第4話 忘れた方が自分のため

「これより、蝶野湖涼ちょうの こりょう葬儀そうぎをとりおこなう……」


 先ほどから来ている、まん丸お日様頭の坊さんのじいさんが、俺の母さんの眠る棺桶かんおけの前で、肌色の数珠じゅずを両手でもみ洗いながら味気ない念仏を唱え始める。


 俺は、いまだに信じられない思いだった。

 少し前まであんなに元気だった母さんの死がどうにも受け入れられなかった。

 これは何かのドッキリで明日、火葬の日が近づいても向こうからパチリと目を覚まし、『ごめん、寝たふりしてたわ。今からご飯食べるよね?』とあくびを噛みころしながら起きてくるのではと……。


(……いや、そんなはずはない。母さんだって宇宙人なんだ。そんな簡単には死んだりしないはず)


『──いや、その件なのだが……』


 ──俺の心を読んだのだろうか。


 隣にいた親父が言葉をにごし、俺の頭に直接話しかけてくる。

 周りに聞こえないように配慮はいりょしたつもりなのだろうか。

 親父が最も得意とするテレパシーの能力だ。


『……実は彼女、湖涼は人間なんだよ……』


 一瞬、俺はその言葉が理解できなかった。

 それに俺のさっきの感覚から親父を知る限りでは、やはり酒で酔っている気配でもないようだ。


「タイムキーピング!」


 続いて俺たちの周りの空間の時が止まる。

 これはタイムストップ、時間を止める能力だ。

 わざわざ時を止めて、親父は何をするつもりだろう。


『……だから、彼女は地球人でワシは宇宙人。今までの生活で不思議に感じた点はないか?

例えばラクちゃんの反応とか……』

『ふーむ。そういえば親父にはなつかなかったな。乗ろうとしても始終しゅうし暴れて……はっ、マジかよ?』


 ラクちゃんは本能から感じ取っていたのだ。


 コイツは人間ではない。

 この髭面の男は、もしかして危害を与えてくる未知の生物の宇宙人の一種かと……。


『それだけではないだろう……他にも……』


 親父は周りに気づかれないように、小型なカッターナイフを取り出し、自身の腕に軽く傷をつける。

 その傷口から乳白色の血液が流れる。


 そう、あの時の母さんの血は赤かった。

 それが完全たる人間の証。

 だが、俺の血も赤い。


 その理由はうぶろげだが、確か、俺が小さい頃に聞かされた話では俺の血は赤くないから、定期的に宇宙人専用で開発されていた人間の血液を作るカプセルを毎食後に採りなさいと母さんに言われたことがあった。

 だから、俺の血は赤いはずなのだが、初めから俺の血は赤かったのか?


『……お前は宇宙人と人間との混血児。実は人間と宇宙人とのハーフなのだよ。だから元から血は赤いし、湖涼には使えない能力が使える。ちなみに毎日服用していた薬は名ばかりのただの栄養剤だ』


 そう言って傷口を自身の能力で治療する親父。


 長年、母さんに能力を使えないことを聞いた理由として、母さん自身が能力を使用する契約を結んでいないと答えていたこともあったが、母さんは大嘘つきだ。


『そんなに俺が信用できないのか。俺はアンタの息子だぞ!』

『……すまん、色々あってな』


「アンタはいつも都合が悪くなったら、そうやって逃げるんだな!」


 俺は親父の能力をかき消し、心底に激情げきじょうして、親父の胸ぐらのえりを掴む。

 

 すると、時が動き出し、何も知らない周囲が慌ただしくなり、晶子が俺の行動を止めに入る。


「わっ、李騎りき、いきなりどうしたのですか?

喧嘩は駄目ですよ!」

「いや止めるな、晶子。コイツが一方的に悪い。一発ぶん殴らせろ!」

「駄目です。暴力に身を任せては。それに今はそれどころではないでしょ!」


 多彩な菜の花の髪飾りを抱えていた晶子の瞳は濡れていた。


 俺は彼女の言葉で我に返る。

 そうだ、今は母さんの葬式の最中だった……。


「だけど本当に母さんは死んだのか?」


 俺は桐の箱で眠る母さんを見つめ、晶子が菜の花の髪飾りとプレゼントの小さな包みを添える。


 それを見て、最期になる母さんの顔に触れようと腰を折って、しゃがんで座る時に誤って滑り、母さんの体に上半身をぶつけてしまう。


 しかし、あれ? とその瞬間、俺は思った……。


「もう、何をやっているのですか!」

「いや、だって、こんな所にバナナの皮があるから悪いんだぜ?」

「何を言ってるんですか?

ここには出前の寿司しかないでしょ!」


 確かによく見ると俺の足元には割り箸の空袋が一つだけあり、他には目ぼしいものは何もない。

 でも、バナナの皮を踏んだ感触は残っている。


 それだけではない。

 触れた時に感じたのだが、母さんには顔はあっても生身の体がなかった。


 気になってちらりと装束の裾を捲ると、首から服を着せられた体は白い発泡スチロールでできていた……。


(……あれは母さんじゃない?)


