第8話 マッグドナルド店内での騒動

「さてと、晶子しょうこは何を注文するかい?」


 雲一つない晴天な翌日の朝、俺は晶子を連れて近所のファーストフード店のマッグドナルドに来店していた。


「うーん。とりあえずハンバーガーとカフェオレを一つずつですね……」

「あれ、飲み物はコーヒーにしないのか?」

「あっ、実は苦くて飲めなくて……」

「ああー、分かるな。俺も昔はそうだった。お嬢さん、俺にはブラックとダブルバーガーを一つずつ」


 俺は歯を輝かせながらクールに決める。

 

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 しかし、メイド喫茶のようなフリフリの白いエプロンドレス姿の女性店員は、俺のいかした? ポーズをスルーして店の奥へと消えていく……。


 まあ、俺はどこにでもいる平凡な姿でモテないから当然か。

 がっかりと肩を落とすなか、晶子が不思議そうにハテナマークを浮かべていていた。


「へい、おっちゃん、今日も来たです!

いつもの朝飯の準備できとる?」


 そこへ威勢いせいのよい金髪な女の子の声が店内に響く。


 青のGジャンに中には白のロゴTシャツを着ていて、青のデニムパンツ、そして頭には麦わら帽子のようなハット。


 そのアメリコンな格好からして、あのプロフ写真を思い出す。


 間違いない、自称航海士? のロマー・チック本人だ。


 彼女は大きな胸を揺らしながら何やらズカズカと入ってきて、店のカウンターから店長らしき男性と何か語っている。


 それからしばらくして10個くらいの大量のハンバーガーの包みをトレイに受けとり、飲食スペースへと運ぶ。


 あの細い体のどこに入るのだろう。

 朝から凄い食欲だ。

 栄養は、すべてあの豊満な胸にいってるのか?


「あっ、イイ男がいるここに決めた」


 ロマーは俺の座っているイスの手前でピタリと止まり、そのまま俺の膝の上にドカッと座る。


「なっ……!?」

「さあ、可愛い顔のアンタ、ワタクシに口移しで食べさせてくれんですか?」


 はち切れんばかりの胸をグイグイと押し当てて、ハンバーガーを包みから出し、小さな口にくわえて、涙をうるませた上目使いでタジタジな俺を見つめてくるロマー。


「……あっ、あなた、いっ、いきなり初対面の人に何をするのですか!

ここはご飯を食べる場所ですよ!」


 これにはさすがの晶子も真っ赤になって怒っている。


「なん、アンタ焼いてるのかい?

ひょっとしたら彼女さんかしら?

仲良しのカップル関係ぶち壊すの最高~!」


 ロマーがケラケラと豪快ごうかいに笑いながら、俺の膝から降りる。


「まあ、いいや。それにしてもワタクシに依頼を頼んだ顔写真の二人だよね?

