3−1

 満月だった。

 薫はいつものように部屋で一人、作務衣姿で庭を見るよう寝転がる。

 障子はすべて開け放してあった。

 畳の部屋は広く、簡素な作りだった。飾りは一切ない。床の間さえ、花の一輪、掛け軸の一幅もかかっていなかった。

 そこに篠乃がやってきて、部屋の外から声をかける。

「夜風が心地良い季節ですね。入っても?」

 薫は手を上げて、入れ入れと手を振り促す。起き上がると、正座して座る篠乃の前にあぐらをかいた。

「朱雀のご当主様が、どうして俺の部屋なんかに?」

 からかうように首を傾げる薫の手元には酒盃。篠乃へ差し出すも黙って篠乃は断った。

 篠乃は薫を真っ直ぐに見つめる。

「明日、白虎の当主が来てくれることになりました。同席して貰っても宜しいですか?」

「俺が必要か?」

 薫は笑いながら質問に質問で返す。篠乃も首を傾げて口角を僅かに上げ微笑んだ。

「白虎の当主がいらっしゃるのに、補佐役のあなたがいなくてどうするんですか。貴方の意志はこの際問題ではないんです。彼女への説明が、もし必要ならこちらでしましょう。是非同席を」

「……分かったよ」

 畳み掛けるように言われて、薫は苦笑する。盃をあおり、中を空にする。

「白虎の前当主と、何を企まれていたんですか?」

 不意に、篠乃は聞いた。徳利を手に持った薫の手が止まった。

 そのまま盆の上に置く。

 あぐらの上に頬づえをつき、薫はニヤリと笑った。

「何だ。色々知ってやがるな。――なに、大したことじゃない」

「大したことじゃないなら、教えていただきたい」

 真正面から薫を見据えて、篠乃は声を低くする。はあ、と薫は溜息をついた。

「実験だよ、ちょっとした。当主と補佐役、被人で構成される一族。俺はこのシステムに違和感が山ほどある。もっと言えば、嫌いだ」

「それは僕も同じです」

「そうだ。あんたは、それを当主側の目線で見て、探っている。だが俺は?」

「補佐役、ですね」

「そうだ。だからちょっとした実験をした。主人と補佐役は人間だ。この二人が長い間会わなければどうなるのか。被人を極力、居衣に迎え入れずにいたらどうなるのか」

「どうなりましたか?」

 薫は目を細めた。

 それから作務衣の前をほどき、肩から脱いだ。

「こうだ」

 脇腹から、肩へ、背中から腹へ。薫の全身を赤黒いみみずばれが這っていた。

 篠乃は息を呑む。

「それは」

「下までだぞ? 見るか」

 はは、と乾いた笑いを薫がする。篠乃は叱責する。

「笑い事では。すぐ医者へ」

 立ち上がりかける篠乃を、薫は手で制する。

「笑い事さ。すでに医者には見せた。……原因は不明だとさ。俺は二十年前、婆さん――前の白虎の当主を見つけた。そこで二人で話し合い、居衣には被人を迎え入れないこと、俺たち二人は会わないことを決めた。それきり会っていない。勿論、婆さんが静かな生活を望んだせいもある。だが、一番はこの一族のシステムを知りたかった」

「それで、そんな無茶を?」

 篠乃は薫へと近寄った。手を伸ばしかけ、薫の肌へ触れる寸前で思いとどまる。

「痛みは……?」

「全身が痛くて困る。だが、どうも死にはしないみたいだな」

 薫は作務衣をそっと直す。篠乃は唇を噛んだ。

「なぜ、言ってくれなかったのですか」

「俺は一文なしの居候だからな。できることは少ない。そうだろう?」

「そんな言い方は」

「自虐じゃないさ。これで一つ証明もできた。俺はこの二十数年で文無しだ。それに比べて婆さんは生きるに困らない程度の金は手元にあった……そういう生活だったはずだ」

「そうです。それは調べさせました」

「それで、被人を受け入れ続けたお前ら朱雀の一族は? どうなった?」

 篠乃は自身のやせ細った身体を片腕で抱いた。歩くのもやっとの身体。

「僕はご覧の通りの身体です。そして、富は手元に集まった。何より、佑の……四宮家の財産は莫大なものになっている」

「だろう?」

 薫は近くにある篠乃の瞳を見つめた。

 考え込む篠乃にニッと薫は笑う。

「気にするな。――明日はちゃんと白虎のお姫様に会ってやるさ」

 呟くと盃を満たし、杯を掲げて薫は飲み干した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る