第2話 花畑の絨毯にて(2)

 広大に広がる砂漠。

 たまに吹き荒れる砂の嵐。

 その砂を這い回る毒性のないサソリ。


 ここは日本の鳥々とりどり県に位置する鳥々とりどり砂丘。


 その砂丘に紛れて、一つの村があった。

 その村の名はエジブド村。


 あのヂャイナ村やアメリコ村のような本物そっくりな世界観を表現した観光名所でもあるが、唯一違う点があった。


 ここは遊びで繁盛している騒がしい観光名所ではなく、普通の住民が住むのどかな村であり、実際に、この場でリアルな生活をいとなみ、あのリアルエジブドに負けない空気感をただよわせていた。


 まず、ここには水道は通っていない。

 雨がほとんど降らないこの地域で、大量の水を求めるには遠くにある砂漠のオアシスからの井戸水をんでくるしかない。


 それから、ガスも通っていない。

 身近な炎を求めるには火打ち石と枯れ葉などで物を燃やし、人為じんい的に炎を作り出すしかない。


 もちろん、学校とかいう教育機関もない。

 みんな、この砂漠から離れた学校で授業を学んでいた家庭教師から勉強を教わるしかない。


 そんな不便な環境の中で俺は産声をあげ、日々を暮らしていた。


 しかし、18の年頃の若者にとってこの生活は退屈過ぎる。

 歳を重ねるごとに、いっそ、この三角形の城から城下町に出かけたい気分だった。


 その三角形の城とは学生の頃に誰もが学ぶ遺跡で、二階建ての建物の大きさを持つミニピラミッドの数々。

 俺は、その無数のピラミッド型住居の中の一つに住んでいた。


 周りは黄金に見せかけた黄色の塗料に塗られ、ブロック同士の合わさったかすかな隙間から風が入り込むなか、

『そろそろ改装工事だな』と俺の親父である蝶野忠ちょうの ただしが話していた事を思い出す……。


 ──だが、こう見えてこの石造りの内部は過ごしやすい。

 中には近所に設置された太陽光発電で、唯一、電気だけは通っており、空気清浄機が内蔵されたエアコンがあり、空調を綺麗にして室内の温度を快適に保っている。


 俺の両親はそれなりに財を築いているようだ……。


「あら、李騎りき。まだ勉強は終わってないわよ。どこへ出かけるの?」


 俺がいつもの家庭教師から逃げるようにその家の玄関を抜けようとすると、俺の母さん、蝶野湖涼ちょうの こりょうが呼び止める。

 茶髪のポニーテールがぴょこぴょこと跳び跳ねる元気のよい可愛いらしい母さんだが、40手前の母親とは思えない童顔で小学生並みの背丈しかない。


 まさにロリを極めた究極のロリだ。


 おまけに胸はぺったんこだし、父の忠は彼女のどこが気にいったのだろうか……。


 でも、これだけはハッキリと言える。


「ほんと、親父は幼子おさなご相手に欲情する筋金入りのロリだな……」

「あっ、こらっ、親の悪口を言ってはいけません。悪い子だわ!」

「い、いでで、ほおをつねるな!」


 ぎゅうとペンチのようにまんでいた俺の頬から母さんが手を離す。


「それで、今日はどこへ行くの?

あのいつもの花畑?」

「……分かってるなら聞くなよ」

「まったくいつの間にあの子と仲良くなったのやら……」


「……それで将来はお嫁さんにするのかしら?」

「ち、違うよ。何でそうなるんだよ!?」

「……ふーん。そのわりにはやたらと仲が良いわね……晶子しょうこちゃんだっけ?」


 母さんが首を傾げながら、俺の表情から何かを読み取ろうとする……。


「……まあ、いいわ。家庭教師の先生には私から話をつけとくわ。暗くなる前には帰るのよ。いってらっしゃい」


「……それと、今日はこのラクちゃんを借りていいわよ」

「……えっ、でも俺はこいつを動かした事ないぜ?」

「あのねえ、晶子ちゃんの未来の旦那になる大の男が何言ってんのよ。これまでの知識を生かせば楽勝だわ」


 そう言った母さんが、玄関のわきの庭に座っていたフタコブラクダのラクちゃんの頭を優しく撫でる。

 

 そう、バスはおろか、電車すら走っていないこの砂漠地帯の交通網は限られている。

 昔からのエジブドにちなんで歩き以外にラクダで移動するのがこの村のならわしでもあった。

 

 母さんは、俺の前でラクダに乗って見せ、そのラクちゃんに付けられた白い手綱たずなを握り、優雅に俺の周囲を回ってみせる。


「……こんな感じよ。どうかしら?

