1−4

『次、教室移動ー』という声が教室では飛び交う。

 1限ほど遅刻をして教室にたどり着いた加那は、窓際の最後尾で校庭を見ていた。

 新学期からまだ数日だ。

 校庭の端々に植えてある桜は散り、葉がキレイな緑色をしている。風も穏やかだ。

 休み時間だった。

「おっはよー、加那」

 飛び跳ねるように、友人が後ろから抱きついてくる。

 うざったいなと思いつつも、加那は笑顔を作った。

 彼女たち女子高生が可愛いのは本当だ。憂いがなく、元気で、弾けている。

 一人ひとりを見ていけば自分のように、嫌々笑顔を作っている者もいるのかもしれない。

 けれど、集団でいれば女子高生は可愛い。

 そして自分もその中の一人なのだ。

「はよー。てかうっざ、そのテンションうっざー」

 加那は笑いながら、クラスで一番仲の良い澤井梨里へ振り返る。

 酷い、と笑って梨里は前に回ってくる。長いストレートの茶髪がサラリと梨里の肩から落ちた。

「朝からなんか、大変だったんだって? せっかくのハピバなのに」

 誕生日おめでとー、と小さな包みを渡される。

「皆からね、お揃いのヘアピン」

 皆? とクラスを振り返ると教室移動の準備をしていた数人の女子が、ピースサインを送ってくる。口々におめでとー、と叫んでくる。

「ありがとー」

 そちらへピースを返して、梨里にも殊勝にペコリと頭を下げる演技をする。

「梨里も、ありがとー」

「いいってー」

 へへっと梨里は照れた表情をする。梨里は素直で本当に可愛かった。

 だからこうして、少し皆と距離を保つ加那とも仲良くできる。 

「移動教室、行こ! 次化学だって」

 腕を引かれて立ち上がる。

 学校はつまらない。つまらないが、時間は潰せる。時間つぶしの相手も授業もある。

 あの家に比べたら、十分ありがたかった。

「分かったって」

 笑って、ノートや筆記具を揃える。

 その時にバッグから取り出したスマホが不意に震えた。

「先、行ってて」

 加那は文句を言う梨里を先へ行かせた。

(何だろ……)

 開くと、見たことのないアプリのアイコンが増えていた。

 ダウンロードが完了したばかりのようだ。

(居……衣?)

 四角に漢字で『居衣』と書かれた黒いアイコンだった。

 開いても、中身は真っ白でカーソルだけが左上の端にあった。

 メモ機能のようなアプリらしい。

「変なの」

 加那はアプリを閉じた。

 後で削除しても良い。

 加那はスマホを閉じてポケットへと忍ばせる。

 予礼に背中を押されるようにして、加那は教室を後にした。

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