 俺の体と瞳に伝わる確かな感覚。


「……李騎君、ちょっと話がある」


 しばらくして、親父が俺を呼ぶ。

 こことは違う別室を選ぶからにどうやら大事な話らしい。


****


 俺と親父は地下にあるワインなどの酒蔵がある物置部屋に来ていた。


 ここなら普通に会話ができる。

 俺は早速、答えを知りたくて口を開く。


「……親父、あの遺体は偽物なのか?」

「……はぁ、やはり、気づいてしまったか。そうだ、あの顔と体は作り物だ」


 すると、親父は灰色のコンクリの壁に言葉を投げかける。


「……おい、やっぱり勘づかれただろうが! せっかく、李騎君の衣服も完璧に復元したのに……バナナの皮で悪ふざけして遊びやがって。

やり過ぎだぞ。タケシ!」

『キヒヒヒヒ、いいキミだ……』


 突如とつじょ、その無機質な壁に緑色の空間が浮かび、中から灰色タイツの青年が現れる。


『キヒヒヒヒ、これでいい。やっとコンドこそヤレル』


 タケシと呼ばれた青年は頭をカクカクさせながら俺をじっと見つめていた。

 握りこぶしほどの目玉がこちらを向いているが、目は血走っていて明らかに異常な顔つきである。


 俺と同じ、宇宙人ということは、はたから気づいたが、この狂ったような表情は普通の沙汰さたじゃない。

 よく見ると、体のあちこちに赤い注射痕があり、血に飢えたゾンビのように、ゆらゆらと顔を笑いひきつらせながらやって来る。


 はっきり言ってコイツはヤバいヤツだ……。


「や、やらないとやられる、先手必勝っ!」


 俺は迎撃体勢をとるためにタケシから素早く距離を離す。


「ファイア……」

「……ぐわっ!?」


 だが、俺が誘爆を狙ってタケシの近くにある一つの酒のビンに炎の呪文を唱える前に、タケシはこちらに瞬時に反応していた。


 その距離、約10メートル。


 そんなに離れていたのに、俺の体がいつの間にか横一文に真っ二つに胴切りされていた。


 どういう手口かは分からないが、コイツは親父のようなテレパシー以外に、声を出さずに、思念で能力を使用できるらしい。


 相手の方が三枚もうわてだった。


「ぎ、ぎゃあああ!!」


 床へ上半身がズレ落ち、自分の返り血を浴びながら俺は思い出した。

 この強烈な痛みは昨日体験したあの感覚と同じだった。


 コイツがエジブド村を滅ぼし、みんなを殺したのか……?

 正体が判明した以上、黙ってこの場所で眠るわけにはいかない……。


「きっ、傷ついた体を……修復したまえ」

「……リ、リカバー」


 俺は息も絶え絶えになりながら呪文を唱える。

 二つの体が青白い光を帯びて、結合していき、元に戻った体を起こす。


 どうやら少しばかり、体が重い。

 身体中の血液が抜けすぎて体を支える血が足りないようだ。

 体がフラフラしてあまり自由が効かない。


「スリーピング!」


 そこへ親父の眠りの呪文が俺の体を襲う。

 そう、すっかり忘れていた。

 敵は最初から二人いたのだ。


「むむっ……メモリーロスト!!」


 さらに追加呪文をかけられ、俺の体が真っ白に光る。

 その瞬間、俺の頭の中が真っ白になる。

 恐らく、記憶を消去する高度な能力だろう。

 昔から様々な能力を簡単に操っていた親父ならやりかねない。


「たっ、タケシー!!」


 俺は最後の気力を振り絞り、壁の柱に言葉の術を放つ。

 もう、親父の能力により強烈な眠りにさいなまれ、そのこそばゆい呪文の言葉で精一杯だった。


 だが、この効果は十分なはず。

 自分が生き残れて、この柱に気づけばの話だが……。


「……やれやれ。だが、これで李騎君は今度こそ動けない。

……さあ、タケシ、今のうちにアメリコへ帰るぞ」

『ケケケケケ、まだあいつはシンデナイ……?』

「勘違いするな。これが目的ではない。だろう……」


 しばらくして勘づいたのか、狂った表情のタケシがカクカクとあごを前に出し、下を向き、緑色のゲートを開く。


「……李騎君、今まで世話になったな。

……だが、ワシ達、夫婦の事は忘れた方が自分の身のためだよ。さよなら」

『キヒヒヒヒ、つぎにアッタトキはかならずヤル』


 そうやって暗がりに俺を残して、親父とタケシは地面へと消えていく。

 かろうじてそれを見届けた俺は再び眠りへと落ちていった……。

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