第3話 疑惑のひとびと

【津野市さくらリージョンセンター】


「えー、あなたがたは警察の……」

 集まった中でもっとも年かさの男性が口火を切った。酒井の上司だという。

「顧問ないしは委託先とお考えください。警察官はどうしても汎用性が求められますが、わたしは専門分野に特化した技術相談員と考えてもらってもいい」宇藤木海彦は一片の照れも見せずに言った。「今日は日頃、自治体で産業支援にあたっている方々もお越しと聞きます。外部の技術支援アドバイザーには馴染みがあるでしょうが、わたしも似たようなものです」

 いつもなら、みずるの受け持つことが多い冒頭の「口上」(と、呼んでいる)も、すでに例の市会議員に話を通してあるということで、今日は宇藤木が直々に行った。

 合間に「詐欺師ほどよくしゃべる」とみずるに微笑んだから、とりあえず良心の痛痒は感じているようだ。

 

 最初、二階にあがったところのフロアで出会った際は、まずネクタイ姿の難波に目をやり、その後は宇藤木の巨躯を疑わしげにチラ見した酒井美里だったが、高みにあったせいか彼の顔は、はっきり見えていなかったようだ。

 あいさつもそこそこに室内に入り席に座り、なにげなく真ん中の男の顔に目線を移した瞬間、彼女の動きは止まった。そして数呼吸ののち、目を逸らした。少しだけ頬が赤くなっている。

「あっ、ぼくは間違いなく捜査官です。捜査第一課の」難波が口を挟んだが、酒井美里はすぐに目を伏せた。

 いまはひたすら宇藤木に目線を注ぎ、彼のてきとうな言葉へ熱心にうなずいている。

(またピエールの犠牲者が……)とみずるは胸の中でつぶやいた。

 第一印象の良さでは、宇藤木海彦は全国社会人二十傑に余裕で選ばれるだろう。で、そのあとの落差の激しさは世界ランキング入り間違いない。


 関係者との面会に指定されたのは、「津野市さくらリージョンセンター」という施設の二階にある面談室だった。役所の出張窓口が一階にあって、二階はもっぱらカルチャーセンターやレンタル会議室として使われている。

 二階の窓から見える風景は、ごくあたりまえの地方都市であり、特に風光明美ではない。

 鬼津野渓谷とは、とりあえず同じ市内になるのだが、距離はあるし、あちらは山の中だし、まったく別のエリアという印象を受けた。なんとなく観光振興が盛り上がらない理由もここらあたりにあるのかな、とみずるは感じた。


 当初、町の一角にある小さなホテルの喫茶室を指定されたが、「あそこはけっこう高い」との声を聞き、経費オーバーを懸念した難波刑事が横槍を入れた。この場所がすぐ押さえられたのは、酒井自身のコネクションということだった。

 飲み物は自弁となった。建物内に自動販売機もあるので、テーブルには缶コーヒーやらペットボトルやら、ところせましと色とりどりの容器が並んでいる。それもそのはず、部屋の広さに比べ、集まった人数が多い。

 酒井本人に、運転手がわりの酒井の弟。酒井の所属団体のコーディネーターだという中年男性・高村、馬木の叔父の市会議員の秘書である佐久間という若い男、意識不明の続いている馬木の上司、観光産業交流センターの理事・事務局長という水口(男)、同センターの庶務担当の堤(女)、そして馬木の関連する地域おこしプロジェクトのスタッフ、土井(女)に浅羽(男)である。正直にホテルの喫茶室をとっていたら、さぞ経費がかかったであろう。


 しかし、普段から付き合いは深いのだろうと思ったら、違った。着席するまでに互いに挨拶をしあい、名刺交換が繰り返された。

「よく集めたものでしょ。もし事件なら、きっとこの中に犯人がいますよ」難波は嬉しそうに囁いたが、みずるの感想は、

(どんな声がけをしたんだよ、呼びすぎだろ)だった。

 張り切るあまり、これだけ人を集めたのは難波である。宇藤木は三人以上いると「名前が覚えられない」と弱音をはくような男だ。

 さすがに時間調整には苦労したのか、二転三転のうち土曜日に決まり、時間も一度前倒しがあった。疑わしい相手への面談が一回で済むようまとめあげたのは褒めるべきかもしれないが、ものには限度がある。