……さあ、乗ってごらん」


 母さんが俺の前にラクちゃんを連れてくる。

 間近で体感すると二メートルを軽々と越えた巨体はやっぱりデカイ。


 いつもは親と二人で乗っていたので、びびってしょうがない。


「さあ、おくしないで目の前の現実に立ち向かう!」


 母さんが笑いながら、俺にいつもの名言をはく。


 俺は勇気を出してラクちゃんに飛び乗った。

 いざ、一人で乗ってみる堂々たる高さ。


 辺りは砂漠だが、視界が大きく広がるきらびやかな砂の世界。

 その一粒の砂が太陽の光で、まるで宝石を散り混ぜたようにキラキラ輝いている。


 前の席にはいつもの親はいない。

 俺は手綱を引っ張り、右に左と俺はラクちゃんを初めて操作する。

 俺の指示に素直に従うラクちゃん。


「そうそう。さすが、私の息子だけあって上手いわね。よし、これなら大丈夫そうね」


 母さんが、よしよしとラクちゃんの頭を撫でる。


「じゃあラクちゃん、李騎を頼んだわよ」


 母さんが、いとおしそうにラクちゃんから離れ、俺たちを見送る。


「はい、これはおにぎりの包みと水筒。晶子ちゃんの分もあるわ。彼女によろしくね」

「センキュー♪」

「それから晩ご飯はカレーにしたからね。お腹が空くまでめいいっぱい遊んでおいで」

「あのさあ、俺は小学生じゃないんだぜ?」

「ふふっ、今まで一人で怖くてラクダに乗れなかった坊っちゃんが何言ってるの。親にとっては子供はいつまで経っても子供よ」

「ちぇっ、せいぜい言ってろ。じゃあな!」

「気をつけてね~!」


 俺はラクちゃんの手綱を握りながら、ピラミッドを背に歩き出した。


****

 

 それから、いつものようにオアシスの近くにある花畑にやってきたのだが……。


「だから、違います。何度言ったら分かるのですか?」


 今日も晶子に、こっぴどく怒られるさま。

 人間は、どうしてこうまでしてむきになり怒るのだろうか。

 しかるという行為は人間にも必要だが、常識を越えたら、相手にとってはただのストレスでしかない。


 何事も言い過ぎは良くない。


 しかも、噂によるとあまりにも言葉の暴力をふるうと脳が萎縮いしゅくするとか。

 それは人間がやっていたTV番組から知った知識だが、同じ脳がある宇宙人にとっても怖い話である。


「ふう、仕方ない。あの能力を使うしかないか……」

「えっ、いきなり何言ってるのですか?」

「あっ、晶子、向こうでラクちゃん(性別オス)が可愛い寝顔を見せてるぞ!」 

「ええっ、それは見逃せないです。スマホのカメラはどこでしょう……?」


 晶子がいつものトートバッグの中身を調べ始める。


 能力を使うなら今しかない。


「物質よ。晶子が結合した菜の花の状態を複製せよ……」

「……コピー!」


 すると、俺の手のひらにある菜の花が光だし、晶子が作っていた菜の花の髪飾りへと形が変わる。


 その間、たったの数秒。

 ほんの隙に発動できる能力で良かった。


「……むー、ラクちゃんは起きてますよ。嘘をつきましたね。嘘つきは泥棒の始まりです!」


「……あれ?」


 晶子の視線が俺の持っている髪飾りでふと固まる。


「何だ、やればできるじゃないですか!」


 さっきの不機嫌な態度から一転したニコニコ顔で俺を見つめている。

 彼女はどうしてこうまでして、感情をコロコロ変化させるのだろうか。

 あまり感情を表沙汰おもてざたにしたら疲れるだけだろうに。

 人間という生き物はよく分からない。


「良かった。これで、李騎のお母さんの誕生日にギリギリ間に合いますね♪」

「ああ、だけどこんなちゃちで子供じみたプレゼントで喜ぶかな?」

「プレゼントは気持ちですよ。あとは女のセンスに任せなさい!」


 晶子がトートバッグからファンシーな花柄の小さな紙袋を俺に見せて微笑む。

 この紙袋の中身は俺と晶子とで小遣いを出し合って、ここから晶子が鳥々県の繁華街まで行き、購入した代物だ。


 移動経路はこの花畑から少し離れた電車を利用したらしいが、実際に買いに行ったのは晶子なので、中身は分からないままだが……。


 俺は透視の能力を使う手も考えたが、どのみち今日の夜にやるサプライズな誕生日パーティーが来たら分かるもの。

 先に知ってしまったら面白味がない。


 それに俺自身、人間のイベントを楽しんでいた。

 だから、この紙袋の中身には触れないことにした。


「母さんが喜ぶといいな」

「喜びますよ。これまでプレゼントしたことがなかったのでしょ?」

「まあ、恥ずかしながら……」


 宇宙人の世界にはこのようなイベントでプレゼントする習慣はない。

 毎年、誕生日が来る度にこうしてお祝い事をするとか考えられなかった。


 だからだろうか。

 母さんの驚き喜ぶ姿を拝見はいけんしたいと感じていた。

 今までと、これからのありがとうの気持ちをめて……。


「絶対、今日は楽しい誕生日にしましょうね~!」

「そうだな。俺の親父も楽しみにしているからな。さあ、ラクちゃんに乗ってくれ」

「えっ、いいのですか?」

「まだ、日は暮れてないとはいえ、か弱いレディーが歩いて帰るのは大変だろ」

「てへへ。か弱いレディーとか何か照れくさいですね。

ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えちゃいます~!」


 はにかむ晶子をラクダに乗せ、俺たちはラクちゃんで砂の地を進み出す。


 そう、まだ俺達二人はこの世界を何気なく過ごしていた。

 これから先に待ち受ける運命を知らないままで……。

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