第7話 作戦会議は大学ノートで

 四人揃ってにぎやかな夕食を終えた後、一階で食器洗いなどの家事をしている晶子しょうことすいを残し、俺と乱蔵らんぞうは二階の乱蔵の部屋にお邪魔していた。 


 今夜は俺と晶子は休憩をねて、このよろず屋に泊まる。


 ──あの賑やかだった食卓を囲むなか、すいの話によると、すいの両親は新たな商売道具の勉強をするために海外へと旅立ったらしい。


 しかし、それから一年が過ぎてもなんの音沙汰おとさたもないまま。


 すいの想像によると両親は海外で生活をいとなむのが楽しくなり、姿をくらましたのかと……。


 それならば、『すいも幼馴染みの乱蔵と勝手に同棲しちゃいます♪』の話になり、偶然にも親から離れて一人暮らしをしていた乱蔵と意気投合して、今は二人で、このよろず屋を切り盛りしているとか……。


「──それでっすね、いかに彼女の心を掴むかっすけど……」


 ──乱蔵が学習机からピンクの表紙のB5サイズの大学ノートを取り出し、黒いボールペンで何やらカリカリと書いている。


 俺はそれを横目で流し、思わず笑いをこらえた。


 横枠の便せん形の用紙に『りきとしょうこのどっきりラブラブ大作戦、は~と♪』と、乙女が書いたような可愛らしい丸字の文筆で書かれていたからだ……。 


案外あんがい、俺よりお前の方が意外と女に向いてるかも知れないな。思いきって性転換手術するか?

それともオカマを目指すか?」

「……何喋ってるんっすか。僕は真面目に李騎りきの相談にのってるんっすよ……」 


 乱蔵が書く手を休めて、軽蔑したジト目でこちらを見ている。


「おお、こわ。まさにウサギににらまれたカエルだな」

「……あれ、それウサギではなく蛇じゃなかったすか?」

「ふふふ、知らないのか?

令和になって国語の教科書の中身も変わったのさ」

「……へえ。そりゃ、初耳っすね。僕の学んでる教材には載ってないすよ?」

「まあ、まだ都心だけなんで安心しろ。それはともかく、今は作戦会議に集中しろ……」 


 俺は混乱している乱蔵の頭をポンポンと軽く叩く。


「……そうっすね。

……であるからに李騎は、もうちっとアピールした方がいいっす」


 再び恋愛担当の若き教師の乱蔵がノートに書かれた俺の名前にHBの鉛筆でハートマークをグリグリと描いている。


「俺のアピールが足りないのか?」

「そうっす。いかに鈍感な彼女でも熱烈にアタックすればイチコロっすよ♪」

「俺はバレーは下手だ。アタックとかはできないぞ」

「誰が今、バレーの話をしたっすか?」

「乙女心満開な乱蔵ちゃんが~!」

「いや。仕掛けてきたのは李騎っしょ。

……と言うか真面目に話聞いてるっすか?」

「そんな危ないエッチな話ならヘッドホンがいるな」

「……ち、違うっす、天然も大概たいがいにしろっすっ!!」


「ふぐあっ!?」 


 乱蔵が俺の頭にバチンと巨大なハリセンをかます。


 彼は一体どこにそんな大きな武器を隠しもっていたのか? 

 トラエモンの四次元ポケットでもあるのか?


