第19話 烏丸の話に
女は烏丸の頭に拳銃を突きつけた。
そんな危機的状況にも烏丸は笑っていた。
「いくら拳銃を突きつけようと僕は死なない。君らに僕は殺せない。」
「減らず口を叩くな!!!」
女は拳銃の引き金を引いた。
パンッと乾いた音が響き渡る。
「だから君には僕を殺せないって言ったはずだ。」
烏丸が女の後ろに立つ。
女は驚いたように後ろを振り返るがもう遅い。
「『勅令舌禍』動くな。」
よく響く低い男の声がして、彼らは金縛りにあった様に動かなくなった。
動かけなくても目だけは血走らせ、烏丸を睨む。
「なんの手も打たないで僕がここに来たと思っていのかい?」
術者だと思われる男が入り口から烏丸の方に近くづく。
それに続いて烏丸の部下と思われる男たちが店の外に並ぶ。
「君たちはまあまあ上手くやっていたと思うよ。」
そして眉を顰め忌わしそうに言った。
「だけど相手が悪かったね。宗一郎はね、僕のヒーローなんだ。キラキラして格好良くて僕の地獄みたいな未来に明かりをくれた人だ。」
「だからね、彼を邪魔する者を何人たりとも許す気はないんだ。」
烏丸の言葉に彼らの顔が曇る。
「君らが今から行くところは君達の大好きなこの国の暗くて汚い部分だよ。宗一郎が絶対に出来ない汚い事が日常のように行われているね。」
彼らの表情には先程の様な余裕さも輝きもなく、ただ絶望だけが映っていた。
「連れて行って。」
烏丸が部下の男に呼び掛ける。
「『勅令舌禍』歩け。」
男の呼び声に全員が一斉に歩き始める。
烏丸はふぅと短くため息をして手近な椅子に座った。
(…疲れた。)
護送車へと乗り込む彼らの瞳に烏丸への殺意が宿っていた。
(…仕方ないね。)
マスターはこれまでの騒動がなかったかのように後片付けを黙々としている。
「マスター、騒がしくて悪かったね。」
烏丸が彼に呼び掛ける。
初老の彼は成熟仕切った顔で微笑む。
「お客様の喧嘩は珍しくありませんから。」
「それに、」と烏丸の方に身を直す。
「それに、バーはお客様にそれぞれの時間を楽しんで頂く場所。ここでお聞きしたお話などは絶対に漏らすことはありません。」
「マスターですので。」
そう言って誇らしげに軽く笑った。
「助かります。」
烏丸は参りましたと言わんばかりに手を上げた。
カチャカチャとガラスを洗いながらマスターは続ける。
「烏丸さんの『お願い』はこれが初めてではないですからね。しかし、拳銃が出てきたときは流石に肝が冷えました。」
烏丸は気まずそうに言う。
「壊れたところは直させます。」
マスターは「それはどうもご丁寧に。」と口元を綻ばせた。
「烏丸さん全員乗せ終わりました。」
例の部下が烏丸のもとにやってくる。
「うん、連れてっちゃって。それとここ直させといて。」
そう言って弾の食い込んだ壁を示す。
「了解しました。」
それだけ伝えるとマスターに会釈して表に出た。
夜風が冷たく烏丸の頬を撫でる。
(…結構楽しい時間だったんだけどな。)
連れてかれる彼らの『お前を殺してやる』と言わんばかりの瞳を思い出し、烏丸は天を仰いだ。
そして、近くに立っていた部下に声をかけた。
「煙草もってる?」
「はい。」と部下は煙草を差し出す。
「ありがとう。」
そう言って煙草を一本口に咥え火をつけた。
いつも通りに不味い。
(…不味い。)
こんなもんを常用している奴の気がしれないと思いつつも煙を口に含む。
咳こまず肺を循環させふーっと煙を吐いた。
煙は空に吸い込まれるように高く細く消えていく。
いつも通りに不味い煙草を咥え、自分の所在を確かめる。
そして二度目の煙を吐いた。
(…宗一郎に会いたい。)
「柊平くん!柊平くん!!」
そう言って門叶が月城の肩を叩く。
「…なんですか?」
「例の『日本の朝日を愛する会』のメンバー一斉摘発だって!」
「そうなんですか、歌川自白したんですか?」
「それがねー。」と門叶が首をかしげる。
「なんか、小山田さんもよくわかんないみたいなんだよ。情報源。」
月城が驚いたように聞く。
「そんなことってあるですか?」
「まあ、それで実際に捕まっているんだからいいんじゃないの?」
「そんなもんですかね。」
「そんなもんだよ。」
何の意味のない会話に自然に笑みが溢れる。
「あっ、唯月さんやっと来た。」
悠々と課長室に入っていく烏丸を見つける。
「ほんとだ。重役出勤だね。」
「まあ、この課では二番目に偉いですからね。」
「…たしかにね。」
そう言って彼らはまた笑った。
「唯月、歌川の仲間一斉摘発されるみたいだぞ。」
碇が烏丸に話しかける。
「ふーん、そうなんだ。」
烏丸は我関せずといったふうに麩菓子を頬張る。
「あんなのさっさと反逆罪とか言って潰しちゃえばいいんだよ。」
烏丸の言葉に碇が
「そんな無茶なことはできんだろ。」
と窘める。
「面倒くさいねー。」
とからかうように笑う。
「僕、柊平くん達つっついてくるー。」
そう言って烏丸は「これあげる。」と麩菓子を一つおいて出ていってしまった。
烏丸の去り際の風に煙草の香りが交じる。
「やっぱりな」と風に碇の口元が揺れる。
何か烏丸の様子がおかしい時には、必ず煙草の香りがするのを碇は知っていた。
そして、必ず捜査が行き詰まっている時にどこからともなく現れる重要情報。
(まあ、お前だよな。)
意外とわかってんだぞ唯月。
お前はこの世の全てをわかった気でいるがそんなことはないんだぞ。
一人で何でも抱え込んで、それを一人でだいたい解決しやがるが俺に頼ればもっと楽に終わるぞ。
でも、そんなことはわかりきっててお前は俺に関われせたくないだよな。
だけど、我儘を言えば少しくらい愚痴でも何でも言ってほしい。
そんなわざとらしく笑わないでいい。
そこまで思って碇は情けなく呟いた。
「…あの莫迦、一言くらい何か言ってくれてもいいのに。」
そう言って碇は烏丸の置いていった麩菓子にかぶりついた。
(…やっぱり甘いな。)
碇は久しぶりの甘味に顔を歪めた。
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