3−5
「一体どんなメリットですか?」
満は慎重に聞く。
佑、と篠乃が嗜める声がしたが、こちらも主人を遮って話し続ける。
「一つは、強い被人を側に置くことで他の一族を牽制できます。私達朱雀は、こうしてお願いしていることからも、今のところ白虎と敵対することはないのですが……万が一、篠乃様の次の代の当主も同じ考えとは限らない。一族を大きくしたいと考える一族がいれば、被人を使って襲ってきます。その牽制になるでしょう」
加那は話を頭の中で繰り返した。
(襲われる危険性もある? けれど、それじゃ、一族自体を大きくするメリットは――)
思いついた疑問をそのままに、満が代わりに口を開いた。
「では、その一族を大きくしたい理由とはなんですか? 今までのお話ですと、一族が大きくなればご当主の体調が悪くなるのですよね。しかも襲われる可能性がある。デメリットしかない」
佑が篠乃を振り返ると、篠乃が軽く溜息をついて頷く。
目を伏せて、篠乃が静かに言った。
「それは――富、です。」
「富……?」
繰り返し、問い直しかけて加那は気づいた。
この広大な敷地と屋敷。中には人間として働いているものもいるかもしれないが、四十数名の被人を支える経済力。
「それじゃ、このお屋敷も?」
恐る恐る確認する加那に、少し気まずそうに篠乃が笑った。
「そうですね。この屋敷も正しくは四宮のものなんですが……基本的には、一族の規模が大きくなればなるほど、まず、当主を支える補佐役の富が増えます。当主と補佐役は一心同体ですので……結果的に私の、当主の富も増えていきます。なぜかはわかりません。事業の成功、宝くじに当たるなど方法は様々ですが……自然と富が集まるのです」
「そして、それは一族が大きくなればなるほど、拡大が止まらなければずっと、富も増大し続けます。当主が死んでも――次の当主が自動的に選ばれて、富も同じ規模まですぐに追いつきます」
篠乃に続き、佑が続けた。
凄い、と隣の満が呟いたのが聞こえた。
加那にはこんなにも大きな屋敷を構える富の大きさなど想像もつかなかった。
家族からお金に困っているという話は聞いたことはない。塾にも通い、私立の高校に通っている。お小遣いがもっと欲しいと思ったことくらいはある。ただし、加那の想像できる富とはその程度だった。
そして、ふと気になった。
加那は若い。勿論事業などしていない。
篠乃にしても、大学生くらいに見える。当主が何かの力で選ばれるのであれば、もっと大人の、力のある者を選べば良いのに。
(なぜ、私たちが選ばれたの?)
加那は満を見た。前の主人が亡くなったと言っていた。だから、次の加那が選ばれた。
それが途端に不思議に思えた。
「……当主が死ぬと、どうやって次の当主が選ばれるの?」
加那は篠乃を見つめて静かに聞いた。満が息を呑む気配がする。
首を振り、篠乃は目を伏せた。
「それも詳しくは分かっていないのですが――血縁などではないことは分かっています。また、当主の死に際し、近くにいた者が選ばれる確率が高いようです。ですから、富の集中や継続を望む当主や補佐役の一族などは、当主の死が近いと予感すると、自分たちの血縁を当主の近くに集めます。その方が次の当主に選ばれる確率が高まりますので」
「ですので、例えば加那さんの場合は前当主の死の際に、もしかしたら近くにいたのかもしれません」
佑があくまでも予想ですがと付け加えた。
「居衣も不思議なシステムです。新しい当主が決まったと同時に、前の当主の側からは消えて、次の当主に一番合った形で現れます。居衣に名前を登録することで、被人達を配下に従え自由に操れる。私どもの居衣は巻物のような形をしているのですが……。加那さんの居衣はどんなものですか?」
佑へ聞かれて、加那は上着のポケットからスマホを取り出した。何だか恥ずかしくてもぞもぞとしてしまったが、結局は突きつけるように差し出す。
「これです」
「え!?」
佑が驚きの声を上げた。今までの声で一番大きかったかもしれない。
「……アプリ、なんです」
今までの壮大な話からは何だか申し訳なくて、加那はうなだれる。
ぷっと、篠乃が吹き出した。今までの微笑みとは違う、本当の笑いのようだと加那は思った。
加那は促されて、佑へと居衣のアプリを開いたままスマホを差し出した。佑は篠乃へとその画面を見せる。篠乃はスマホを手に取り、画面を覗き込んだ。
「本当だ……すみません。まさか、アプリだとは……確かにこれは手軽だ。うちのに比べて持ち運びにも良い」
くくっと笑いが堪えられないようで、拳を口元に添えて篠乃は言う。佑も堪えられない笑みを口元に浮かべていた。
手元にスマホが戻されて、加那はほっとする。これには満の名前が記されているのだ。手元から離れるとそわそわした。
そこで、柔らかな声がした。
「ありがとうございます。長くなってしまいました。お話は今日はこれくらいにしましょうか」
篠乃だった。
「篠乃様?」
やや咎めるように佑が声をかけるのを、篠乃は手で制した。
「良いんだ。いきなり決めろという方が酷すぎる。今日はお話ができた。それだけで十分だ」
篠乃は加那へと向き直り、背を正す。頭を垂れて、深く礼をした。
「白虎のご当主、今日は本当にありがとうございました。しっかりと考えて決めていただいて結構ですので……またこうしてお会いできれば嬉しいです」
「は、はい」
加那も慌てて背を正し、合わせるように礼をする。ちらりと満を見ると、同じように慌ててペコリと頭を下げていた。
二人は佑に導かれて、部屋を後にした。
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