第27話 学校の七不思議はち

門叶が徳田の前に立ちはだかった。


「…なんだお前、邪魔をするな!!」


彼は分別のつかない赤子のようにツバを汚く飛び散らして叫んだ。


「どきません。」


門叶が静かに言う。

その静けさが帰って門叶の声を響かせた。

彼の声はいつも通り柔らかく、その整った顔は微笑みをたたえている。

それでもその瞳にうった光は怒気とも侮蔑ともつかない圧倒的な殺意であった。


「どうして栗山くんがこんなことになったのかわかりました。今みたいに意味のわからないことをさも社会正義の様に怒鳴り散らして、いじめを黙認し、その上教師間で生徒を不必要に追い詰めた。」


「そんなことが今までまかり通っていたなんて恥を知れ。」


そう言ってまるでゴミクズを見るかのように目を細めた。

徳田は顔を真っ赤にして言葉汚く怒鳴り散らした。


「お前に何がわかるんだ!若造が調子に乗るな!!!」


徳田は思わず耳を塞ぎたくなるほどの罵声を浴びせた。

門叶は黙ってそれを聞いていた。


「言いたいことはそれだけですか?」


徳田は真っ赤になって息を切らし、肩で息を吸っていた。

門叶がもう一度聞く。


「言いたいことはそれだけでいいんですね?」


そう言って彼はズボンのポケットからボイスレコーダーを取り出した。


「これ、何かわかります?」


徳田の顔に上った血が一気に下がっていくのがわかった。

彼は陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせている。

門叶はにこやかに微笑みながらレコーダーを再生させた。


『お前、推薦狙っているんだろ?教師にそんな口聞いてただで済むとおもっているのか!?』


徳田の声が流れだす。


「これ、しかる場所に提出させて頂きますね。」

「ま、待ってくれ!」


徳田が焦った顔で門叶の前に立つ。


「このとおりだ、悪かった。二人にも謝る。だからそれを晒すのはやめてくれ。」


門叶は意に介さない様子で徳田の存在を無視する。


「このとおりだ、申し訳ない。」


そう言って彼は土下座した。


「そうですか。そこまで反省しているなら仕方ないですね。」


門叶が呟くと彼は嬉しそうに顔を上げた。


「なんて、言うわけないですよ。」


徳田の顔が再び絶望に変わる。


「貴方が今まで彼らにしたことをそんな謝罪で許されると思っているですねか?『謝ってすむなら警察はいらない』ってよく言うでしょ?」


「僕ら警察なので。」


そう言って皮肉そうに唇の右端を吊り上げて見せた。



その後、徳田の声を録音したボイスレコーダーと坂本の日記を校長の元に持っていった。

目を通して、彼は情けなくてうなだれた。


「徳田先生や松崎先生がこんなことをしていたなんて…。」


そう言って立ち上がって栗山と坂本の方に向き直した。

そして二人に向かって深く頭を下げた。


「二人とも苦しい思いさせてすまなかった。私の監督不行届だ。本当に申し訳ない。」


二人は大人、しかも校長に謝られて戸惑っているようだった。


「大丈夫ですから。」


「こんな私を信用してくれなんて無茶かもしれないが徳田先生や松崎先生、佐藤くんたちの処分は任せほしい。…君らをこれ以上傷つけたりしないから。」


校長としてはまだ若い彼はこれからもっと成長するだろう。

この学校の歪んでいた歯車も正常に戻っていくだろう。



帰りの車で海は疲れて眠ってしまっていた。


「あの校長、彼らの処分しっかりやってくれそうですね。最初は頼りないかなって思っていましたけど。」


月城が話しかける。


「そうだね。」


門叶が同意する。


「多分、彼もこの一件を通して校長として成長したんじゃないかな?僕らが事件を通して能力を磨くように、彼らもまた生徒の成長を通して自分たちも成長させているんじゃないかな。」


「…そうですね。」


今回、やり方はともあれ現状を変えようと思った人がいたから成し得た事だと思う。


「そういえば、結局『残留ギフト』って何だったんですか?」


「ああ、」と九条が答える。


「図書室にあった古い本だったよ。図書室の奥の誰も行かないような所にひっそりとあって貸し出しカードもついてなくて不思議に思ったって言ってたからね。」


「なるほど、ずっとずっと誰にも気づかれずにあったんですか?」


「きっと栗山くんの怒りがギフトを呼応させたんだろうね。」


「そういうもんなんですね。」と言って月城は隣で眠る海の頭を撫でた。


「あっ、てか九条さんあの教室の惨状どう説明したんですか?こっちに請求書回ってきたらまた小春子さんに怒られる!」


「どうしよう!?」と門叶が発狂する。


「まあまあ、天くん落ち着いて。全部『事故』ってことにしておいたから僕ら関係ありませーん。」


そう言って声を跳ね上げる。

「さすが、九条さん!」


門叶が喜色をこぼす。

「すごい?私すごい??」


九条が繰り返し聞き返す。


「九条さん、すごいですよ!」


「尊敬している?」


「尊敬しています!」


「んじゃ、報告書よろしくね!」


九条の言葉に門叶は「むきー!!!」と奇声を上げた。

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