3−6
部屋の外には綾と東吾が控えていた。
加那と満が部屋を出ると東吾が先導し、綾が後ろへついてきた。
中の様子や声は聞こえていた様子だ。
その証拠に東吾が後ろを振り返り、加那を見下ろし言う。
「やはり、白虎に俺たちを受け入れるというのは難しいか?」
身体が大きく、低く響く声の東吾に確認されると、少し心が揺れた。
すると、その加那を見透かすように、加那を庇う形で満が前へと出てくれた。
満と東吾でも身長差は二十cm近くある。
「いいえ、まだ何とも言えないです。今日は話を聞いただけで」
「そうか……やはり難しいのかもな」
その大男が見た目にも分かるほどに肩を落とす。
綾も後ろから言ってくる。
「今日こそはって……ちょっと期待してたんだけどね。残念」
加那は綾を振り返った。
今日は綾も東吾も私服で、綾はタイトなスカートににざっくりとしたスプリングニットを、東吾は前回と同じ様なラフな格好をしていた。
廊下を歩きながら、加那は尋ねる。
「あの。なんで、そんなに白虎へと戻りたいんですか? 元、白虎の被人なんですよね?」
あら、と綾が目を見開く。
「覚えていたのね。賢い子は好きよ。そうね……居衣は私達にとって、人間の家と同じって言えば良いかしら。落ち着ける場所、心の拠り所」
家と持ち出さされて、加那は少し戸惑った。加那にとっての家は、物心ついたときからそんなに居心地の良いものではない。
(私にとって、帰りたい場所ってどこだろう。本当に好きなもの、人――)
考えてみても何も思いつかなかった。加那はそれに愕然とした。
(私にはなにもない)
「だから、正しい場所に戻りたいの。私も東吾も最初に登録された居衣が白虎なのよ。今、所属している朱雀は良くしてくれるけれど、どうしても帰りたい気持ちが強い」
「お前は、前の――神功依子の時代からの白虎に登録されていたんだよな?」
東吾が砕けた口調で、満に小さく笑みを向けた。犬歯が覗く口元はワイルドだが、目元は優しく笑んでいる。
「羨ましい。前の主人はどういう人だった? 情けないことに、俺たちは彼女が生きている間に彼女の元へたどり着くことができず、死に目にも合えなかったから」
「依子さんは――」
満は前の主人の話に思わず笑顔になり、それから不意に涙をぽろりと流した。
「おい」
「あら」
戸惑った声を二人が上げた。
加那は急いで満に寄り添って、そっと伺いながら手を握った。
満は片手で眼鏡を押し上げて涙を拭う。
「依子、さんは優しい人でした。とにかく、僕をかわいがってくれて……僕も、最期には立ち会えませんでした。二十数年、一緒にいながら僕は何も知ろうとせず、何も知らず……」
「確か変化したのも、私に会った時のが最初だったのよね?」
加那は満に確かめた。
頷く満に、東吾が怪訝な顔をする。
「変化したことがなかったって……変わってるな、お前。大概、人間の姿を数十年やってると変化の機会の一つや二つ不意に訪れるもんだが。よっぽど平穏な生活だったのか?」
綾も首を傾げ、満に近づくと匂いを嗅ぐ仕草をする。
「確かに、白虎の匂いに紛れてよく分からなかったけれど……あなた自身の匂いも、少し変わってるわね。珍しいわ。何なの?」
「何って……」
二人に取り囲まれて、満がうろたえる。代わりに加那は答えた。
「満さんはウサギよ。茶色くて可愛いの」
これくらいの、と抱きかかえられるサイズを手で示してみせる。
東吾が僅かに身を引き、綾がぱっと華やかな笑顔になった。
「そりゃ、お前」
「凄い! あなためちゃくちゃ珍しいわよ、ウサギなんて」
「そう、なんですか?」
漸く泣き止んだ満が、小さな声で問い返し首を傾げる。加那に繋がれた手をいつかのようにぎゅっと握り返してくる。加那は不安そうな満の手を再度握り返した。
