2−8

 それは突然だった。

 加那めがけて一羽の大ガラスが空から舞い降りてきた。大きさは通常のカラスの二倍、鋭い爪を光らせて滑空してくる。

「危ない!」

 満が加那の前へ出て身を庇う。さらにその前に虎姿の東吾が出た。

 怒りもあらわに綾が飛び立つ。

「何なの!?」

 目標の加奈を失い、羽ばたきつつ地へと降り立つ大ガラスに、綾が怒鳴る。

「あんた達、一体どういうつもり!」

 知り合いのようだった。

 綾の声に合わせて、空の高みからもう一匹のカラスも舞い降りてくる。

 姿形は全く一緒の大ガラス。

 鷹の姿の綾が境内へ降り立ち、砂塵を舞い上げ一番前に立つと、そのすぐ後ろへ東吾が回り込んだ。

 二羽の大ガラスは飛び上がり、鳥居の上に降り立つ。

 変化が始まった。

 羽が腕へ、後ろ足が人の形に真っ直ぐに伸びる。くちばしは縮んで、羽毛が周囲へ飛び散り、小柄な二つの人影になる。二人は同時に首を振って手で衣服を整えた。

「子供!?」

 器用に鳥居の上に立つ、小柄な少女と少年。

 二人は全く同じ背丈だった。逆光で顔までは分からなかったが、小学校の高学年くらいだろうか。

「白虎の当主が見つかったっていうから見に来たのよ」

 少女が幼さの残る声で笑った。

「早速庇われて、まるで姫だね」

 少年も声変わり前の高い声で笑う。

 二人の茶色い髪が風で攫われて揺れた。少女は長いストレートの髪、少年の方は短めのボブだった。

 東吾が唸り、低い声で問い返す。

 それはまるで、大人に対する姿勢そのもので対等だった。

「どういうつもりだと言っている。白虎の当主を見に来たにしてはちと手荒くないか」

 東吾は振り返り、加那へ大丈夫だと告げた。

「済まない……。朱雀の一族の被人だ。悪戯好きなんだ」

 綾が鳥居の上の二人へ向けて怒鳴った。

「白虎の当主への非礼。朱雀の居衣に帰ったら、報告をするからな」

 強い声にも二人は動じない。

 ケラケラと笑うと、加那に目線を合わせてきた。

「お姫様。どうぞよろしくね」

「朱雀の居衣で待ってるよ」

 二人は再度、素早く変化をした。あっというまに大ガラスの姿に戻る。

 加那が何かを言う暇もなかった。

 あっけにとられていると、二人は大きく翼を広げて羽ばたき、飛び去ってしまった。

「……あの」

 満が遠慮がちにすぐ前に居る東吾へと声をかけた。

「あんな、攻撃的な被人たちが居る場所へ加那さんをお連れするのは、僕は反対なんですが……」

 加那もはい、と手を上げた。

「私も、ちょっと……」

 虎が首を振った。

「あいつらは例外だ。朱雀は、白虎の当主を歓迎する、絶対にだ」

 綾も変化を解くと、虎姿の東吾の横に並んだ。

「そうよ。身の安全は私達が保障する。絶対に危険な目には合わせない。だから、まずは話だけでも」

 加那と満は目を見合わせた。時刻を見れば、九時を過ぎている。加那の帰宅時刻だ。

 加那は諦めそうにない二人を振り返って、溜息とともに言った。

「わかりました。じゃあ、次の日曜日に」

 ありがたい、と東吾が頭を下げる。綾も横でありがとうと嬉しそうに微笑んだ。

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