4−7

 朱雀の邸内を案内してもらいながら、加那たちは門へと向かっていた。

「ほら、あそこがもう最後の部屋……」

 桜が廊下の端を指差す。そこから、突然東吾が走って出てきた。

「来るな、伏せてろ!」

 叫ぶと、その場で虎の姿へと変化する。

「なに!?」

 加那が叫ぶと、満がざっと加那の前へと出る。桜と蘭は東吾の方へと走り出した。

 そこに東吾の鋭い叱責が飛ぶ。

「桜、蘭! 加那さんを守って離れるな!」

「けど……!」

 桜の言葉を待たずに東吾は前方に向かって飛び出していった。その横腹へ、どこから現れたのか、いつかの黒虎が体当たりをしかける。二匹は縺れ合うようにして前庭へと転がっていった。

「青龍の、一族が襲ってきたんです。──加那さんも、下がって」  

 後ろから、りんとした声がした。佑に支えられながらも柱の影に立つ篠乃がそこへいた。

 加那へ頷くと、声を張り上げて周囲へと声を響かせた。

「戦えるものは前線へ、他のものは奥の間に!」

 篠乃声に応えて、地が震えるような獣の叫びがそこここからした。部屋の襖や障子を蹴破るようにして、大型の犬が、虎が、熊が走り出てくる。皆、屋敷の門前へと駆けていく。

 鷹や鷲といった猛禽類の姿のものたちは、屋敷の上を旋回し、時折敵がいると見られる箇所へと急降下する。

「敵の目的は白虎の当主と、ウサギの被人だ!全力で守れ!」

 佑も声を周囲へとかける。

 人間の姿のままの数人が篠乃に駆け寄り、円陣を組むようにして加那達二人を取り囲んだ。人間姿のほうが強い被人なのだろう。

「彼らがいるなら、私達は行くわ」

「ああ、俺たちも戦える」

 桜と蘭が交互に言う。篠乃は頷いて許可を出した。

「行け。行ってひと暴れしてきなさい」

 声が終わるか終わらないかの家に、二人は両手を大きく後ろへと拡げて、あっという間に翼を開いた体長が二メートルを超すような大ガラスへと変化を遂げる。

 翼のひとふりで風を起こすと、二人は飛び立っていった。

「本当に私達、行かなくていいの?」

 不安で、皆が心配で加那は篠乃を振り返る。

 篠乃は鷹揚に頷いて、すぐ脇の部屋へ隠れるようにと加那へ指示する。

「貴女が狙われているのですから、貴女の身を守るのが最優先です。──戦い慣れているものだけを前へと送りました。大丈夫でしょう」

「皆私のために?」

「ここの、朱雀を守るためでもありますよ。どさくさに朱雀の領地を……隙あらば居衣をを狙われては叶いませんから」

 加那は唇を噛んだ。自身で身を守る手立てがないというのはこんなにも悔しいものなのだ。

 それは満も同じようだった。

「すみません、加那さん……僕が弱い被人なばっかりに、戦うことが出来ず……」

「そんなことない……」

 満の背で庇われているのは自分の方だ。

 今は隠れていることしか出来ない。自分のために戦ってくれているものを、盾になってくれるものを応援することしか出来ないのだ。

「被人を、早く居衣に迎えられた方が良い」

 ぽつりと篠乃が言った。表からは木が折れる音や獣の唸り声が聞こえてくる。

「居衣に迎えられた被人は、居衣と主人に自分の居場所を見つけます。長い年月を生きる彼らは終の棲家を自分で見つけることがなかなかできない。……居衣に迎え入れられると守られている気分になるらしいですよ。だから有事には、体を張って主人を守る。お互いに支え合うことが出来るのが被人と当主の関係です」

 加那は言われてはっとあることに気づいた。

 今表で自分を守ってくれているのは、すべて朱雀の被人なのだ。自分が安らぎを与えられてもいない被人達に、自分は守られている。

 篠乃が静かに言った。

「被人は可愛いですよ。家族になれる……早く被人をお迎えなさい」

 加那はぐっと拳を握りしめて、表からの音に耳を傾けていた。 

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