3−7

 家に着く間際の車内で、満にはウサギ姿へ戻ってもらった。

 またね、と手を振る綾達と別れ、満を抱いて自宅への道を戻る。

 公園から自宅のあるマンションを見上げる。

 夕暮れ間近のマンションは各戸から明かりが漏れて、温かな家庭の気配がする。

 今日は日曜日なので、両親も自宅にいるはずだった。

 ただいま、と帰って扉を開けば良い。両親が諍いを起こしているようならば、部屋に閉じこもるか、また外へ出れば――そこまで考えて、加那はゆるく首を振る。

(ここは……本当に私の帰る場所なんだろうか) 

 けれどここに帰るしかない。あの二人は変わらないのだ。

 加那はぎゅっと満を抱いて、歩き出した。

 ただいま、と玄関を潜ると母親がリビングから顔を出した。その表情はどこか明るい。

「おかえり。今日はお父さん、外で食べてくるって」

 その声が弾んでいるように聞こえる。

「お母さんって」

 思わず、声に出していた。

(何で、お父さんと一緒にいるの……?)

「何?」

 不思議そうに母親が動きを止める。けれど加那は言葉の続きが出てこなかった。

(ここで聞いてしまえば、二人の関係に踏み込むことになる……もっとこじれるのは、嫌だ)

「何でもない」

 加那は急いで言って、自室へ入った。

 扉を閉めると、満を腕に抱いたままズルズルと座り込んではあっと息を吐く。 

(くだらないって――そう思ってた。私には関係ないって。けど、今は)

「辛い、なぁ」

 へへ、と満の後頭部に自身の額を寄せて溜息を吐く。

(私にはこうして形だけの家はある……けど、綾さんたちは朱雀に仮住まいで、きっとどこか私と同じ思いをしてるんじゃないのかな)

 満が腕の中でもぞもぞと向きを変えると、加那と向き合う。

 鼻先を鼻先に軽く押し当ててくる。

「ありがとう」

 加那は何も言わない満に感謝した。

(もし、もし私が綾さん達を受け入れたとして――居衣を本当の家のように居心地良いものにできるんだろうか……)

 そこまで考えて、加那は頭を振った。

 今は疲れている。何も考えたくなかった。


 次の日、学校はいつも通りだった。

 雑音を塞ぐようにして、加那はやはり早く家をでて学校へと向かう。

 友達との会話、授業、そしまた会話。

 ただ、笑顔を作っている自分が本当の自分なのかどうなのか、不意にわからなくなる瞬間があった。

(私って一体何なんだろう)

 友達も表面だけ、梨里だけちょっと特別。

 授業は暇つぶしで、将来の夢もない。

 家には居場所がなくて、どこか、行きたい場所もない。

(これが、本当の私?)

 そうなのだろうか。

 昨日、いろいろな話を聞いた。まだ頭は混乱中だ。

 私は昨日と今日とで何も変わっていない。

 けれど、すでにウサギに変化する満さんと知り合い、白虎の当主となってしまっているらしい。

 自分は偶然に選ばれた。そこにすでに義務が生じてしまっている。

 満さんは何かあれば私を守ってくれると言うけれど、何かあった時に私は満さんを守れるのだろうか。

 朱雀の当主、篠乃さんにしてもそうだ。

 私が彼の負担を減らさなければ、死が近づくという。しかし、それには私に負担がのしかかる。

 白虎に戻りたいという綾さん、東吾さん。

 深くは聞くことができなかったが、どうやら争い合っているらしい他の一族との関係。

(私が取るべき最善の道は?)

 考えているうちに、飛ぶように時間は過ぎていった。

「何考え込んじゃってるの?」

 不意に梨里が背後から飛びついてきた。

 加那ははっと現実に引き戻される。

「ねえ、今日こそは、一緒に帰ろ」

 梨里がねだるように前へと回ってくる。気づけば放課後だった。

「良いよ、一緒に帰ろう。どっか寄る?」

 加那は一瞬迷ったが、笑顔で答えた。

 たまには良いかもしれない。

 梨里はやったー、と喜んでそれを見た加那も不思議と嬉しい気持ちになった。

「駅前の新しいカフェ、加那と行ってみたかったんだよね」

 梨里はウキウキとカバンに荷物を詰め始める。

 加那もぺちゃんこのバッグを背に背負う。

 今は何もかも忘れて、梨里と気軽にじゃれ合えることが嬉しかった。

 二人は笑い合いながら教室を後にした。

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