1−5

 終礼が鳴ると同時に、加那はガタンと席を立った。

 周囲に『バイバーイ』と笑顔で手を振る。

 扉の近くの席に座っている梨里にも手を振って、急ぎ足で一番にクラスを出た。

 加那は毎日、登校は誰よりも早く、下校も校内では駆け足に近い速さでしていた。

 ノロノロしていると友達に捕まってしまう。

 廊下で他のクラスの友達とすれ違う。確か、1年生の時に同じクラスだった子だ。

「あ、加那ー。今日今からファミレス行かない?」

 無邪気に彼女は誘ってくる。だが加那は手を合わせた。

「ごっめん。今日、塾なんだよね」

 すまなそうなふりをして肩を竦め、最後は作り笑顔で答えた。

「あっそうなんだー。仕方ないね、それ」

 頑張って、と友達は気持ちよく送り出してくれた。

 梨里は部活だから、こうやって他の友達さえ学校で振り切ってしまえば後は夜まで自由だった。

 今日も駆け込んで乗ったバスで、駅前まで戻る。

 そこからは朝と同じ店に籠もってスマホでゲームをしたり、学校の予習をしたりして時間を潰すのが常だ。

 カラオケは騒々しいので嫌いだった。

 週2のゼミ……塾はほぼサボりだ。

 成績さえ維持していれば、定期模試に参加していさえすれば、何も言わない塾だ。

 本当にありがたい。

 くだらないと感じている親への、ちょっとした反抗だ。

 塾の費用が実は何の役にも立っていないと知ったらどんな顔をするだろう。

 それを考えるとほんの少しだけ加那の心は軽くなる。

「ねえ、一人?」

 ぼんやりと外を眺めていると、背後から年かさの男性に声をかけられた。

 三十歳すぎだろうか、ニヤニヤと笑いながら横の席へと座ろうとする。

「いや、友達待ってるけど?」

 ボンっと、男が座ろうとした席に自分のリュックを投げ落とした。

 男がムッとした顔をする。

 が、加那が『何?』と睨むとそれ以上は口の中でゴニョゴニョと言い訳のように何かを言う。

「じゃあ、いいや」

 結局男は去っていった。その背中が何とも馬鹿らしい。

 三十過ぎて昼日中に制服の女子高生に声をかけるのも、真正面から睨まれてひるむのも。

「……くっだらない」

 心の中で口癖になっている言葉を、加那は声に出さずに呟く。

 加那は昼間勝手にダウンロードされていたアプリをふと思い出した。

 開いてみると、やはりメモ帳のようで真っ白のままだった。

 特に書き込む予定もない白いままのアプリ。

 加那は試しに『あ』と打ち込んでみた。

 アプリの画面上には何も写らない。

「何これ?」

 他の文字や記号も押して見るがバーが点滅するだけで何も書き込めなかった。

「変なの……」

 何も書き込めないメモアプリ。

 加那はしばらく見つめると、そのアプリをスマホから消した。

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