第17話 台風の帰還なな

目を覚ましところは医務室のベッドだった。

ベッドの横の椅子に海が腰を掛け心配そうに眺めていた。


「お兄ちゃん、起きた!!」


そう朝雲を呼び月城の顔を覗きこみ、尋ねた。


「痛いところない?」


その顔は今にもなきだしそうで目には薄いくまも見えた。


(…寝ずに看病してくれていたんだな。)


「痛いところはないよ。」


優しい顔で海の頭を撫でる。


「本当にない?」


「だからないって、蓮さんはあれでもすごい能力者何だよ?」


そっかと海は小さく声を震わした。


「まったく、柊平くん。君の土手っ腹に空いた穴を傷跡さえ残さずに直してあげたのに『あれでもすごい』何て私拗ねちゃうよ?」


そう言う朝雲の口元はへの字に曲がっているが、目は笑っていた。



会議室に赴くとすでに全員揃っていた。

海もちょこんと椅子に座る。

唯月が口を開いた。


「『画竜点睛』は無事主要されたよ。」


「本題は海をどうするかだ。」


そう言って月城を見つめた。


「どうするって、どうしようもなくないですか。」


戸惑ったように月城が答える。


「それは無理な話だ。彼が警察に来てこれから待ち受けている未来は殺処分だけだよ。」


そして烏丸はその瞳に鈍い光をたたえ海に聞いた。


「君は何人殺した?」


海はまっすぐに烏丸の顔を見つめ、そして静かに話しだした。


「…半年前に両親が交通事故で他界しました。両親は仕事で烏鵜組とも取引していたようです。ただの交通事故ではなかったのかもしれない。通夜のあとに組の者がやってきて俺は彼らに連れて行かれました。そこから先は一瞬でよく覚えてないません。」


そこで海は一息、決意を固めるようにふうと吐いた。


「最初は椿さんが連れてきた組の裏切りで殺されることが決まっていた男。『殺してみろ。』とあの人はそう言って俺に拳銃を渡した。俺は震えて許しを乞うその人を撃ち殺した。」


「それからはまるで自分の中の何かが変わってしまったようなそんな気持ちで。六本木で烏鵜組の敵組織の重役とその補佐を6人、川崎で組織内の裏切り物を4人、新宿で組のかねと知らずに奪った男を一人。合わせて12人。」


「全部俺、神代透が殺しました。」


唯月も月城も顔をしかめて聞いていた。

月城の頭の中に椿の言葉が思い出される。 


『そのガキは人殺しの才能があるよ。』

『たった一ヶ月、訓練を受けただけの子どもが人を簡単に殺せるか?』


そう、椿が甲高くわらう。


『そのガキは人殺しだ。』と。


(…だからといって海が死刑だなんて…。)


海は何かを受け入れた顔で月城と鼓の顔を交互にながめた。


「…鼓さんと月城さんが東京タワーに連れて行ってくれた日のことは忘れません。烏鵜組に入っていたことも、任務も全て忘れてしまう。そんな楽しい時間でした。」


そう言い「ありがとうございました。」と頭を下げた。


その言葉で月城の中の何かが切れる音がした。

気づくと椅子を蹴って立ち上がり、海に叫んでいた。


「そんな、敬語使うな!」


「唯月さんも殺処分だなんて、どいつもこいつも人を物みたいに…。いい加減にしてください!」


「人殺しがなんだ?烏鵜組にいたのは神代透で僕の前にいるのは海だ。一緒に東京タワー登ってたこ焼き食べて、空さんの運転にビビって…。神代透を海が許せないのなら僕がそんなやつ僕が殺してやる。」


自分でもなんでここまで怒っているのかわからなかった。

月城の言葉に唯月が抑揚のない声で言った。


「『人殺しがなんだ?』君は本気でそんなことを言っているのか?」


彼の顔に微かな怒気の色が見える。


「言葉が過ぎたのは確かです。だけど、だけど…。なぜ海が苦しまないといけないんですか?誰の許しで苦しめているんですか?!」


「人の苦しみに許しがいると?」

烏丸が皮肉そうに笑った。

「誰かがこいつは許されてこいつは許されないと決めていると、君は本当にそう思っているのかい?」


月城は鳩尾でも殴られた様な思いがした。


(…それでも、それでも。)

「…それでも僕は海に生きてほしいです。生きてもう一度、いや何度でも僕は海と遊んでバカみたいにニコニコして『お兄ちゃん』って呼んでもらいたいです。」


そして、烏丸の顔を見つめ言った。


「これは僕の我儘ですか?」


烏丸は眉を開いて黙っていた。

長い長い沈黙が闊歩していた。

その沈黙を海が破る。

椅子をたち床に頭をこすりつけ彼は言った。


「恥を偲んでお願いいたします。俺をここに置いてください。雑用でも何でもします。飯も作れます。ギフトも使えます。だから、だから…。どうかお願いいたします。」


九条が長いこと閉じていた口を開き海に聞く。


「海くん、死ぬのは怖い?」


海は頭を上げずに震えた声で言った。


「ついさっきまでは死ぬのは怖くなかったです。これ以上組織の元で人を殺して自分を殺すか、ここに来て死ぬかどちらかだと思っていました。」

「…だけど、今は怖いです。どうしようもなく怖い。」


九条は何かを見透かすように笑った。


「それはね君が生きたいと思ったからだ。海くん。君は行きたいかい?」


海はこれでもかと目を見開いて答えた。


「生きたいです。」


九条はこれでもかという甘い声で言った。

「それでこそだ。」


「誰しも苦しみと痛みの中で生きている。死にたいと願えば簡単だ。だけど幸せとはその地獄の中でも生きたいと足掻いた者だけに与えられるご褒美だと私は思っているよ。」


そして烏丸と課長の方を見た。


「これなら認めますよね?」


二人は静かに頷いた。

そして碇は真剣な眼差しで海に言った。


「君が殺めた一人一人を絶対に忘れるなよ。」


海は噛みしめる様に首を縦に大きく一回ふった。


「それで、海は空の隠し子ってことでいいな?」


碇は鼓の顔を見てニヤリと笑う。


「こんな子供を見捨てるなんて酷いことはしないよな?空」


そう鼓をからかうように言った。


「…っ!当たり前じゃない!隠し子だろうと川で拾おうと同じことだわ!」


「じゃ、父親は課長って言うことで。」


と九条が茶々をいれる。


二人は揃って「ふざけんな!」と怒鳴った。



あの後、空さんは色々面倒くさい手続きがあったようだがそのへんは九条さんと唯月さんが手を回しておいたらしい。

海は最初は働かせてくれと課長に直談判したらしいが、「子供を雇えるか」と追い返されたらしい。

彼は来月から中学校に通い始める。

もともと勉強は嫌いではなかったらしいのでそのへんの心配はいらなそうだ。


「お兄ちゃん、制服届いたの!」


そう言って笑う彼の笑顔に月城の顔にも笑顔が咲いた。

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