第3話 美咲ちゃんと年少組の二人の顔合わせ

 顔合わせをしてから、本格的に練習が始まった。

 勢いがついてきた、というべきなんだろうか。ケンショーの妹の美咲ちゃんも、契約が決まった、新メンバーが決まった、と聞いてから、以前にもましてちょくちょく練習にやってくる。

 だがライヴはまださすがにできない。メンバー半分入れ替わったら、なかなか合わせるのに時間が必要だ。テクニックはともかく、呼吸の問題というものがある。

 それに名はともかく、向こうは向こうで俺達の曲をただやるのではなく、向こうで演っていた曲、やりたい曲というものがあるだろう。


「やりたい曲?」


 そこでケンショーが訊ねたら、カナイとマキノは顔を見合わせた。


「自分の曲は使わないでくれ、とミナトは言ってたけどね」


 カナイは前のバンドのギタリストから言われたことをそう説明する。


「まあそうだろうな。ギタリストだもんなあ」


 我らがリーダー兼ギタリストは妙に納得した顔で、そうのたもうた。そして言ってから、ふと気付いたように、斜め向かいにいるヴォーカリストに訊ねる。


「……あ、じゃあカナイ、あの曲はやってもいいんだよな? お前のあの」

「あ、あれ? うん、あの曲だけはいいって」


 あの曲。俺が何となく訝しげな顔をしていると、ケンショーは付け足した。


「ほら、最初に対バンした時に、何かお前、ギターが弱いとか言ってた……」

「あああれか」

「あ、ギター弱かったですか?」


 マキノは初耳、というように軽く首をかしげ、目を丸くして問いかけた。するとケンショーは片手をひらひらだらだらと振った。


「あ、違う違う。正確には、ギターが弱いんじゃなくて、お前のベースが凄かったの」

「あ、そーなんだ。うん、確かにミナトはあの曲弾きにくそうだったもんね」

「あれ、そーだったんか?」

「お前のメロディって、ギタリストには鬼門だぜえ」

「……あ、そ。でもあんたは平気でしょ? 平気だよね?」


 念を押しながら、カナイはケンショーに向かってにやりと笑った。当然でしょ、とケンショーも負けず劣らずの悪党の笑いを返した。俺は何やらまた悪寒が走る自分に気付く。

 だがよっぽと奴はあの曲が気に入っていたらしい。確か、SSが対バンだった時も、あの曲だけはメロディを一発で覚えたらしい。あの他人の曲などどうでもいい的な見方をする我がリーダー殿が!


「メロディもそうだったしさあ、変な構成でしょ。俺もベースラインつけるの苦労して苦労して」

「何ってこと言うのマキノっ!」


 カナイはマキノの背後から近付くと、突然わしゃわしゃわしゃ、と肩をもみ出した。

 だがマキノもマキノで、あ、肩こってたのちょうどいい、とか言ってそこでいきなりくつろいでしまう。何なんだこいつらは、と俺は思わずため息をついた。



 ちなみに美咲ちゃんと年少組の二人が顔を合わせたのはそう前のことではない。

 何かと気軽にどうでもいいような会話がお互いに交わせるようになった頃のある日、彼女は缶ジュースと箱スナック菓子が山に入った袋を片手にやってきた。そして出会い頭にぶつかった。


「あ、新しい子達?」

「あ、ケンショーさんの妹さん?」


 美咲ちゃんとカナイの反応は素早く、ほぼ同時だった。だが次の反応はさすが、美咲ちゃんの方が速かった。素晴らしい機関銃言葉が次々にだらしない男達に打ち込まれる。もちろん俺も、その一人だった。


