4−8
大きな翼の羽ばたく音がして、風とともに巨大な鷹が目の前の庭に舞い降りた。そのまま一瞬にして鷹の足元からスーツ姿の美女が現れる。綾だった。
「篠乃さま!──青龍は皆、撃退できました」
「そうか。よくやってくれました」
篠乃の前で片足を着き頭を垂れた綾は、すぐに加那を振り返った。
「加那さんも、ご無事で」
「うん、ありがとう」
綾の後ろから続々と被人が獣姿から人間の姿となりながら庭へと降り立つ。
皆それぞれに身体に大なり小なり傷を抱えていた。
「綾さん、傷が……」
加那は綾へと駆け寄った。
頬にかすり傷と、足に大きな裂傷を綾も抱えていた。綾は大丈夫と微笑んだ。
「一晩寝れば治るわ、例えじゃなく本当にね。……私達は頑丈なの」
「居衣に登録されていれば、だけどな」
その後ろからぬっと、東吾が現れる。やはり腕から指先にかけて大きく衣服が裂けていた。傷の大きさの割に出血は少ないようだった。
「そう、なの」
けれどだから良かったとは言えなかった。
加那は両手を握りしめた。ちらりと満を振り返ると、綾と東吾に向き直る。
小柄な加那は二人を見上げつつ尋ねた。
「あの……まだ白虎に来てくれる気持ちは……ある?」
自分を守ってくれる被人を自分も守りたい。加那はそんな気持ちになっていた。
ただ守られるのではなく、自分が誰かの安住の地……場所になる。
今までは、そんなことを考えたこともなかった。
けれど、自分にもなにか出来るのかもしれない。
雑踏に紛れて、他人事として見ているだけではなく。
「勿論!」
「是非、お願いしたい」
綾が目を輝かせ、東吾が力強く頷いた。
「加那さん、良いんですね?」
佑に支えられ、篠乃が真剣な眼差しで聞いた。加那の負担のことを言っているのが分かった。
「はい、決めました」
しかし、加那は強い瞳で見返して頷いた。
朱雀から白虎への居衣替えは最奥の部屋、先程と変わらず障子がすべて開け広げられた薫の部屋で行われた。
一同がぞろぞろと入っていくと、おや、と寝転んでいた薫が起き上がる。
「失礼しますよ」
篠乃が笑顔で薫の前へ座る。
次に小さな文机と道具一式を抱えて佑が、その後ろに加那、満、朱雀の二人が続く。
「なんだ、ぞろぞろと」
面白そうに、薫が目を細めて様子を見守る。篠乃がその前にすっと座った。
「この二人を、加那さんが迎え入れてくれそうなので。居衣替えは貴方のいるここで行わせていただこうかと」
「ちゃんと、補佐としての仕事果たして、見てろって?」
「ええ」
にこりと篠乃が微笑む。
そこへ、と篠乃が薫の前へ後ろ向きに座るよう加那へと指示する。
向き合うように文机が置かれて、その前は篠乃が座った。
篠乃の後ろにはやはり補佐役の佑が控える。
向き合った四人から少し離れた所で、綾と東吾、満が膝をついた。
「すぐに終わります。ただちょっと……加那さんは、クラっとするかもしれないですから気をつけて」
「はい」
「ではまず、こちらの居衣から綾と東吾を消しますね……良いですね?」
綾と東吾が視界の端で頷く気配がした。
静かな儀式だった。
文机にはずらりと名前が記された巻物が広げられている。その末席あたりに二人の名前がある。
篠乃は墨をすると、太い筆を手にまず綾の名前の上に墨を落とした。そのままスッと縦へ線を引いて綾の名を塗りつぶしてしまう。
そして次に東吾も。
ふう、と息をついて篠乃は笑みを浮かべた。心なしかその顔色が良くなっている。
「……これで、二人は野良になりました。さあ、加那さん、今度は二人の名前を白虎の居衣へ登録してあげてください」
はい、と加奈は頷いた。
スマホを取り出して、居衣のアプリを取り出して操作する。
『綾』『東吾』とつ続けて打つと、自然と改行されて『登録しますか?』とアプリが聞いてくる。加那は『はい』と入力した。
途端に、ずんと肩が重くなる。目眩のような感覚が襲ってきて、ふらっと背後へと倒れそうになる。
「加那さん!」
満が叫んで立ち上がる気配がした。
背後に控えていた薫がおっと、と加那の背を支えてくれる。
「大丈夫ですか?」
気づくと、満が加那のすぐ横に来ていた。薫から加那の身体を預けられると、肩を抱いてくれる。満からふわりといつもの甘い良い香りがする。その匂いをかいでいると、身体の不調が和らいでくるように感じた。
「うん──もう、大丈夫」
改めて見回すと部屋の中が様変わりして見えた。くっきりとものが見える。明るい日差しを感じるような中、甘い匂いが部屋の中に充満していた。
それは心配げに部屋の角に控えている、綾と東吾から香ってくるようだった。
満の匂いとは少し違うが、安らげる香りだった。
「これで、良かった?」
確認するように篠乃を振り返るとニッコリと篠乃は笑い、佑とともに深々と頭を下げた。
「はい。白虎のご当主、本当にありがとうございます」
背後から薫の声も聞こえた。
「強い被人を迎えるのが初めてにしては、満点だな」
「……どうせ俺はウサギですからね」
満が背後の薫へ言い返す。
綾と東吾が立ち上がり寄ってきた。匂いは強くなり、心地よさはより広がった。
「ありがとう、加那……様」
「ありがとうございます、これで白虎に戻れました」
綾と東吾が口々に言って、加那乃前に膝をつき頭を下げた。
「そんな……顔を上げて下さい」
加那は改まった二人の態度に戸惑った。しかし一つ何かをやり遂げた。そんな満足感が加那の中にも広がった。
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