第10話 不思議な隣人ろく
月城が対能課に戻ると朝雲が待っていた。
「はい、治療するよー。」
と医務室のベッドに寝かされる。
傷口を撫でられ、痛みで顔が歪む。
朝雲は手についた血をそのまま口に含んだ。
『死を畏れ、生を渇望す。全ての命に祝福を』
そう唱えると体中の細胞が働いているのを感じた。
足先から指の先まで垂れていた血が止まり、傷が塞がっていく。
「生きろ。」自分自身にそう言われているようなそんな不思議な感覚に包まれた。
(なんだこれ…。)
「はい、終了!一応全部治っているはずだけど他に変な所ないか確認してね。」
「すごい。全部治っている…。」
「そりゃどうも。あっ、柊平くん急に動いたら…。」
ベッドから跳ね起きると急に立ちくらみ膝から崩れ落ちた。
「…お腹減った………。」
「そうだろうよ。私のギフトは治癒能力を向上させること。要は個人の治癒能力を引き上げ怪我を治す。つまり、それだけ体力を使うんだよ。お腹も減るし眠くもなる。給湯器のところにカップ麺あるからそれ食べていいよ。」
朝雲にお礼を言ってカップラーメンにお湯を注ぐ。
ラーメンが待っている間も空腹で目が回りそうだ。
「ただいまー!柊平くん元気?」
九条の陽気な声が耳に飛び込んできた。
「く、九条お疲れ様でした…。」
「うんうん。鳥羽春夏は事情聴取中?」
「はい、門叶さんと唯月さんが…。あっ帰ってきた。」
門叶が九条が戻ってきたことをわかると僕らを手招きした。
「柊平くんもお出で、ラーメン食べながらでいいから。」
会議室に1係と唯月が集まる。
門叶が話の口火を切った。
「まず、亡くなった男性の身元が確認されました。遠山傑、烏鵜組の下級構成員でした。いわゆる鉄砲玉と呼ばれている奴らですね。薬を売人にばらまく仕事をしていたらしい。彼女、鳥羽春夏はキャバクラで知り合い彼に薬を横流しを唆す。それから後は概ね唯月さんの推理通りらしいです。彼女が持っていたトランクの鍵で中身が確認されました。こちらも唯月さんの予想通りでした。」
「…だから妲己とか言われていたのか。」
「うん。彼女、余罪で恋人商法やロマンス詐欺などの容疑が出てきたので捜査2課に引き渡します。他にも違法薬物所持、売買の容疑でも捜査が進められる予定です。」
そこまで話したところで九条が門叶の話を遮った。
「マトリには悪いけど麻薬の出元は調べないように言っておいて、椿にそっちを捜査しない代わりに鳥羽春夏と片山くんに手を出さない様に行ってあるから…。」
月城はいきり立って九条に声高く叫んだ。
「つまり、それって烏鵜組の犯罪を見逃すっていうことですか?」
九条は問題ないといったふうに「そうだよ。」と言い放った。
「そんなことって…。」
「そうでもしないと彼らは片山くんも鳥羽春夏も報復の対象となるだろうね。」
「だからって…。」
九条は朗々とした声で続ける。
「聞いて、柊平くん。確かに私達の目の前で起こっていることは犯罪だ。そして見逃そうとしている私達も同罪だろう。だけど理解してほしい。彼らはやられたらやり返す。どちらが先に止めないと終わらない。今は、我慢の刻だ。私達が何よりも優先しなければならないものは命だ。握りつぶされかけている儚い命を守る。それが僕らの仕事だよ。」
喉から熱いもの物がこみ上げてくる。
怒りなのか悔しさなのか、頬が震え体中の血液が沸騰しそうだ。
門叶さんが月城の肩を叩く。
「今回は柊平くんが片山くんのことを教えてくれたから二人の命を選べるんだ。それで諦める君じゃないだろ?万全を期して着実に奴らを追い詰めようとしているんだ。」
天を仰ぎ大きな深呼吸をして頷いた。
「次こそは捕まえます。」
「まあ、その前に報告書だけどね!」
烏丸の能天気な言葉に張り詰めた空気が和らぐ。
「唯月さんと九条さんもやるんですよ!?」
人の悪い笑みを浮かべ
「下っ端の仕事」と麩菓子を食べ始めた。
片山を家まで送り自分も帰路につく。
「つっかれた…。」
体重が倍にでもなったのかと思うほど足が思い。
疲労困憊した体に鞭を打ち歩く。
(でもまあ、悪くはない疲れだ。)
自然と笑みが溢れる。
(明日は遅番だし。)
帰ったら風呂もご飯も後にしてただ泥のように眠りたい。
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