「あの馬鹿にさんなんて付けなくてもいいわよ! 不肖の兄貴、生きてる!? オズさんお久しぶり! ねえねえ君達、少年達よ、甘いもの平気?」


 一気に言い放つ。俺は元気だね、とか声をかけつつも、彼女の勢いに冷や汗半分で圧倒されていた。不肖の兄、はいつものことだと平然としている。


「俺は平気」


 すぱっとカナイは言った。


「俺は好きですよ」


 やんわりとマキノは言った。


「本当!ねえ、じゃあ練習の後、暇?」


 二人は顔を三秒ほど見合わせ、うなづいた。


「実はこの先のホテルで……」

「それは駄目っすよ!」


 べし、と頭を叩く音が耳に入ってきた。はたかれたのはカナイだ。いてーっ、と奴はあの割れ鐘の声を立てる。


「阿呆! 何考えてる青少年! ホテルのレストランで、ケーキバイキングがあるの!」

「あ、ティールームですね」


 頭を押さえつつ、カナイは苦笑している。 


「うん、ケーキ、好きは好きなんだけど、やっぱりちょーっとバイキング一人じゃ行きにくいじゃない……」


 彼女は両手を合わせて、黙っていれば似合うポーズをとった。


「だから付き合ってほしいと?」

「さすがに二人分、全額出すとは言えないけど」

「俺、いいですよ。お茶代程度なら出します」


 先にマキノが笑いを浮かべながらそう言った。


「あ、じゃ俺も。その位なら」

「本当? 良かった~ 何しろうちの猫は甘いもの苦手で」

「猫?」


 ぴん、とマキノの目が片方つり上がった。あれ。


「うん、うちの同居人。可愛い子よ」


 あ、そうですか、と一瞬張ったマキノの気が緩むのが判った。逆に張ったのは俺の方だった。

 めぐみだ。ケンショーのもと同居人。

 無論彼女は、そんな固有名詞はここでは出さないくらいのデリカシイはある。だが俺は、やや自分の手が汗をかいているのに気付いた。持っていたステイックが滑るのではないかと不安が起きる程に。

 ケンショーは気付いてか気付かずか、ギターのチューニングをしていて、妹には背中を向けている。


「でもケンショーさんやオズさんじゃまずいんですか?」


 マキノは軽く首を傾げる。


「……兄貴連れてくのは不毛よっ」


 はあ、と二人の高校生は、腕を組んで言い放つたくましいOLにうなづいた。


「それに兄貴、良かれ悪しかれ、結構目立つののよねえ。恰好悪い訳じゃないし、ポリシーがあんのは判るけど」


 美咲ちゃんは自分の恰好を指す。多少原色が入りつつも、基本的には大人しいスーツ。


「何っかほら、バランスが悪いと思わない?あれとあたしが並ぶと」

「……うーん」


 マキノとカナイは顔を見合わせた。カナイは肩をすくめて答えを返した。


「ま、つまりは俺達の方がいいセンスしている、ということですか?」

「そ。それにやっぱり食べ頃の男の子二人も連れていくのって、結構おねーさんの夢なのよ」


 ……食べ頃の少年二人はやや複雑な顔になり、なるほど、と俺もうなづいた。



「元気そうだったよ」


 ケンショーは答えた。

 元気な妹が高校生組を拉致し連れ去った後、俺はめぐみのことをさりげなく訊ねてみた。

 めぐみはうちの前のヴォーカルで、ケンショーの同居人で恋人だった。

 このリーダー殿は、声に惚れると他の部分が見えなくなる、という体質を持っているので、歴代のヴォーカルは男女構わず、だいたいこいつの恋人だった。

 その中でもこないだまで居た「Kちゃん」ことめぐみは、こいつとずいぶん長く続いた方だったのだが、めぐみの失踪、ヴォーカル脱退という形で幕を下ろした。

 ずいぶんといい感じだったと、俺はずっと思っていたので、そのことは寝耳に水、という感じだった。

 当のケンショーは、意外に平気な顔をしていた。

 そしてそのすぐ後に見たS・Sのライヴで、いきなりカナイの声を気に入ってしまっているのだから全くしょうもない。

 そういうものなのだろうか、と俺は時々思う。だが奴にはそういうものらしい。それはどうしようもないことなのだ、と奴は言う。それは奴の持っている、どうしようもない業のようなものらしい。

 そのめぐみが、どうやら奴の妹の美咲ちゃんの所に居着いているらしい、と聞いたのは、ケンショーからではなく、奴の悪友である紺野からだった。

 ケンショーに面と向かってべらべらと言葉を投げつけて、なおかつそれが効果があるのは、奴の妹と、この悪友の関西人くらいなものだ。


「ま、やけどその方がめぐみちゃんの為にはええよな」


 珍しく神妙な顔で、紺野はそう言っていた。

 奴によると、ケンショーには、奴が振り回してしまうような優しい子より、奴を振り回してしまうくらいの強烈な奴の方が合っているらしい。今までそういう奴が付かなかったのが不思議だ、と紺野は言っていた。

 言われてみればそうかもしれない。


「会ってきた?」

「見ただけ。こないだ美咲が連れて歩いてるの見た」

「へえ」


 理由を聞いてはいるらしい。だが奴はそれについては一言も俺には話さなかった。悪友にももちろん。


「幸せになってほしいな」


と俺は言った。

 そうだな、とケンショーは答えた。

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