「そこで明日、朝、ここの近くにあるマッグドナルドに彼女を誘うっす」


 乱蔵がハンバーガーの絵を書いて、その横にラブリータイムと書き続けている。


「おい、まてまて、俺達はロマー・チックというむすめを探しているのだが?」

「それ、すいから聞いたっす。彼女、アメリコ人なんすよね。アメリコではハンバーガーは主食のはずっすよ。だから間違いなくここに来るっす」

「それならいいが……で俺はそこで何をすればいいんだ?」

「なーに、簡単なことっすよ」


 乱蔵がカリカリと白紙の紙を埋めていく。

 その内容は意外な作戦だった。


「……ほんと、こんな作戦が上手くいくのか?」

「まあ、よろず屋の腕を信じろっす♪」

「包丁一本売るのがやっとで、あんなにも物が売れない商売人なのにか?」

「あっ、あれは、たまたまっす。いつもならバカのようにジャンジャン売れるすよっ!」


 何かとむきになるのが怪しいが、俺はそれを明日実行する事にした。


****


「二人とも先にお風呂、入っちゃいな!」


 ふと、廊下からすいの声が伝わってくる。


「何ならすいも一緒に入るっすか。いつも一緒だろ?」


 すると、乱蔵がドアを開けて一階に向かって階段ごしに叫ぶ。


「ふざけないで。なにキモいこといってんのよ。いつもアンタが先でしょーが!」


 すいが声を張り上げて去っていくのが目にとれた。

 どうやら同棲とは言っても羞恥心しゅうちしんはあるらしい。


 さすがにあの年頃で、一緒に入るとかはないだろう……。


 ──改めて乱蔵の部屋の辺りを見渡す。


 オレンジの絨毯じゅうたんに散らばっているのは萌え系イラストの美少女のゲームソフト。


 この乱蔵の心の叫びからして、多少は女慣れしているのは、この手のギャルゲーのやり過ぎだろうか。


「もしかして乱蔵はこれらのゲームの内容から研究を重ねて、すいと付き合っているのか?」

「いんや。僕、初めてじゃないっすよ。彼女で四人目っす」

「マ、マジかよ。最近の若者はパネェな!」

「いや動転しすぎっす。ギャル語になってるっすよ? 

……もしかしてあちらの経験ゼロっすか?」


 俺は何も言えずに黙りこむ。

 そういえばキスもしたことがない……。


「ガチっすか。今どき珍しいウブで純情派なんっすね。僕からも応援するっす」


 乱蔵が号泣しつつ、ガシッと俺の両手が握られる。


「さあ、絶対にこの恋を成就じょうじゅさせるために頑張るっすよ。

李騎、明日はファイトっ、

オーっすー!!」


 乱蔵がそのまま、俺の両手を頭上に上げる。


 その拍子にピシッと腕から嫌な音がする。

 俺は痛みで床に崩れ落ちた。


 コイツ、いや乱蔵はただの体だけがデカいでくの坊なヤツと油断した。

 これが筋肉がつった痛み、もしや肉離れか……。


「……いや、すまんっす。こりゃ、腕がれてるっすね。やり過ぎたっす……」

「いいってことよ。慣れてるからな……。

傷ついた俺の筋肉組織を修復せよ……」

「リカバー!」


 みるみるうちに光輝きながら回復していく俺の腕を見て、乱蔵はビックリ仰天ぎょうてんしていた。


 それから、唖然あぜんとして動けない彼に自分の置かれた状態を手短かに説明する。


「──こういうことだから、生半可なことだとそちらが怪我するぜ。明日は本気でかかってこいよ」

「ああ、分かったっす!」

「へえ、驚いたな。俺が人間じゃなくても難なく受け止めるんだな。さすが、商売人だけあって状況の飲み込みが早いな」

「いんや、今はグローバルな時代なんすよ。みんな臨機応変に対応できる商人を目指しているんすから」

「色々と勉強熱心なんだな。まだ若いのに感心するよ……」

「……すいが、あんなパープリンな考えっすからね。彼女一人に任せていたらこんなお店、あっという間に潰れるっす」

「ははっ、それは違いないな……。

はっ!?」


 二人して仲良く笑っていると、背後にぞくりと何者かの殺気を感じる。


「だっ、誰がパープリンですって……?」


 後ろに亡霊のようにゆらゆらと立ちはだかる小さな憎悪……。


「あれれ、すい。いつのまに部屋の中にいるんっすか?」

「さっきからお風呂に入る様子がないからこっちから来たのよ。

アンタ、覚悟は出来てるわよねっ!!」


 すいが素早く乱蔵の元に座りこむ。


「なんっすか。すいも口だけで実は話に加わりたいんすね♪」

「……アンタはどういう頭の作りしてんの。何でそーなるのよ!

