4−2
「被人とは何なのか……実はこの正体はよく分かっていない」
いきなり薫は言った。反論しかける加那を手で制すると、また指先同士を合わせる。
「まあ、待て。それでも少しは分かっていることがある。まずは人間なのか、動物なのか。――これは綾達長く生きている被人達の話を総合すると、どうやら動物の方が本体らしいということが分かっている」
満が反応した。
「人間が本体、じゃないんですか?」
動揺しているのか、唇がわなないている。加那は腕を伸ばしかけて、まずは耐えた。話は今始まったばかりだ。
「そうだな。ショックなのは分かる。だが、人間の姿と動物の姿とどっちでいるのが楽か。どちらの姿で長く過ごしたか。そういったことを調べていくと、ほぼ全員の被人が人間でいるのは疲れると答えた。動物の姿でいる方が自分にとっては自然だと」
お前さんは? と薫が寝乱れた髪を掻き上げながら満へ尋ね、満は考え考え答える。
「僕は……僕も、実は、ウサギの姿でいるほうが気分が開放されたようには感じます。人間の姿でいるのは疲れるとまでは言わないけれど、一度ウサギの姿になってからは、人間の姿の時は――今も、薄い膜を無理やり被らされているように感じます」
驚いて加那は満を見た。無理をしているようには見えなかったので、そう感じているなんて露にも思っていなかった。
薫は浅く頷く。
「そうだ。そうすると、どうやって生まれてどうやって死ぬかという疑問がでてくる。人間ではない。勿論純粋な動物でもない。では、誰からどうやって生まれた?」
加那は首を傾げて、満を、それから薫を見た。
「そんなの……お母さんから、じゃないの? だって誰も記憶にないものじゃない? 自分が生まれた瞬間なんて、誰も」
満も横で頷く。
「僕も、父母と兄弟たちと一緒に暮らしていたのが最初の記憶です。生まれた瞬間なんてとても……」
薫が口元だけでニヤッと笑った。膝を打ち、再度頬づえをつく。乱れた髪の隙間から覗く目は鋭く、笑ってはいない。
「そこだ。誰も自分がどう生まれたかなんて分からない。だから俺たちは――篠乃や佑たちは母体を探した。だが、被人は基本的に長命だ。人間を母体だと仮定して生きている母親を探すのが難しい。満、お前だって実年齢は七十過ぎだろう?」
「はい。だから、きっと母親が生きていたとしても、九十前後だと思います」
「そうだ。それで更に調べていくと、ここ数十年、若い被人が異常に少ないことに俺たちは気づいた。満前後の七四、五歳を境にぐんと数が少なくなっている」
「若い被人がいない?」
加那は確認する。薫は首を振り、遠い目をして一瞬、庭を眺めた。
「いるにいるが、極端に数が少ない。戦争が関係しているのかもしれない。ここにも数匹、数人程度だ。しかも、その殆どが施設出身者。捨て子が殆どで、全員出生場所がどこだかわからないんだ」
「母親が、分からないのね」
加那はため息を吐いた。
「そうなるな。誰か……何かはいるんだと思う。だが、俺たちでは追えなかった。満、お前も戦中戦後の混乱期に捨て子として拾われた可能性がある」
満は正座の膝の上で、ぎゅっと拳を握っている。加那は今までの満を思い心配だった。
(大丈夫かな、満さん)
満は考え込んでいるようだった。加那は満へと手を伸ばしかける。
「では」
震えていた満が小さな声を発した。
「では、どうやって僕たちは死ぬんでしょうか」
小さな、けれどはっきりとした声だった。顔をきっと上げて、満は薫を見る。
今までの加那の手を握りしめているだけの弱い満ではなかった。
加那は驚いて隣の満を見上げた。
「僕は、僕のことをもっと知りたい。それがきっと、加那さんを――新しい当主を守ることにつながると思うから」
満は言い切り、それから加那を見た。その顔には強い決意が表れていた。
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