第20話 学校の七不思議いち

ある日の夕方、対能課に戻ると海が遊びに来ていた。


「お兄ちゃん!!」


そう大きく呼び掛け、月城の方へ満面の笑みで駆け寄る。


「おお、海どうしてここに?」


月城が喜びながらも尋ねる。

海は中学の制服らしきものを着ていた。


(…学校からそのまま来たのかな?)


「空さんに連れてきてもらったの!」


声変わり前のあどけない声で言う。


「皆さんに会いたくて!」


そのあまりの可愛さに月城の表情筋がだらしなく緩む。


「そっか、おやつあるよ。」


そう言って海をソファの方へ促す。


「やった!」


彼は嬉しそうに飛び跳ねた。



「学校はどう?」


門叶が海に尋ねる。

海はチョコレートパイを口一杯に頬張っていた。

モゴモゴと何かを喋ろうとする。


「いいよ、いいよ、飲み込んでからで。」


門叶が海に呼び掛ける。


海はごくんとパイを飲み干して答えた。


「楽しいよ!」


その溌剌とした笑顔に救われる。


(この前まで死んだ烏みたいな顔していたのに。良かった…。)


月城達の顔に安堵と喜びの色が浮かぶ。


「勉強はついていけている?」


「うん。わりと勉強は出来てたし、教科書読めば意外とわかる。」


その言葉に門叶が感嘆の声を上げる。


「へー、頭いいね!」


「そうなのよ。」と海の言葉に便乗するように鼓が続ける。


「この子ったら転校して一ヶ月も立たないうちに定期テストがあって、流石に大変だよなって思ってたら順位何位だと思う?」


少し溜めてから門叶にぐっと顔を近づけて言った。


「3位よ3位!すごくない?」


「それは凄いよ!!」


月城達が言う。

声には微かな熱気がこもっていた。

月城が「凄いな」と海の頭を撫でると、海は少し照れくさそうに「そんなことないよ。」といった。


「そっかー、海は勉強得意なのか。」


朝雲が噛みしめる様にいう。


「僕なんかが学年3位なんてとったらもうお祭り騒ぎですよ!」


月城が答える。


「いや、私は勉強得意だよ?一応、医者だし。」


「…医師免許持っているか怪しいのに。」


少し不満そうに月城が口を尖らせる。

その言葉に朝雲が大笑いをする。


「あっはは、さあーどっちでしょう?」


そんなくだらない会話をしている大人たちを放っておいて門叶が海に聞いた。


「そんなんで、やっかまれたりいじめられたりしていない?大丈夫?」


転校そうそう、そんなんじゃ女子は黙ってないだろう。

何しろ運動、勉強、愛嬌すべてが揃っているのだから。

逆に男たちは面白くないだろ。

門叶はそういうことを心配しているのだ。

「うーん…。」少し悩んでから海が答える。


「まあ、少し先輩たちに呼び出されはしたけどそれくらいしかないよ。逆に先輩の呼び出しに無傷で帰ってきたから凄いって言ってくれてる。」


海ののほほんとした、しかし物騒な回答に門叶が驚く。


「…まあ、確かに海だからね。」


海は急いで訂正した。


「俺は手出してないよ!あっちが絡んできたのを上手く受け身とってかわしてたから…。」


「逆にその後、その先輩たちと仲良くなったくらい!」

と勝ち誇った表情を浮かべる。


「そう、それなら良かった。」


門叶は上機嫌に目を細めた。


「あっでも、なんかよくわかんない事故が続いているんだよね。」


海は世間話をするように言った。


「…それはどういう?」


思いの外、彼らの食いつきがいいので困ったように言葉をつむいだ。


「なんかよくわかんないだけどね、ここ最近おかしな事故が続いているらしくてさっき言った先輩たちも一人で怪我した人がいるんだ。」


「最初は誰もいないはずの時間に黒板にいたずら書きされていたとか、机が全部積み上がっていたとか、そんなことだったんだけど。」


そう言って海がスマホの写真を見せる。

確かにそこには黒板にペンキの類がぶちまけてあったり、机が高い塔を作っていたりとただの質の悪い悪戯に見えた。


「それで?」


「それで、最初はそんなんだっから皆も誰かの悪戯かな、そのうち犯人も捕まるだろう。そんな風に思っていたんだ。」


そこで一息ついて続ける。


「先生たちもそんな悪戯見過ごす訳には行かないから躍起になって探していたんだ。夜の見回り増やすとか。そして、数日後に犯人がみつかんたんだ。」


安堵したように月城が言う。


「なんだ、良かったじゃん。」


「でもね、お兄ちゃん。その犯人、学校の先生だったんだよ。しかも、生活指導で一番やる気になって犯人探していた人。」


海の言葉に返すように月城が言う。


「ストレス溜まってたんじゃない?それでやっちゃったとか…。」


「それが、その先生自分がやっていたこと覚えてないんだって。現行犯で捕まったのに『これは誰の仕業だ?どうして俺はここにいるんだ?』って夕方くらいから何にも覚えてないんだって。」


海はやれやれといったふうに肩をすくめた。


「それで終わりじゃないんだろう?」


門叶が、海に尋ねる。


「さっき、怪我した先輩とか言ってたでしょ?」


海は「ああ」と思い出した風に手も叩き話を続けた。


「天さんの言ったとおりこの話にはまだ続きがあってね。それから生徒が実験中に薬品がかかって大火傷したり、階段から落ちたり、体育倉庫のドアが急に倒れてきて下敷きになったり…。」


海は指を折って数を数える。


「ここ一週間で5人は不思議な事故で大怪我を負っている。」


「そんなに続くもんだから皆『学校の七不思議』だとか、その生活指導の先生の生霊の仕業だとか嘘なのか、本当なのかわからない噂が流布しているよ。」


門叶が神妙な面持ちで言う。


「確かにそれは…。」


その言葉の尻を取り烏丸が言う。


「確かにそれは怪しいね!」


急に現れた烏丸に全員が驚く。


「いつからいたんですか?唯月さん。」


烏丸は海に麩菓子をあげながら言った。


「ん、海くんが話し始めたあたり。」


「そんな前からいるんだったら心臓に悪い現れ方しないで普通に入って来ればいいじゃないですか?!」


烏丸は子供っぽく口を尖らせていう。


「それじゃあ、つまらないじゃん。」


門叶は頭痛が痛いといった顔をして諦めたように頭をふった。


「でも、その話調べたほうがいいよ。」


烏丸が海に言う。


「そういった事件はエスカレートしやすいんだ。そして学校っていう閉鎖空間は誰かが死ぬまで事件を表沙汰にするのを嫌がるしね。」


海は緊張した様に頷く。


「明日あたりにでも調べに行ったほうがいいね。柊平くんと門叶行ける?」


烏丸の問いにもちろんと月城が答える。


「でも、海のことなら空さんもいたほうがいいような…。一応母親ですし。」


門叶が言う。


「行きたいのは山々なんだけど、しばらく別件でいないのよね。宗一郎の人使いの荒さで。」


「あの野郎。」と鼓が拳を握りしめる。

「まあまあ」と、朝雲が彼女をなだめた。


「そういう訳だからよろしく!」


烏丸の言葉に嬉しそうに海が月城の袖を引っ張った。

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