それからお客さんがいる時くらい、きちんと部屋は片付けなさい!」


「ギャピー!?」


 思いっきり、すいに足の太ももをつねられた乱蔵が黒ひげ危機一髪の当たりのごとく、天井に向かって飛び跳ねていた……。


「……あのさあ、李騎きゅん。途中からだけど話は聞かせてもらったよ。宇宙人と人間に境界線はないわ。せいぜい頑張ってね」


 すいが乱蔵をボコスカと殴りながら、俺に勝利のブイサインをする。

 どうやら、すいには俺のすべてを知られたらしい。


 壁に耳あり、扉に目あり。


「ちなみに、その能力とかは晶子ちゃんは知ってるの?」


 すいが乱蔵と一緒にゲームソフトを段ボール箱に片付けながら親身な顔で聞いてくる。


「いや、晶子は何も知らないよ」

「そっか、宇宙人も色々大変なんだね。でもいつかは言わないと、時間が経つほど彼女を傷つけるわよ」

「分かってる。明日、明かそうと思う」

「うんうん、頑張れ~♪」


****


「……ところで、いきなりで悪いんだが一服してもいいか?」

「ああ、宇宙人では二十歳なんだよね。未成年いるし、匂いがこもるからそこのベランダで吸ってね」

「センクス~!」


 俺はベランダに出て、ズボンから煙草を取り出し、吸い始める。


「いやー、カッコいいっす。李騎兄貴、僕にも一本いいっすか?」

「……いや、お前は駄目だから」


 しつこく隣をつきまとう興味津々な未成年の乱蔵を押しやってだ。


 乱蔵の頭はたんこぶでいっぱいで、顔は引っ掻き傷だらけである。

 まるで機嫌が悪い猫から攻撃されたかのように。


 いや、猫パンチでたんこぶはできないか。

 もしここまでボコれるなら、どんな腕力(脚力?)なのだろうか。


「……新星の猫型ロボットの誕生か?」

「なんすか、さっきからブツブツ何か言ってるけど猫の話っすか?」

「まあ、綺麗な猫パンチにもトゲがあるかな」

「……それ、例えは薔薇ばらじゃないっすか?」

「そうだぜ。お前には薔薇は似合わない。愛くるしい顔で猫パンチを繰り出す、究極の破壊の戦士……」

「……いや、僕はそんなお惚けなキャラじゃないっすから。せっかくの煙草吸ってる凛々しい様が台無しっすよ」


 お前は煙草をもみ消して空き缶の灰皿に捨てる。

 夏とはいえ、夜が更けるとさすがに外は肌寒い。


 俺は身震いしながら部屋へと戻る。


 すると、そこには……。


「……何か、すいちゃんが戻って来ないからと来てみれば……。

李騎、それはどういうつもりですか?

それを見ていた、すいちゃんと乱蔵もです!」

「……あっ、晶子ちゃん。これはね……」


 一番バレてはいけない晶子が待ち構えていた。


 あたふたとするすいと乱蔵をさしおき、明らかに怒っている彼女。


「今すぐそれを出しなさい!!」


 晶子が俺のズボンのポケットをまさぐり、箱を掴みとる。

 そして、それを自身のポケットへとしまう。


「煙草は未成年が吸ってはいけません。これは没収ぼっしゅうです!!」

「ああ、俺の楽しみを奪いやがって鬼畜きちくだ」

「誰がですか! 

私は体の心配をしているんです。これからの長旅で体を壊したら困るでしょ!!」


「……さあ、後がつかえてます。お風呂に入ってさっぱりしてきて下さい」

「はいはい」


「では、旦那様、いってらっしゃい~♪」


 ヒラヒラと手を振る晶子を残し、俺が部屋を抜けようとすると乱蔵もオプションでついてくる。


「李騎兄貴、一緒に入るっす。お背中流すっすよ」

「お前、すいだけじゃなく俺にまで手をだして……やっぱり両刀使いか?」


 俺は悪寒を感じ、ささっとその場から離れる。


「違うっすよ。男同士の裸の付き合いっす。それに一緒に入った方が入浴時間も短縮されるっすよ。さあさあ」


 乱蔵が後ろから俺を押し出し、俺たちは風呂場へと向かう。


「しかし、晶子ちゃんは普段は大人しいのに怒らすとスゲー怖いお嬢様っすね……僕もタジタジっすよ」

「そうだろ。でも以外と芯があってしっかりしてる女の子だろ?」

「まあ、李騎兄貴がそう思うならいいっすけどね……僕ならまっぴらごめんっす……」

「そうか、すいも以外と気が強そうだが?」

「いえいえ、ああ見えて、すいは純情可憐な乙女なんっすよ」


 人間がよく語る恋は盲目もうもくと言うのは本当らしい。

 

 俺たちはお互いの嫁? の自慢話を交わしながら風呂へと入るのだった……。


****


 その後、みんなが寝静まり、オレンジ色の豆電球のみが光る夜中に俺は今日の状況を一冊の手帳にまとめていた。


 これで今日眠ったら、失ってしまう記憶は明日へと引き継がれる。


 俺はメモを閉じて緩やかに就寝するのだった……。


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