2−6

 加那にとって学校は暇つぶしの時間にさえならなくなった。

 今は、家に帰って満と話をしていたかった。あの柔らかな身体を触っていたい。

(……満さんといると、何だか癒やされるんだよね)

 あの冷たく諍いの絶えない家で。自分は強く、両親たちが弱いのだと思っていた。

 けれど、もしかしたら、自分も弱いのかもしれない。

 それを認めるのは恥ずかしく、けれど満と一緒にいると満たされる心からそう思わざるを得なかった。

 授業中、早く帰りたいと思いながら加那は窓の外を眺める。

 ふと気づくと、校庭の端の電柱に、寄り添うように二匹のカラスがこちらを見ていた。

 それが加那の心になんとなく引っかかった。


「満さん、人間のご飯食べたくない?」

 帰宅後、すぐに加那はウサギ姿の満に提案した。

 家にいてはいつ両親の諍いが始まるか分からない。心は休まらなかった。それならばと加那は思いついたのだ。

「え?」

 満は思いもよらなかったようだ。加那の提案に後ろ足で立ち上がり、ブルっと震える。

「駄目ですよ! 僕はお金なんて一銭も……」

「大丈夫、ちょっとだけ。一緒に外食しよ」

 加那は制服を脱ぎだす。満はくるりと後ろを向くと、両手で目を覆った。

「けど」

「良いから良いから」

 加那はショートパンツに着替え、オーバーサイズのパーカーを羽織る。

「満さんも、人間に変わって。一緒に食事行こう。ご主人様の命令」

 加那に押されて、満は悩んだ末にはい、と返事した。

 何だか主従というのはこうだったかなと思いつつ、伸びをして人間の姿に変身した。


 人間の姿に戻った満はスーツ姿ではなかった。

 淡い色合いのチノパンに白いセーター姿の満に加那は驚いて、その腕を横から軽く引っ張る。

 二人は繁華街に向けてマンションを出たところだった。

「どうなってんの? その服。前はスーツだったよね」

 満が苦笑する。

「僕自身も詳しくは……。ただ、ウサギの時の被毛をそのまま被っているような感触です。人間になるときには自由に変化させることができるし、脱ぎ着も可能です」

「へえ。服代かかんなくて良いね」 

 加那は笑った。

 笑い合いながら駅へと角を曲がった時だった。

 ふわりと覚えのある香りが加那の周囲に漂った。満の匂いかと思ったが、満はさっと加那の前に出ると、加那を庇うように片腕を広げた。

「止まってください、加那さん!……近くに力の強い被人がいます」

 満の声と同時に、角から背の高い男女が現れた。

 朱雀から派遣された、綾と東吾だった。

 綾は仕事帰りの地味なOLといった風で、東吾はジーンズのラフな大学生威風の格好をしていた。

 綾が加那と満を見て目を見開いた。

「もう、契約を済ませた被人がいるの? 私たちを差し置いて?」

 怒りと驚きがない混ぜになった声だった。綾から発せられる匂いも強くなる。

「待て、綾」

 隣の東吾が綾に鋭く言い放つ。

「契約云々より、話が先だろう」

 警戒する満と、その背後に庇われた加那へ視線を戻す。 

「被人と契約しているということは、ある程度のことは知っている筈だ。俺たちも被人だ……少し、話がしたい」

「あなた達は……」

 加那が問いかけるより先に、綾が東吾の隣で腕組みして答えた。

「もと白虎の被人よ。名前は綾と東吾」

「白虎!?」

 満が驚きの声を上げた。加那には何のことだかわからない。

 満がぐっと唇を噛んだ。肩越しに加那を振り返る。

「加那さん……話を聞いたほうが良いかもしれないです」

「どうして?」

「僕の前のご主人様が、白虎の当主と名乗ってました。彼らは前のご主人の関係者かもしれない……何か、被人と加那さんの立場について分かるかも」

 満と出会ってから今日まで、加那には理解が及ばないことだらけだ。

 加那は目の前の二人を見比べた。

 綾と名乗った女性は不機嫌そうだが、背の高い大男の方は――東吾は友好的そうだった。

「分かった」

 加那は満の前へ出た。

「話を聞くから、こっちへ来て。私にはまだ分からないことだらけだから」

 ここでは人通りも多い。

 マンションの裏手にある神社へと、加那は三人を案内した。

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