「僕にはそんな自覚なんて……というか、最近変化できるのも知ったばかりですし……」
加那は二人を見上げる。
「ウサギがそんなに珍しいの?」
綾が腕組みをし、考えつつ指を二本立てる。
「そうね。……確かこの朱雀にはいない筈。他の一族にも今はいるかどうか……珍しい理由は、怯えてなかなか姿を現さないからとも、弱いのでウサギ姿の時に人間に狩りつくされてしまったから、とも言われているわね」
「そんな。禄な理由じゃないじゃないですか」
満が肩を落とす。綾がケラケラと笑った。
「迷信だけれどもね。数が少ないのは本当よ。良いじゃない、珍しいのは良いことよ。一族の力が増すわ」
「けど、もし僕がそんなに珍しいのであれば、加那さんはいずれ具合が悪くなるんですよね?」
心配げに、満が加那を見る。加那も満を見つめてうん、と頷いた。
東吾がそんな二人を見てふと身をかがめ、隣の綾の耳元へぼそりと何かを囁く。綾がうーん、と唸りそして満へと向いた。
「貴方一人でそんなにすぐに体調が崩れるわけではないわ。大丈夫よ。それより……デキてるの? 貴方達」
加那と満がしっかりと繋いでいる手を指差して、笑う。
一瞬の間があって、ばっと満は手を放した。加那は放された手をあれ、と見つめる。
「デキてません!」
満が顔を赤くして否定し、
「仲良いだけよ?」
ケロッとして加那が否定する。
加那は満を見て笑い、ねえとまた手を繋ごうとする。満は首筋まで赤くしながらもう大丈夫ですとそれを拒否をした。
満以外が全員笑っていた。そしてふと思い立って、加那は聞いた。
「そういう貴女達は?」
ピッタリと寄り添う綾と東吾二人を加那は不思議に思う。会うたびに仲良く寄り添っている二人。年齢は見た目では綾のほうが数歳年上だろうか。話しているときも、東吾が綾を気にかけているのが分かった。
だがどうも、恋人の間にあるような甘い雰囲気を二人には感じられない。
「私達も単に仲が良いだけよ」
綾が東吾の肩に手をかけそこへ頬を寄せる。綾は顔を上げ東吾を見つめるが、東吾はそんな綾をちらりと見て義務的にその腰に手を添え支えるだけで、二人の間に色気はやはりない。
「ねぇ? 東吾」
「そうだな。姉……でもないな、相棒という感じだ」
「一緒に暮らしてても……?」
加那はついでに聞いてみる。綾がふふっと嬉しそうに笑う。東吾から離れると、加那の方へと歩み寄ってくる。
いきなり加那を背後から抱き寄せると、肩を抱いて耳元で話す。
綾からも微かだがふんわりと良い香りがして、加那は一瞬目を伏せる。
「本当に良く話を覚えているのね。気に入ったわ。一緒に住んでいてもよ。何もないわ。ただ、被人同士はたまに妙に相性の良い者同士がいるの。勝手に私達は番(つがい)って呼んでいるけれど」
「恋人ではない?」
加那が目を開けてすぐ横の綾の顔に確認すると、東吾が頷いた。
「ではないな。例えば、お前たちを襲ったカラス達。彼らは姉弟だが番としてお互いを認識している。だからいつも一緒だ。居心地が良いから一緒にいる、それだけだな」
「へえ……」
家族ではない。恋人でもいない。けれど、お互いを大切に思う存在。
加那は羨ましさを込めて二人を眺めた。
(あれ……なんでこんなに羨ましいんだろう)
考え始めるともやもやしたものが加那の頭の中を覆った。
「さて、俺達のレクチャーはこれくらいにして――時間も時間だ。家へ送ろう」
加那は東吾の声で我に返る。
綾が加那から離れていった。
加那と満は東吾の運転で、来たときと同じように家の近くへと送ってもらった。
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