 口上が終わり、ひととおりの事務的な質疑が終わると、ようやく酒井がしゃべりはじめた。

「……ご無理を言ってすみません。竜馬さんが事故とか自殺とか、どうしても信じられなくって」

「いや、そうですよ」すかさず相槌をうったのは馬木上司の水口浩一だった。

「彼は機転もきき、スポーツマンです。それに、なかなか打たれ強い。疑ってみるだけの意味はあると思いますよ」

 ほっそりとした小柄な男で、髪の毛は灰色だが顔はまだ若い感じである。議員秘書の佐久間も地域おこしの浅羽もうなずいた。部下という堤は、肉厚の顔に表情は特に浮かべず、ただじっと水口の横顔を見つめていた。

 この人数が素直に集まった理由に、過去二度あった鬼津野渓谷を利用した地域おこし計画の「リニューアルバージョン」(と、資料にあった)の準備がすでにはじまっているというのがあった。計画はまだ検討段階に過ぎないが、馬木は根回しを開始しており、地元企業や政治家にキックオフイベントをやろうともちかけているところだったという。だから核となる人物の現状を、正確に伝えたいのだ、と水口は解説した。

 しかし、みずるは、

(馬木氏当人より、男たちにはこの婚約者の気を引きたいってのがあると思うなあ)と、端の席から多少、意地の悪い目で様子を眺めていた。

 酒井が話していても黙っていても、男どもの視線は常に彼女の付近をただよっている。

 とはいえ、まだ海のものとも山のものともつかないプロジェクトの関係者の事故より、目の前の不幸そうな美女に男たちが肩入れをする気持ちも理解できた。

 

 それほど彼女の容姿は絵になった。

 さらさらのストレートヘアを肩まで伸ばした酒井美里は面長の、やや男顔と思えるほどきりっとした顔立ちをして、長い足をスカートからのぞかせている。みずるよりずっと大人びて見えるが、三、四歳は下のはずだ。

 よく雑誌の表紙になるモデル兼女優に似た感じの娘がいたなあ、との印象を持っていたら、学生時分はいわゆる読モ活動もしており、現在も地元の観光パンフレットを再三、飾っていたと教わった。キャンペーンガール経験もあるそうだ。

 外貌が美しいうえ、ほどよく保護欲をかきたてるような、たおやかさがある。宇藤木のような人外じみた怪しさもない。おまけに彼女が体を動かすと、いい香りまでする。

(こりゃ、女でも気になるわ)

 容姿に自信のもてないみずるは、相手がこちらに関心を示さないのを幸い、眼鏡の奥からしげしげと、持ち物を含めて美里を観察した。衣装もセンスはいいが派手ではなく、うるさい高齢者の反発を食いそうなアクセサリー類もつけていない。

 しかし、靴や部屋の隅におかれた一見地味目なカバンは、みずるにはとても購入する勇気のないブランドの製品であるのがみてとれた。

(婚約者にもらったというよりは、やっぱり自前なのだろうなあ)


 酒井は、想像より低いトーンの声で話していた。

「警察を信用していないわけじゃないんです。でも、どうしても手が回らないってこと、あるじゃないですか」

 彼女の言葉に、難波がうなずいた。

 こいつも彼女の美貌に、初対面から目を輝かせている。

 と、いうことは奴も女性にも興味を持てるのだな、とそっちにみずるの興味は向いた。

 しかし残念ながら、みずるの観察結果によると、酒井の伏せがちの視線がたまに向く先は、さっきから宇藤木のみに限られている。

 病床の婚約者はどうした、と野暮なツッコミを入れるつもりはないが、気の毒なことに彼女の注目の相手は、美女に見つめられたと素直によろこぶ幸福な人間ではない。

 宇藤木は言った。

「そのためのわたしです。ご意見をもとに、あらためて別の角度から検証したいと考えます。ただ、あまりに手がかりが少ない。そこでせっかく皆さんに時間をいただいたこともあり、恐縮ですが思いつくまま短い質問をしたい。この方がかえって「ずれ」を早く見つけられるのではないかと思うからです」

