす……」

「……お前。それをすいが知ったらどやされるぞ?」

「まあ、彼女とは上手くやるっすよ」


****


「……さっきから、あの二人は何をひそひそ話しとんのかな?」

「まあ、仲が良いことは素敵じゃないですか。男の友情パワーです♪」

「あっ、そうかいな。

……ところで話は変わるけど晶子はバイトの経験はあんの?」

「いえ、全然、まったく無いですよ♪」

「このメンツで大丈夫かいな……?」

 

 こうして、俺達はチックの船の修理のために、すいのよろず屋でバイトをする事になったのだった……。


****


 ──またもや夜中にメモをとり、記憶を刻みつける俺。


 毎日大変な作業だが、次の日のために記憶を繋げるためだからしょうがない。


 俺は今日の出来事をメモを書きながら、大切な仲間たちの事を思い浮かべていた。


 さて、問題は人間相手のよろず屋での仕事。

 はたして宇宙人の俺はうまくやれるだろうか……。







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