4−1

 朱雀の屋敷に着くと、門の前で出迎えてくれた佑は残念ながら、と頭を下げた。

「篠乃さんはそんなに具合が?」

 加那は心配になって尋ねたが、佑は奥へと案内しながら苦笑する。

「いえ。先程漸くお眠りになったので……できれば起こしたくないんです」

 申し訳ありません、と佑が再度頭を下げる。

 綾がニヤニヤと笑いながら佑へ近づくと、その肩に顔を乗せた。

「まあ。朱雀の補佐役さんは当主様に過保護なのね」

 佑は立ち止まると首を傾げて口端を上げ、綾を見つめ返す。

「なんとでも」

「綾、からかうのは止めろ」

 東吾が綾を引き剥がす。綾はふふっと嬉しそう笑った。

 佑は加那と満へ向き直った。

「ということですので、すみませんが……今回はまず薫様とお話願えますか? 後から私も参りますので」

「はい、それは大丈夫です」

 加那は隣の満にね、と目配せをする。

 まだ補佐役がどんな役割かも、よく知らなかった。この際、薫本人から聞くのも良いだろう。

「では、ご案内します」

 佑は先に立って屋敷の中へと二人を導いた。

 夜の廊下は、途中途中の部屋に明かりが灯って、美しい景色となっていた。

 庭の灯籠にも明かりが入っている。

 それぞれの部屋の中からは被人の気配がする。前回のように悪意を向けてくる眼差しも今日は少なかった。

「こちらです」

 その部屋は何もかもが開け放たれていた。

 四方が障子の部屋で、そのすべての障子が開けてある。大きな庭に向けて寝転んでいる薫も、以前と同じ作務衣姿で無防備だ。

 部屋の周囲どこからも寝転んでいる薫の姿が見えた。

(何だろう……何もかも諦めているような)

「薫様、白虎のご当主が到着されました」

 佑がやや厳しい声を出す。確かに客人を迎える姿でない。

 薫は肩越しにちらりと加那達へと目線をやると、ゆっくりと起き上がった。

 片足を立てて、加那を見上げる。

「ようこそ、白虎のお姫様」

 薫は挑むような瞳だった。加那は気圧されぬように握る手にぐっと手に力を込めた。

「その呼び方は止めてって言ったはずですけど」

 ははっと薫が笑った。やや柔らかい表情になる。

「威勢が良いな。良いことだ。――そのままでいて欲しいがな」

「今日のお話によります」 

 加那は薫相手だとどうしても喧嘩腰になってしまう。篠乃達と比べて友好的でないように見える態度や、小馬鹿にする口調が癪に触るのだった。

 加那さん、と横で満がハラハラしているのが伝わってくる。

「きちんと対応なさってくださいね」

 薫へと釘を指すと、佑はちらりと加那と満へと目配せをして下がった。

「私達も近くにいるわ。何かあれば呼んで」

 綾と東吾もそう言い残し、去る。

 部屋にはニヤッと笑い見上げてくる薫と、薫を睨みつける加那、見守る満だけが残された。


 加那と満は並んで薫の前へと座った。

 薫は立てた片膝に肘をついて、頬づえをついている。

「今日は――」

「今日は――」

 加那と薫が同時に声を発した。

 薫が加那の方へ先を促す。

「今日は、被人のこと、居衣のこと――補佐役のこと、もっと色々知りたくて来ました」

 ふん、と薫は目を細める。

「漠然としてるな。被人のことならそのウサギの坊やがよく分かっているんじゃないか?」

 薫は満をちらりと見やり、満は背を伸ばす。

「僕は最近、自分が変化でできることを知ったばかりです。そんな僕にはとても被人の詳しい説明なんて出来ません」

「そうか……神功の婆さんからもよくは聞いていないんだな?」

「はい」

「なるほどね」

 薫が頬づえを解いた。代わりに両腕を肘へとついて両手指先を合わせる。

「じゃあ、被人とは何なのか――からのレクチャーだな」

 加那と満は息を飲んだ。

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