「ずれ、ですか」と美里は聞いた。

「ええ。事故と決めつけるには不自然なずれ、といいますか。もしあれば、それを足掛かりに早急に本格的な再調査へと入りたい。手早くすませますから、ご了承ください」


 女性たちにはまだ新しく、座面が低くクッションが厚めの椅子があてがわれている。だが座り心地は決して良くはないらしく、ときどき足をずらせたり、組み替えたりした。その中でも酒井美里の足のきれいさは際立っていた。スカートの下からは短いブーツが見えた。

 –––– 長い間スカートなんて履いていないな。脚を見せる気もしないけど。

 みずるは、いつものストレッチがよくきき、シワが残りにくいパンツスタイルである。暖房が効いてきたので、下に履いているスパッツが厚すぎると後悔していた。

 宇藤木も上はいつもの黒いハーフコートだったが、今はめずらしく脱いで脇に置き、黒いジャケットと薄いブルーのデニム生地のシャツを見せている。彼はだいたい、中はいつもこれだった。アイロンがかけやすいそうだ。

「まずひとつめ」彼は間をおかず、酒井美里に声をかけた。「馬木さんが事故または自殺を図ったのであれば、なにかいけないのでしょうか」

「だってそれは」美里は少し戸惑う顔になった。「信じられなかったし。それに」

「それに」

「まるで竜馬さんが弱いひとみたいで」

「弱くなくても事故には遭います。自殺だってそう」

「でも」


  いきなりの宇藤木の詰問口調に、(おっ、はじまったぞ)と、みずるは思ったが、男たちの彼を見る目つきは、気に障ってしまったのか一挙に悪くなった。

 宇藤木は適当な手がかりのないときは、こうして「つつく」ことがあった。この場合、当人だけでなく周りの反応を感じている。

「それとも、なにか脅迫されていたとか」そう宇藤木が聞くと、

「はい、実は」酒井はよくないことを報告するはずなのに、一転してうれしそうな顔をした。

 これを、と取り出したのはクリアフォルダーに挟んだ便箋だった。

「天網カイカイソにして漏らさず」と記されてある。

「おや、ご丁寧に。新聞を切り抜いてのり付けか。老眼じゃ辛い作業だ」まだ三十代のはずなのに年寄りくさいことを宇藤木は言った。

「これが、送られてきたんです。でもこれ一枚だけじゃなんともいえないし、再捜査は難しいといわれてしまって、それで」二転三転ののち、宇藤木に話が回ったということであるらしい。 

 脅迫状?は、封筒に入った状態で馬木の自宅のポストに直接投函してあったという。封筒も手紙も一応調べてはみたが、馬木と酒井以外の指紋は見つからなかったと難波が言った。

