2−9

 ただいま、という加那の声は両親の声にかき消された。

「私だって疲れているのよ!」

「疲れたら俺のことは無視か!」

 いつもの喧嘩だった。

 些細なすれ違い、苛々の積み重ね。毎回この言葉からヒートアップするのだ、この二人は。

 お互いに自分のことを分かってくれと、ただ駄々をこねているように加那には聞こえる。

 お互いの声に耳を傾けずに赤ん坊のように叫んでいる。

 ただ相手をしてほしいと。

 助けて欲しい、慰めてほしいと。

 加那はウサギ姿の満を腕に抱く力を込めた。

 ウサギの茶色い足がそっと加那の腕に触れる。

「加那さん……」

 満が小さく囁く。いつもなら無視をしていただろう。だが、今日の加那は違った。

 綾や東吾と出会い、不思議な話を聞かされて頭の中は整理しきれないことでいっぱいだった。

 加那はリビングのドアを勢いよく開けた。

「いい加減にして!」

 加那は満をぎゅっと抱きしめて両親へ叫ぶ。

「そんなに毎日喧嘩するなら、離婚すれば良いじゃない!」

 両親が目を丸くして加那を見ていた。

 母親の目に見る間に涙がたまり、父はばつが悪そうに下を向く。

 しまったと思ったがもう遅い。加那は続ける。

「私は、悪くないから。思ったままを言っただけだから」

 言い放って、リビングの扉を開け放したまま、廊下へと飛び出る。

 そのまま自室へ飛び込んだ。

 満を床へと下ろし、ベッドへと倒れ込む。

「大丈夫、ですか?」

 遠慮がちに聞いてくる満に返事ができなかった。心は荒れ狂っていた。

(くだらない……くだらない)

 くだらないと心で繰り返すのに、荒れ狂う熱は一向に覚めない。

 自由にならない心。

 悔しさに加那の目に不意に涙が滲んだ。

(辛くなんてない、くだらないだけ――)

 言い聞かせて、加那はベッドで丸くなった。


 加那はしばらくするとのっそり起き上がった。

 目の縁が痛い。一度泣き始めると涙は止まらなかった。泣いてしまった恥ずかしさに火照った頬へと手を当てる。

 背中に満の視線を感じる。意を決して加那は振り返った。

「へへ……ごめんね。もう大丈夫」

 笑って見せる。ウサギ姿の満は、綾の膝へと前足を当てて立ち上がる。

「無理はしないでくださいね?」

 優しい声にまた涙が出かけたが、そこは我慢する。

 それで、と加那は声を少し大きくした。気持ちを切り替えたかった。

「それで、日曜日。どう思う?」

 満を抱き上げて自分の傍らへ置く。満はしばらく加那の表情を見上げていたが、首を傾げて話に乗ってきた。

「約束もしましたし行くべきとは思います。僕も前のご主人から被人と居衣については簡単な説明を受けているだけなので……一族や加那さん、ご主人自身のことなどは知っておくべきかなと」

「そうよね。うん、私もそう思う。一緒に行ってくれるよね?」

「はい、勿論。……僕で何か役に立てれば良いんですけど。僕なんてうさぎですから……」

 うなだれる満にふふっと加那は笑って、満の鼻先をつついた。

「心強いよ。そう言えば、前のご主人の名前は何っていうの?」

「神功依子(じんぐうよりこ)さん、です。僕の今の名字は前のご主人から貰ったんですよ」

「へえ。どんな人だったんだろう……満さんのご主人だから、優しい良い人だったんだろうね」

「それはもう!」

 満がうんうんと頷く。加那は楽しく満の思い出話を聞いていた。

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