第12話 台風の帰還に
「ほい、これ乗って」
と鼓が指した車は外車のオープンカーだった。
「…鼓さんの車ですか?」
「ん、そうだよ?てか、空でいいよ。みんなそう呼ぶ。」
そう言って車を発進させた。
「少年、どこに行きたい?」
男の子は困ったように僕の顔を見る。
「取り敢えず表に出てどっちから来たか、確認するのはどうですか?」
「そうしようか!」
車で警視庁の周りを一周させるがどうも手応えがない。
「…だめか。」
「ごめんなさい。」
そう言って更に小さくなる。
「気にしないで何なら遊びに来ただけだと思ってくれていいんだから!どうしよか?東京タワーでも行く?」
鼓がそう言うと少年の目が輝く。
「ん、東京タワー行こうか!」
今までの顔が嘘の様に少年らしい顔つきに変わった。
「少年よびもなんですしなんか、あだ名でもつけてもいいですか?」
月城が尋ねる。
少年は嬉しそうに微笑んだ。
「そうだなー。ピーポ君のそばにいたからピーポとか?」
「空さん!!!」
鼓は冗談だよと笑っている。
「空さんが連れてきたんですし、海とかどうですか。安直ですけど。」
「どう?」と少年の顔を覗くと
「海がいい!」
と満面の笑みを浮かべていた。
「「おおおおーーーー!」」
月城と海の声が揃う。
天に届かんばかりの東京タワーを見上げる二人に鼓の口元がほころぶ。
(…子供が二人。)
「上に登ろうか!」
一同チケット売り場へと赴く。
周平の財布を取り出そうとする手を鼓が抑える。
「ここは私が払うわ。」
「でも…。」と月城が吃ると
「先輩に恥をかかせる気?」
といたずらっぽく笑い、3人分のチケットを買ってしまった。
「…ありがとうございます。」
礼を言い、最上階行きのエレベーターに乗り込む。
海は嬉しそうにエレベーターの窓に引っ付いていた。
チンっと軽快な音がしてエレベーターがとまる。
ドアが開かれる。
目の前に一面の空が広がっていた。
(…すごい。)
興奮した声で海が呼ぶ。
「お兄ちゃん、すごいよ!!」
そう言ってしまったという顔をした。
月城は嬉しそうに
「お兄ちゃんでいいよ。」と笑う。
海がはにかみながらもう一度
「お兄ちゃん、行こ!」と袖を引っ張った。
「楽しかった?」
とたこ焼きを片手に鼓が尋ねる。
「楽しかった!!!」
海が無邪気に答える。
「あんな景色初めて見た!」
彼の顔に今日の朝あった影は消えていた。
(よかった…。)
「私、ちょっとお茶買ってくるわね」
鼓が席を立つ。
「それなら僕が…。」と柊平が立ち上がろうとすると
「いいのいの、海をよろしくね。」
と行ってしまった。
「空さんにまた断られちゃった。」
と海の方を見ると食べる手がとまっている。
「遠慮しなくていいんだよ。」
と促すが海は「違うの」と首を震る。
「違うの、そうじゃなくて違うの。」
さっきの様な晴れた顔は陰り、今にも泣き出しそうな思いつめた表情でこちらを見つめる。
「あのね、お兄ちゃん。俺、本当はね…。」
海が何かを言いかけたときに
「泥棒!!!!!」
と女性の甲高い声が聞こえる。
後ろから女性のかばんを脇に抱え帽子を目深に被った男が迫っていた。
僕が出るよりも前に海が先に飛び出していた。
走る男の右手に立ち腹に膝を叩き込む。
呻く男の右手を捻りあげ地面にうつ伏せに押さえつけた。
月城はあまりのことに呆然としていた。
普通の少年だと思っていたのがそうではなかったみたいだ。
(唯月さんが気をつけろって言ってのはこうゆうことだったのか…。)
「お兄ちゃん!!」
そう言い僕に促す。
警察手帳を男に見せ、
「け、警察です!現行犯逮捕します!」
男は力なくうなだれた。
やって来た地元警察にひったくり犯を引き渡し、鼓とともに事情を説明する。
(そういば、海はどこだろう…。)
警察が来てバタバタしているうちに海を見失ってしまった。
「うみー?」
彼を探していると、生け垣の向こうに海と見知らぬ男が話しているのが見えた。
「海?どうしたの?」
月城が近づくと男は行ってしまった。
「どうしたの?知り合い?何か思い出した??」
海の顔はさっきにも増して蒼く、握った手には冷や汗が滲んでいる。
「うんうん、何でもない。道聞かれたんだけどわかんなくて困っちゃったんだ!」
そう、無理して笑っていた。
「柊平くん大変だったらしいねー。」
そう言いながら月城の前にコーヒーを置く。
礼をいいコーヒーをすする。
「海に怪しい男が話しかけていたんですけど、どう思います?」
「唯月さんに話した?」
月城が頷く。
「暫く様子見っておっしゃってました。」
そうかと自分もコーヒーを飲んだ。
「今日は柊平くん今日泊まっていく?」
「そうですね。海一人にできないし…。」
「もうすっかり仲良しだね。」
門叶さんがそう言ってクスクスと笑った。
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