李騎に晶子だったね。わざわざメールありがと。ワタクシのことはチックって呼んでな。会話もタメでいいよ」


 チックが空いている隣のイスに片足を組みながら座り直す。


「……ごめんな、晶子だったかいな。ちょっとからかい過ぎたわ」


 晶子に謝罪し、何やら紙切れを渡している。


「これ、ここで使える割り引き券。ワタクシたくさん持ってるから遠慮せず使って」

「……あ、ありがとう」

「それから待ってな。今からドリンク飲み放題にしちゃるけん」

「……いいえ、悪いですよ」

「気にしなさんで。飲み放題のチケットもいっぱい持ってるから。それに大事なお客さんだから存分に振る舞わんと」


 チックがカウンターに行き、券を差し出して事情を説明している。


「少し難癖はありますが、素敵な依頼人さんですね」

「そうだな。胸も大きいし、絶対Eは嘘だな。HかGはあるぞ……」

「なっ……この、変態さん!」


『バチーン!!』


 晶子からの見事な平手打ちを食らって床にのけぞる俺。


「いっ、いてーな、いきなり何するんだよ!?」

「いやらしい妄想をして顔がにやけている変態さんへの正義のお仕置きです!」

「お前は必○仕事人かよ?」


 俺は痛むほおをさすりながら、今度は大人しくチックを待つ。


 しばらくして、店員から許可が下りたドリンクバーで好きな飲み物を注ぎ、店員が持ってきた料理に舌鼓したつづみをする。


 久しぶりに食べたハンバーガーだが、中々いける。

 たまにはジャンクフードもいいもんだ。


 ──すると、いきなり豪快な音を立てて、出入り口のドアが開く。


「おい、お前ら。このお店は僕が乗っ取ったっす!」


 怪しげな能面を被った黒いライダースーツの男が叫ぶ。

 俺はチックの誘惑ぶりにすっかり忘れていた。


 どうやら、昨日、乱蔵らんぞうと作戦会議をした、『俺と晶子のどっきりラブラブ大作戦、は~と♪』の時間がやってきたようだ。


「僕の名前は怪盗人間ギャピ~ン。さあ、ありったけの金をよこせ!」


 ぷぷっ。

 その自己紹介に周りが笑いに包まれる。

 ネーミングセンスもないし、しかも言葉遣いもそのまま。


 昨日知り合ったばかりだが、アイツは演技が下手すぎる……。


「ママー、ガチャ○ンと○ックだって。キャイキャイ♪」

「駄目よ、頭がおかしくなりますから見てはいけません!」


 ガヤガヤ……。


「……なっ、何がおかしいっすか。僕は強盗すよ!?」


 仮面の男(中身は乱蔵)がピストルを片手に反論する。


 放たれた玉はただのプラスチックの玉。

 誰もが見て分かる玩具のピストルだった……。


『……キヒヒヒヒ。ダッタラ、モットごうとうラシイことをスルンダナ……』


 そこへ、まさかの予想外な展開。

 どこからか薄暗い霧に覆われていく店内から聞き覚えのある声が天井から聞こえてくる。


「……この声はタケシだな。隠れてないで出てこい!」


 俺の呼びかけに応じたのか、天井から緑のゲートが出現して灰色のタイツ姿のタケシが体を現してくる。


「えっ、彼がそうなの?

まだ子供じゃない……?」

「いや、晶子、気をつけろ。アイツは半端なく強い……」


 俺は震えと冷や汗が止まらなかった。

 手も足もでなかったあの時を思い出す……。


 正直、タケシの強さは次元が違いすぎる。

 とてもじゃないがみんなを守りながら闘うのは不可能だ。


 あれこれ作戦を練ってから倒す計画を立ててはいたが、まだ結論にはたっしていなかった……。

 

 ……今になって感じたこと。

 それは間違いなく死傷者が出ること。


 もしかしたら晶子や出会ったばかりのチックにも大怪我を負わせるかも知れない。


 俺は恐怖で体が固まっていた。


『キヒヒヒヒ。マア、そうビビるなよ。あんしんシナヨ。ボクハいまはたたわない。

カワリニ、サイコウなオミヤゲをプレゼントスルヨ♪』


 緑のゲートから一つの大きな丸い物体がゆっくりと落下する。


 光を発しながら割れていく成人男性のサイズの卵型のカプセル。


『このペットアキタカラアゲル。せいいっぱいカワイガッテくれよ。ケケケケケ……』


 そう言って笑いながらゲートに沈みゆくタケシ。


「待て、タケシ。母さんはどこだ!」

『ケケケケケ…。ジキニわかる……』


 タケシがケタケタとにやけながらその場から綺麗さっぱりと消えていった……。


「うわー、そんなことより、見てください♪」

 

 晶子が俺に話を絡めてきて、何ごとかとそちら側を振り向く。


『ピヨピヨ♪』


 そこには巨大な殻を破った大きな大人サイズのヒヨコが鳴いていた。

 確か、タケシはこのペットに飽きたと言っていた。


 こんなに可愛いのになぜかと感じたが、恐らく大きくなり過ぎて住み家がなくなったのだろう。


 飼った当時は小さくて可愛くても育てていくと大きくなり、可愛いげがなくなる。


 やがて、このように捨てられるのだ……。


 みずから欲しいと親にねだっても、時期が過ぎれば面倒を親任せにする。

 子供とは何てワガママな生き物だろう……。


『ピヨピヨ♪』


 そんなこともいざ知らず愛らしくヒヨコは俺にもなついてくる。


「ははっ、コイツ、中々可愛いじゃないか♪」

「ねえ、この子飼いましょうよ。家族は多いに越したことはありません♪」


 晶子が伊達眼鏡を外し、俺の手を握り、ワンピースのはだけた胸をさらに少しだけさらけ出し、豊かな二玉のメロンをこちらに寄せる。


 ブブッと俺の鼻から鮮血が放たれた。


「えへへ。こうすれば男の子はイチコロだと、すいちゃんが言ってました」

「あの女め。余計なことを教えやがって……」


 さらに胸元を寄せてセクシーアピールをする彼女? に仕方なくOKサインを出し、鼻血を止めるのに必死な状況だ……。


 晶子は悩殺お色気術を覚えた。

 俺は、またしても死を覚悟した……。


****


 一方、その頃……。


「……なあ、乱蔵。何かワタクシたち、忘れ去られてない?」

「ああ、チックだっけ? 恨むなら作者を恨むっすよ……それにすいとかさらに出番なしっすから」

「……はあ?

