3−3

 広い畳の部屋の正面に、和服姿の青年がいた。

 障子は開け放たれて、春の乾いた風が柔らかく吹いている。

 簡素な部屋だった。

 だが、部屋の設えや調度が丁寧に使い込まれていることは加那にも分かった。

 青年の左右に、スーツ姿の青年が正座し、作務衣姿の男があぐらをかいている。

 加那は真っ直ぐに青年の前へと進んだ。

 胸がドキドキと鳴り、呼吸が浅くなっていくのが自分でも分かった。

 前まで来ると、二人分、座布団が敷いてあった。

「どうぞ、お座りください」

 和服姿の青年、篠乃が深く頭を下げる。

「よくおいでくださいました、白虎のご当主。僕は朱雀の当主、上田篠乃と申します」

(この若い人が当主? 私といくつも変わらない)

 加那は驚いた。

 篠乃は目の前の座布団を勧めて、ついで佑が自己紹介した。

 右に座る男はなかなか喋らない。

 佑にせっつかれて、薄く笑みを浮かべるとようやく一言だけ『薫だ』と言った。

「こんにちは。浅葱加那です」

「神功……満です」

 二人は緊張で声を硬くして、挨拶を返した。座った座布団はふんわりとしていて足が埋もれるようだった。どこに腰を落ち着けて良いのか分からない。

 加奈は急にいつものショートパンツにパーカー姿の自分が恥ずかしくなった。

 篠乃が二人の様子に笑った。

「足を崩してくださっても結構ですよ。僕も、失礼ながら楽な格好をさせてもらいます。最近、身体が辛いもので」

 篠乃はそう言い、脇に置いてあった肘掛けへと身体を預ける。

「お体が、悪いんですか?」

 はっと満が顔を上げた。自分の主人を思い出し、声を硬くする。

 篠乃は首を振った。

「どこがどう悪いというわけではないんです。どうにも疲れやすくて。けれど、今日はそのお話もしたくて、お二方に来ていただきました」

 加那は頷く。

「はい、私も色々知りたくてここに来ました。白虎や朱雀って何なのか……私はこれからどうなるのか」

 風がざあっと加那の髪を掻き上げて去っていった。

 篠乃は左右の二人を見つめると、再度加那へと頭を下げる。

 静かに、けれど通る声で言った。

「まずは単刀直入に言いましょう。――朱雀の被人を、白虎の一族に幾人か迎え入れていただきたい」 

「どういう、ことですか?」

 加那はわけが分からずに問い返した。

「私からご説明します」

 佑と名乗った、篠乃の右隣へ座る青年が身を乗り出した。

「私達は、ある人間とは違う生き物を――人から獣へ、獣から人へと自由にその身を変えて、長く生きる者達のことを被人と呼んでいます。そして、彼らを居衣と呼ばれる書物に書き込み管理している。一族のトップに立つ人間を当主と呼び、当主には不思議な力が備わっています。被人を自由に使役できる能力です。私達はそれを被人繰り、または人繰りと呼んでいます」

 佑は空へと字を描きつつゆっくりと説明をする。加那は頷いた。

「つまり当主は、被人を管理したり保護したりして、そして何らかに使う?」

「そうです」

 佑は理解されたことが嬉しいのか微笑む。

「被人の数が多ければ多いほど、その人繰りの一族の規模が大きいと私達は言います。被人の中には何百年も生きているものもいれば、その存在が大変珍しいものもいる。そういった被人が一族に入った場合も、一族の規模が大きくなったと捉えます」

「何だか……少し曖昧な部分もあるんですね」

 満が独り言のように確認する。佑が反論しかけるのを、篠乃が遮った。

「そうとも言えます。このシステムには謎が多い。ただ言えることは、規模が大きくなるとで、どうも当主である人間の身体に異変を起こす……次第に体調に不調をきたすようになるということでしょうか。妙な言い方ですが、当主の体調いかんで、その一族の規模も大凡分かります」

「じゃあ、今の朱雀の規模は……」

 加那は、足を崩して肘掛けへと身を預ける篠乃を見やる。ふらりと今にも崩折れてしまいそうな細い身体は、とても元気な若者とは見えない。

 佑が立ち上がり、篠乃の背後へと回る。斜めになる身体を支え起こされて、ありがとうと篠乃は告げる。

 席へと戻り、佑が説明を続けた。

「朱雀は今や、関東では最大規模です。居衣へ所属するのは三百余名、そのうち、ここには四十名近くの被人が居候しています」

「それはつまり――」

 察した満が険しい顔をして篠乃と加那を見比べた。

「そう。だから、篠乃が保っている間に、あんたに被人を何人か請け負って欲しい。その身を削ってな。そういう話だ」

 今まで黙っていた薫がいきなり言葉を発した。

 加那はことの重大さに言葉を失った。

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