第31話 トウキョーオークションよん

「…4人のマイクと接続切れました!」


2係の一人が叫んだ。


時刻はちょうど日付が変わったころ。


「オークション会場に妨害電波でも流しているのかな?」


烏丸が波風に聞く。


彼女は「それだけじゃない。」とくびを横にふった。


「私があいつらに付けといたマーキングが追いにくい。なんか、靄がかかったようどこにいるのかざっくりとしかわからない。」


彼女は情けないっと言ったふうにに自分の眉間を押した。


「敵のギフトの影響かな?」


烏丸が落ちついた声で尋ねる。


「…多分。今までこんなにわかりづらかったことなかったから…。」


そこまで言いかけてから何か思い出したようで小さく「あっ」といった。


「唯月が『鉄狸』の中にいるときみたいな感覚だ。」


『鉄狸』とは金庫の役割を持った空間系の『残留ギフト』である。


「…なるほど。矢張り敵は空間を作り出しているのか。」


空間系のギフトにも二種類いる。一つ目が結界を張るみたいにこの次元にいながら世界と隔絶させるタイプ。もう一つが『鉄狸』と同じ別次元に空間を創り出すタイプ。


「もし、彼らが敵の亜空間の中にいるのであれば外から手出しはできないな…。」


烏丸が悩ましそうに頭を掻いた。


「4人が術者を何とかする以外に方法はない。」



『藁人形』の競りはまだ続いていた。

小国の国家予算レベルの金額が飛び交っている。

段々、一人二人と脱落していき残されたのは二人だけであった。

九条が3人にコソコソっと耳打ちした。


「もうそろそろ、落ちるよ。」


月城の顔にも門叶の顔にも緊張の色が見えた。

ザワッと会場の空気が浮いて、

「落札!!!!!!」っと言う大きな声と木権を叩く音が聞こえた。


「今だ!」


九条の呼び声で4人がステージへ駆け上がる。


『饕餮』


飼い主の呼び声に答えたその獣は舞台ごと『藁人形』を飲み込んでしまった。

会場がどよめく。


(…お腹壊しそう。)