この変態マスクめ、話している意味が分からんわ!?」


****


「ハックション!」

「あれ、すいちゃん風邪でもひいた?」

「……いえ、誰かが噂をしているのでしょう。それより、お姉さん、この圧力鍋、買う気になりませんか?」 

「うーん。うちは旦那と二人暮らしだし、お互い少食だしね。そんな大きな鍋で料理しても余るからね」

「そ、そうですか……」


****


『カチカチカチ……』


 そんな俺たちのペットとなったヒヨコの『ぴよ吉』を、愛らしさゆえに抱き締めていると妙な音が耳につんざく。


 俺は音の発信源であるぴよ吉のお腹をさぐる。


 そのお腹にはベルトが装着してあり、四角い形でデジタルな目覚まし時計が付いている。


 数字は『8:30』を指していてどんどん時間が逆算されていく。


『ピヨピヨ?』


 これは時限爆弾だ!

 しかも、俺たちより先代の宇宙人たちが過去に火星侵略に使った恐るべき破壊道具とよく似ている……。


 俺は思わず身震いして周りの客へ叫ぶ。


「みんな逃げろ、このヒヨコには爆弾が仕掛けられてる。ここは跡形もなく吹き飛ぶぞー!!」


 それを知り、ワー、キャーと逃げまとうお客。


「皆さん、落ち着いて避難して。こっちですよ!」 


 慌てて店から外に出て、チックがお客を誘導する。


 そんな喧騒けんそうの中、『ぴよ吉』と名前をつけた張本人の晶子は青ざめた表情で腰を抜かしていた。


「……う、嘘でしょ。可愛がっていたペットに爆弾とか冗談ですよね……」

「だから言ったんだよ。アイツの考えは普通じゃないんだ。それよりこの爆弾をどうにかしないとな……」


 俺は一息をついて、冷静に考える。


「うむむ。タケシの事だからここで滅ぼそうとは思ってないな。それならさっきはずだ。多分俺たちなら止められると遊んでやがる……何か手があるはずだ」


 俺は能天気に鳴くぴよ吉に付けられたベルトをまじまじと見る。


 力任せに外したらその衝撃で爆発する恐れがある。


 さらにナイフで切ろうとしてもベルトの周りはまんべんなく細い銅線が絡みついている。


 どうする?

 残り時間は5分しかない……。


「くそっ、ベルトを外すのは無理だ。どうすれば……」


 俺の脳裏に浮かんだのは宇宙人ならではの能力だった。


 そのためには晶子には……。


「晶子、ちょっとこっちへ」


 俺は彼女を少し離れたトイレの近くまで連れていく。


「……何ですか、李騎りき。こんなひとけのない場所に連れ込んで。ひょっとして……?」

「スリープ!」

「はにゃーん!?」


 俺は彼女と目が合ったと同時に呪文を唱え、眠りこけてその場に倒れこむ晶子を抱きかかえる。


 安らかに寝息を立てる晶子を見て思った。

 まだ正体を明かす時ではないことに……。


「李騎兄貴、やっぱアレを使うしかないっすよね?」


 それから影からひっそり来た仮面の男に眠っている晶子を渡す。


「ああ、ごめん。

ちょっくら瞬間移動でよろず屋に行ってくる。いいアイテムを思い出したからそれが使えるかも知れない。

そして、それをゲットしたら一時的にここの時間を止める」

「分かったっす。すいに連絡するっすね。その道具はなんすか?」

「昨日、店内の隅に置いてあったあのホコリを被った圧力鍋だよ」

「了解っす!」

「お気遣きづかいセンクス。

……いくぞ、むむむ、よろず屋へテレポート!」


 スマホで連絡する仮面の男から離れて、俺は、すいがいるよろず屋へと消えた……。

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