2−2

 加那は満の数奇な運命の話を聞いた。

 姿形がもう何十年もかわらないこと、ここ二十数年はある老女に匿われていたこと。これから先どうなるかも分からず、ウサギに変体できるのは昨日初めて知ったことなど。

 一通り語り終わると、満は加那に聞いた。

「『被人』という言葉を聞いたことはありますか?」

 加那は首を傾げた。

「ヒト?」

「ええ。『被人』と書きます」

 満はベンチの上に指でその文字を書いてみせた。加那は首を振る。

「人の皮を被った何ものか――状況に応じては動物に変体できる者たちを『被人』と呼びます。被人は普通、人間に擬態して……自分の主人である『当主』を守っています」

 加那は突然の話の展開に混乱し、思わず満の言葉を遮った。

「待って。じゃあ、満さんは人じゃない、その被人って生き物なの?」

「そうです。被人は普段は普通の人間の形をしています。二十、三十代の見た目を長く維持し、基本的に長寿です。中には二、三百年生きる者も。遥か昔から存在していた彼らは日本全国に散らばっているのです」

 加那には現実感のない話に思えたが、目の前の満がウサギに変身したのを見た後では信じざるをえなかった。満が身を乗り出す。

「僕も、知識としては知っていても、自分が変身するまでは信じられなかったです。ただ、昨夜自分の姿が変わったことで確信が持てました。僕は被人で、ずっと自分の主人を探していたと。前の主人と出会えたのも奇跡的だったんです」

「前のご主人は? どうしたの?」

「亡くなって……しまいました」

 満は肩を落として、声を震わせる。

「僕は彼女を失って、街をさまよっていました。そして貴女に出会いました」

 満は眼鏡越しに加那の目を見つめた。

「加那さんからは前の主人と同じ、懐かしいような良い香りがします。被人には自分の主人が分かる……加那さん、貴女が次の僕の主人です」

 満の目は真剣そのものだった。

「待って、待ってよ」

 加那は立ち上がった。

「急にそんなこと言われても、私は普通の……」

 満も立ち上がった。加那の方へ手を伸ばす。

「けど分かるんです。僕は貴方を守り、一緒にいなければならない」

 加那は次々に明かされる新しい情報に考えが追いつかなかった。

 満は困惑する加那へと伸ばしていた手を一度下ろした。すみません、と頭を下げる。

「一気に言われても、ですよね。僕もこの話の殆どは前の主人から聞いたことです。彼女がいたらもっと上手く説明できるのかもしれませんが……」

「うん、頭が追いつかないよ」

 謝る満へ向けて、加那は笑った。

「けど……守るって何から? 満さんの話が本当だとして、私の身に何が起こるの?」

 満は首を振る。

「僕にもそこはよくわかりません。前の主人は静かな生活をしていました。けれど、前の主人にもずっと感じていた。僕が守らなければと……それは、加那さんに対しても同じです」

「そっか……でも、そうすると、満さんって今一体何歳なの?」

「え」

 満は急に黙った。首を傾げる加那をちらりと恥ずかしそうに見る。

「……驚かないって約束してくれますか?」

「約束するよ」

 加那は安請け合いする。小さな声で満は答えた。

「七四歳、です……」

「ええ!?」

 加那は驚きの声を上げた。満は顔を覆った。

「だから、驚かないでくださいねって言ったのに……」

 顔を覆ったまま耳まで赤くする満に加那は笑った。

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