門叶が支配人の確保を急ぐ。


「『幻影跋扈』捕縛せよ!!」


支配人に黒い影がまとわりつく。


「参加者を開放してください。」


支配人は意に介さない様子で静かに言う。


「オークションは終わりました。お客様にお帰りになるのが普通です。」


確かに下を見ると案内役が帰り道を誘導している。


「おわかりいただけましたかな?」


支配人は目尻に少しだけシワの見える瞳でにっこりと笑った。


「それよりも大変なことをしでかしてくれましたね。お客様の商品を食べられてしまうなんて…。」


彼はさも悲しそうに顔を歪める。


「あれはこの世に出回ってはいけないものだ。」


門叶が言い返すと彼は静かに言った。


「ここにあるという事は誰かが出回ることを望んだということです。私はあくまでもオークションを取り仕切っているだけなので。」


それだけ言って客席を確認した。


「お客様も帰られたようですが、ルール違反をされた貴方がたにはまだ帰っていただくことはできません。」


天井のシャンデリアを門叶にぶつけた。


「なっ!!」


支配人への捕縛が解ける。

彼は立ち上がってスーツのホコリをはらい言った。


「私はここ、トウキョーオークションを預かる三代目の総支配人。滝川と申します。」


「ここは私のギフトによって作られた場所…。自分のいのままに操れます。」


九条の饕餮が壁を食い壊した。

しかし、その先にも延々と悪夢のように同じ光景が続いていた。


「…なるほど。」


「申し訳ありませんが他のお客様に示しがつきませんので…。」


「死んでいただきます。」


滝川がそう言うと床が跳ね上がり、月城が壁に打ち付けられる。


「ぐっは!!」

「柊平くん!!」そう言って近づこうとする門叶にも瓦礫の山が襲う。

門叶はそれを影で振り払った。


「なかなか優秀なギフトのようですね。しかし」


無数のスポットライトが門叶に当たる眩しくて彼は目をつぶった。


「っしまった!」


その声がするより先に彼の体は壁に打ち付けられていた。


「光があれば影はできない。」


とんだところに巻き込まれてしまったみたいだ。

海が無事ならそれでいいや。

海はうまく気配を隠しているみたいだった。

パーン乾いた音がして拳銃が使われたのだとわかった。

しかし滝川にはかすり傷一つ目ついていない。


「少年のようだったので気づかないふりをしていたのですが…。ここは私の体も同然です。重さを感知することも、弾道をいじることも簡単ですよ。」


「少し寝ててください。」


海の鳩尾に瓦礫があたって月城の上に飛んできた。


「海!!海!!!!」


名前を呼んでを返事が来ない。

「少々当て身で気絶してもらっているだけですよ。」


滝川が言う。

月城が立ち上がろうとするのを九条が片腕で制した。


「私に任せて。」


そう言うと、薄ら笑いを浮かべていった。

「この手はあまり使いたくなかったんだけどな…。」


『饕餮』


獣は一直線に滝川に向かう。

滝川は獣に向かって瓦礫を飛ばし、壁を作るがやつの前ではそれは意味をなさない。

バクッと大きな口を開けて饕餮は彼を飲み込んでしまった。

月城は目の前の信じられない光景に目を疑う。


「九条さん、貴方なんてことしたんですか?!」


「能力者が死なない限りここが解けることはない。」


そう、九条が言っている間にもオークションハウスは消えていく。

4人はただの草原の上に立っていた。

すでに使われなくなって何年もたってそうなトタン小屋が見える。


「…そう言う問題じゃないですよ!」


月城は九条の胸元を掴んだ。


「人を殺したんですよ!?」


九条は笑いながら月城の腕を離させる。


「まあまあ、待ってね。」


そう言うと饕餮を呼んだ。

その獣は大きな口を開けて何かを吐き出した。

滝川であった。

滝川は五体満足なままで饕餮の涎にまみれているだけであった。


「…これは?」


驚いたように月城が九条をみた。


「滝川だよ?」


「いや、そうではなくて。どうして滝川がここにいるですか?生きているのにどうしてあそこは消えたんですか?」


落ちついた様子で九条が返す。


「『饕餮』の中には無限の空間がただあるだけなんだ。饕餮の中に入ったことで彼はこの世界から一瞬だけ消えた。だから能力が消滅した。」


月城は何にも考えずにただ九条を責めた自分が恥ずかしくなった。


「…九条さんすみませんでした!!」


腰から上を折り曲げて誠心誠意謝罪する。


「失礼なこと言って本当にすみませんでした!」


その様子を九条は本当に面白そうに笑った。

笑い飽きるほど笑って彼はいった。


「別に怒ってないよ。あーお腹痛い。」


際限無く笑うもので段々、月城も腹が立ってきた。

そもそもいえば、九条がわざとらしく言うのも悪いんだ。


「九条さん、僕が勘違いしているのわかって言ってましたよね?」


「んーん?」


知りませんと鼻で言って見せる。


「九条さん!!!」


(僕はまた誂われたみたいだ。)


「とりあえず、烏丸さんに連絡しよう。」


あたりを見渡しても目印になりそうなものもない。


「とは言ってもここどこですか?」


笑いながら九条は言う。


「渚さんのギフトで居場所わかるはずだから。」


そんなことを話していると「うーん…。」と声を上げて海と門叶が目を覚ました。


「ここは?」


「滝川のギフトが解けたらここだったんだよ。」

と九条が教える。

烏丸に連絡すると


『良かった。でも、今君ら山梨のあたりいるんだけど…。』


嬉しい声と少しだけ戸惑った声がした。


『まあ、今から迎えに行くよ。』



迎えを待っている間に月城は滝川の話を聞いていた。


「そもそもトウキョーオークションとは何なんですか?」


「トウキョーオークションとは大戦の闇市から始まりました。このオークションは『規制物』を取り扱うのではなく『何でも』扱うことをモットーにやっておりました。」


「総支配人は襲名制と聞きましたが貴方の本名は?」


滝川はまるで意味のないもののように言った。


「私の名前は滝川です。それ以上に名前は有りません。総支配人であることが私の生きがいであり、プライドなのです。」


そして、まるで子供を慈しむような目で言った。


「あそこは私の全てでした。」


「最後に商品お届けできなかったのが心残りですが。」


彼はそう言っていたずらっぽく笑った。


「…そうですか。」


滝川は今までに出会った犯罪者とは違っていた。

その口調や動きだけではなく、心の有り様がとてもそれには思えなかった。


「どうして、禁止物を扱ったんですか?そんなものを置かなければ目をつけられることもなかったのに…。」


月城は少し悲しそうな顔で尋ねた。


「どうして?それは私が『トウキョーオークション』の総支配人でそして、『トウキョーオークション』は出品物を断らないからです。」


間髪入れずに答えるので驚いた。


それと同時にこれが『自分に正しく生きる』ことなのだと痛感した。


(じじ様、僕はまだまだみたいだよ。)


じじ様が『当たり前だ。』とクシャッと笑ったような気がした。


車のエンジン音がして、対能課のバンと護送車が停まった。


「お疲れ!!」


歯切れのよい烏丸の声がする。

滝川に手錠をかけて車に乗せた。


「滝川さん、貴方とはもっと話してみたかったです。…残念です。」


滝川は少し驚いた顔をして、次に言った。


「貴方とのお話は少し楽しかったです。」


護送車には九条が乗った。

去ってゆく護送車の後ろをただ見つめていた。


「お兄ちゃん、帰るって。」


海の声で月城は我にかえった。


「今行く!」


何でもない話をしながら月城はおもった。

滝川と話していて少し楽しかったこと、滝川にじじ様のような懐かしさを覚えていたのは秘密にしておこうって。

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