2−7

 神社の周囲はすでに日も落ち薄暗く、小さな鎮守の森は人気もなかった。

 四人は目立たないように参道ではなく、脇の林道から神社の敷地内へと入った。

 たどり着いた神社の境内は少し広めの広場になっている。

 四人はそこへ集った。

「で、話って?」

 加那は賽銭箱の横にある階段へと腰掛け、首を傾げた。

 物怖じしない加那に先程まで機嫌の悪かった綾が吹き出した。

「白虎のお姫様は怖いもの知らずね」

 笑うと、地味な服装の綾が相当な美人であることが加那にも分かった。

「そう、その白虎について教えてほしいの」

 加那は前のめりに言う。

「僕も、教えて欲しいです」

 加那と二人の間へ進み出て、満も重ねて言った。

 綾と東吾は顔を見合わせた。綾が東吾を指差すと、東吾が軽く頷く。

「被人、は知っているな。時に動物に変化し、この世を長く生きる人間とは別種の生き物だ」

 加那と満は頷く。

「被人には主人が必要だ。居衣と呼ばれる契約書を管理し、被人を束ねる存在。居衣は? 持っているか?」

 加那は黙ってスマホを取り出した。

「中に居衣ってアプリが入ってる」

「へえ。最近はそんなになってんだ」

 綾が驚いたように言い、東吾が説明を続ける。

「居衣は主人によって、その形を変える。そして、主人は別名、被人を束ねる当主と呼ばれている。被人の頂点に立つ当主、当主を支える補佐役、そして被人。これで一族だ」

 綾が説明を補足する。

「当主と補佐役は人間にしかなれないと言われているわ。定かではないけれど……私は二百年以上生きていながら、この二人が人間でなかった例を知らない」

「じゃあ貴方達は……」

 加那が言いよどむと、二人は不敵に笑った。

「私達は被人よ……元白虎のね」

 言うと、綾の変化が始まった。同時に東吾の変化も。

 満は加那を庇うように加那の前へ立つ。満越しに、加那はそれを見た。

 綾の衣服から羽毛が立ち上がり、腕は後ろへと回されて大きな翼となる。身体は前傾し、一瞬にして足は巨大な鉤爪へ変化する。見ている間にも、綾は大きな鷹へと変体した。

 東吾は腕をくの字に曲げた姿勢から四つん這いになった。衣服は艶めく黃と黒の縞の虎柄の毛皮になり、大きく手足が膨らむ。固く握られた四肢からは大きな爪が顔を出した。加那の二倍以上はありそうな体躯の、大きな虎が現れた。

 加那も驚いたが、それ以上に驚いたのは満のようだった。

「本当に、僕以外の被人が……いたんですね」

 ぽろりと満が呟き、泣いた。腕で必死に涙を拭う。

「僕以外に被人などいないと思って生きてきました……」

「満さん……」

 加那は立ち上がり、満の袖を引いた。満は恥ずかしそうに目の縁を赤くさせ、加那を見る。

「すみません、加那さん。僕……」

「良いよ。泣いたって。けど満さん、ウサギだから」

 加那は変化した二人へと一歩近づいた。二人と満を見比べて笑う。

「二人が相手だと食べられちゃいそうだよね」

 綾は境内の大樹へと羽ばたくと、その太い枝へとまる。

 東吾は巨大な身体でのしっと一歩踏み出すと、身を屈め、伏せの姿勢で加那と目線を合わせた。

「現在、分かっているだけでも関東圏には朱雀、青龍、玄武、そしてお前が束ねることになる白虎の一族がいる。白虎の被人は、今はそこの彼だけのようだけが」

「私たちは朱雀の当主の命令でここまで来たの。貴女に頼みがある」

「頼み?」

 加那はそっと東吾へと近づいた。東吾からもほんのりとだが良い香りがしていた。手を伸ばすと猫のように口角を上げて、加那の指先の匂いを嗅ぐ仕草をする。東吾はゴロっと大きく喉を鳴らした。

「白虎の当主として朱雀の当主に会って欲しい。彼は聡明だ。白虎の当主を長らく探していた」

「私からもお願いするわ」

 木の上から綾の声も振ってくる。

 加那は戸惑い、満を見た。

「ちょっと待って。急にそんなことを言われても、私は、被人は満さんだけだと思ったから――」

 加那が反論しようとした時だった。

「待て。何かが来る」

 東吾が立ち上がり、綾が大きく羽根を羽ばたかせる音が聞こえた。

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