3−10

 篠乃は自室で布団に横になっていた。

 全身がだるく、起き上がることが出来ない。一度咳が出ると、しばらくは喋れないほどにそれは続いた。事情を知るお抱えの医者は、疲れと風邪だろうと言う。

 篠乃は佑にこっ酷く叱られていた。

 昨日迎え入れたのは小さなネズミの被人だった。

 まだ生まれて数十年、力も大きくない被人を迎えたつもりだったのだが、結果がこれだった。

 篠乃の身体はもう限界に来ているのかもしれなかった。

「こんな時期に、また新しく被人をお迎えになるなんて――」

 側で薬を用意していた佑がまた言う。

 そんなにぴったりと張りつかなくても大丈夫だと篠乃は何度も言ったが、佑は主人の側から離れなかった。看護役と見張り役も兼ねているらしい。

 篠乃は聞こえなかったふりをして、掠れた声で確認する。

「白虎の……姫君が来てくれるって?」

 佑の手がピタリと止まった。ホッとしたように小さく笑顔を見せる。

「ええ。有り難いことです。あとはこちらの提案を受け入れてもらえれば」

「無理強いは駄目だよ。普通は被人の受け渡しなんてありえないんだ……」

「まあ、こちらの富も権力も減りますからね。……当主の健康改善以外は利点はない」

 眉を微かに寄せた佑は嫌味含みに言い、薬を篠乃へと勧める。

 気乗りしなかったが、篠乃はうん、と頷き身体を起こした。

 すぐに佑が腕を差し出し、身体を抱き起こされた。佑の成人した身体は力強く、己の細腕と比べると頼もしい分、仕方ないとはいえ篠乃は自身が情けなかった。

 篠乃は息を吐き、薬を飲み干す。

 細い喉が上下する様子を、佑は眺めた。腕にかかる重さも、軽い。

 これが今の自身の主人の現状なのだと、腕に抱く度に思う。

「――青龍や玄武の様子は?」

 気になっていたことを佑へ尋ねた。

「青龍は先日、白虎の当主を襲ってきたところを、東吾が撃退しました」

「やはり来たか……」

 頭が痛い。弱い勢力が他の勢力から狙われるのはよくあることだ。

 力づくで居衣を奪い、そこにいる被人を自身の一族に取り込む。

「はい。気になるので、これはしばらく警戒させます。玄武の一族は、今までどおり捜索中ですが……昨日の野良の被人が元玄武だったことからも、規模を縮小して隠れ住んでいるものと思われます。近日中には、一族の所在が割れるでしょう」

「玄武の所在が?」

 篠乃は思わず顔を上げた。佑も微笑んでいる。

「ええ。白虎と同じく長らくその存在が謎だった一族。白虎は、こちらに薫さんがいたおかげでなんとか追えていましたが……玄武もとうとうです」

「玄武の一族が好戦的……ということも聞いたことがない。もしかしたら」

「協力を仰げるかもしれません」

 力強く頷く佑にホッとして、途端に咳が出て篠乃は顔を背ける。佑が落ち着くまで背を撫で続けてくれる。

「……良かった。玄武は長らく代替わりをしていない筈。話ができれば今明らかになっていない被人の生涯や、居衣のシステムが分かるかもしれない」

「そうです」

 佑が篠乃を寝かしにかかる。抵抗する力が今の篠乃にはなかった。おとなしく布団の中へと戻る。

「もうすぐ、加那様がいらっしゃいます。もう少しお話ができるようであれば、面会の準備をいたしますので」

 それまで寝ているようにと、言外に言ってくる佑へ仕方なく篠乃は頷いた。

「薫さんにも、同席をお願いしてくれ。もし僕が起き上がれなかったらその時は彼に」

「承りました」

 佑が薬を片付けて、頭を垂れる。

 篠乃は腕を伸ばして、佑が畳についた指先へと触れた。先をそっと握る。

「ありがとう」

「……お身体を、お大事になさいませ」

 唇の端を小さく上げて、佑は部屋を後にした。

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