3−2

(凄い……!)

 どこまでも続く白壁の朱雀の邸宅に、加那は心の中で声を上げる。

 マンションの前で綾と東吾と待ち合わせて、東吾の運転で車で移動した。

 隣には加那よりも緊張した様子の人間の姿の満だ。

 都内を抜けて、山を背負う広大な敷地を持つそこまでは一時間半だった。

 見上げるような門扉の前に立つと、左右の白壁は端が見えない。

 こんな邸宅を個人が持っていることに加那は驚いた。

「大きなお屋敷ですね」

 隣の満が思わずと言った風情で言う。

 加那はうん、と頷いて少し迷ってから満の手をそっと握った。

 横からちらりと見上げてみた満は線は細いものの、しっかりとした大人の男性だ。

 加那にとってはウサギの可愛い姿とギャップがあったが、横に並んでくれることに頼もしさもあった。

 満は少し驚いた様な表情をして加那を見おろしたが、結局はぎゅっと手を握り返してくれた。二人は笑いあった。

 綾が二人を振り返る。

「中の住心地もなかなかよ。私は東吾と二人で一つの部屋を借りているけど、広すぎるくらいだわ」

 そう言って肩を竦める。

「行こう」

 東吾が言う。

 二人は東吾と綾について大きな門をくぐった。


 門から本邸と呼ばれる、建物までは遠かった。

 複雑に入り乱れた渡り廊下で結ばれた建物たち。それらをぐるりと迂回しながら進む。

 その一つ一つに数人ずつの被人が同居しているのだという。

 言われてみれば、建物のあちこちから、人間姿の被人と思われる者がこちらを伺い見ている。中には会釈をして通り過ぎる者もいたが、ちらりと目線だけを寄越してすっと柱の影へ逃げてしまう者もいた。

 途中、建物の障子を開け放してある建物の側を通りかかった。あの日の大ガラスの少女と少年が、柱へと寄りかかり、薄笑いを浮かべてこちらを見ている。

「あの子達!」

 加那が指差すと、先を行く東吾が溜息をついた。

「大丈夫だ。この居衣の中で滅多なことはできない。彼らは今、あの部屋から出られない。謹慎中なんだ」

「あんな、態度だけどね」

 綾が嫌そうに付け加える。

 東吾が綾の背へと手を当てて宥め、加那達を振り返る。

「申し訳ないが中には……この訪問をよく思わない被人も若干だがいる。だが、危険はない。それは約束する」

「万が一にも、私達が何もさせないわ」

 綾も腕組みをして受け合う。

「……分かった」

 加那はちらりとカラスの双子達を見て、それから答えた。

 よく知らぬ他人から、意味の分からぬ悪意の目線を向けられるのは初めてだった。

(白虎や朱雀の一族っていうけれど……何らかの対立でもあるのかな)

 その理由も、今日この訪問で明らかになるのだろうか。

「ここにいる人たちは人間に見えるけど、全員、被人……なんですよね?」

 満が綾に確認する。

「そうよ。何、あなた怯えているの?」

 ウサギだから? と揶揄されて満は少しむっとする。

 いざという時に加那を守れるのだろうかという心配を見透かされているようだった。

「いいえ、確認したまでです」

「あら、そう。けどウサギは珍しいから重宝されるわよ」

 綾は愉快そうに笑った。

 加那と満は、車内で改めて簡単な説明は受けていた。

 ある場所に四宮が持つ土地へ大きな屋敷が立ち、そこには朱雀の数十人の被人が同居しているということ。

 朱雀の当主の名前は、上田篠乃。補佐役は四宮佑。

 白虎の補佐役は遠野薫。

 この三者は人間で、彼らに会ってほしいということ。

 彼らからお願いしたいことがあるが、これは断っても受け入れても良い。あくまでも加那の意思で決めて良いということ。

 少し軽い気持ちで来過ぎてしまったかもしれない。

 この豪邸を見るにつけ、すれ違う被人たちの数を見るにつけ、ほんの少しの後悔はあった。

 けれど、『自分で決めて良い』という言葉が決め手だった。

 自分に関することを自分で決めることができる。それが加那にはどこか魅力的に聞こえた。隣には満も居る。

「ここよ」

 綾と東吾がひときわ大きな部屋の前で立ち止まった。

「俺たちは、ここで……外で待っている。後は中の三人と話すと良い」

 綾と東吾が左右に分かれて、障子の前に跪いた。

「失礼します」

 綾が言い、すっと左右に障子が開かれる。

(今からだ)

 何かが変わる予感に、加那は胸を高鳴らせた。 

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