「こんな古臭い方法、きっと犯人は高齢者ですね」

「あるいは、きみみたいな古映画好き」すかさず宇藤木に突っ込まれて、丸い顔を嫌そうにゆがめた。「これは、プロファイリングのつもりなんです」

「その言葉自体、もう流行らない。テレビで登場人物がそれを真面目な顔をして口にすると、ヒヤヒヤする。ところで」

 彼は一堂に集まったひとびとに対し、「カイカイとソがカタカナって、多分見つけるのが面倒だったからですね。根気のなさは若い人かな、あ、漢字が読めなかったのかも」


 一通り見回してから、「ふむ」とつぶやくと宇藤木は微笑み黙った。

 また口を開くと、

 「それより、酒井さんはどうして馬木さんを突き落としたんですか」と聞いた。

 一拍置いて、言葉の意味を理解した酒井が文字通り柳眉をひそめた。

「失礼ですが」

 周囲の動揺を見ながら宇藤木は言葉を継いだ。

「彼は浮気をしていましたね。あなたという人がいながら」

 酒井の顔から血の気が引き、水口と土井、浅羽が怒ったような顔つきになった。比較的冷静な表情の酒井の弟は姉に近づき、その背を撫でてから、

「冗談でしょう、趣味が悪い」と言った。

「ええ。冗談です」にこりともせず宇藤木は言った。「でも、浮気はしてたのじゃないかなあ」

「ど、どうしてですか」弟に勧められ、ペットボトルのミネラルウォーターを口に含んでから酒井が言った。

「いかにも『する』人だからです。だってあなたのような彼女がいたら、まず人に取られたくないはず。それを放置しておくなんて。よほどの自信家か浮気性か」そう言って短く笑った。「脅迫状だってもらったし」

「それはただのかんぐり、あてずっぽうでしょう」水口が言った。

 すると、はじめて宇藤木は彼に関心を持ったように、目をすがめた。


 凡人がやると嫌味でしかないが、

(天はどうしてピエールに甘いの)と、端から見ていたみずるは内心で嘆いた。

 調子に乗った時の宇藤木の横顔は、古典彫刻のように美しさと陰りがあって、女たちは例外なく、鼻息をはじめわずかながらも反応を見せた。意地悪をされた酒井までが彼の顔から目が離せないでいる。いや、あの女が一番熱心だ。

 一方の男たち、水口などは不快というか困惑した表情をしているのに、難波は酒井と宇藤木の顔を交互に見て鼻腔を膨らませている。

(こいつ。やっぱり、両刀……)

「あなたは…」唐突に宇藤木は水口に言った。「ご結婚されている」

「ええ、そうです。なにか関係が」

「失礼ですが、奥様は普段はどこに」

「どういうことです」

「お仕事をしておいでですか?」

「ええ。市の産業連携センターにおります。みなさんもご存知のはずです」

「それは、すばらしい。ご夫婦で地域に貢献されている」

「いや、それほどでも」

「濃厚な人間関係だ」

「え」


「さて、少々立ち入ったことをお聞きしますが」と、エンジンのかかった宇藤木は大きな両の掌をこすり合わせ、それぞれの出席者に短い質問を続けた。だいたいが簡単な仕事の内容や家業についてだった。

「竜馬さんの件に関係あるのでしょうか」

 難波にもうながされ、それぞれが求められるまま簡単に自己紹介をはじめると、自分の番になった酒井が不安げな顔をして、聞いた。

 宇藤木はおおきく頷き、

「おおありです。これは皆さんを悪者ではないと確認する作業です。せっかくお集まりいただいたので、時間を無駄につかわないためにも、この作業は欠かせません。だって」

 宇藤木は一見、思いやりを満々と湛えた湖のように深い意味のありそうな顔をした。

「脅迫者が、ハーイとここまで来るとは、わたしも思わない。けれど、皆さんのうち誰かが、知らないうちにつながりを持っているかもしれない。おそらくそうでしょう。それのとっかかりを探していると、ご理解ください。噂が広がるのを楽しみに待ちます。そうだ、弟さん」

 彼は酒井の弟に声をかけた。

「は、はい」

「お聞きするのが遅れました。お名前は」

「酒井瑞樹といいます」

「似てますね、名前が」とピエールはみずるを見た。

「そうですね」みずるに全員の視線が集まったのは、今日初めてだった。


「仕事をお尋ねですか。私は家業を手伝っています」と瑞樹は自己紹介し、苦笑いのような表情をした。「業種はまあ、丼屋ですね」

「彼は謙遜しているけど」水口が口を挟んだ。「津野市発のニュービジネスとしてはダントツの知名度ですから、『丼ぶり大好き』は。一昨年にはラーメン専門店も加わり、こっちも他府県に進出予定なんですよね」

 つまり、酒井姉弟は、ファストフードチェーンの令嬢&御曹司ということだ。

「愛用してます、ぼく」難波が言うと、

「ありがとうございます」と瑞樹は如才なく言った。「このご時世だから、慎重に検討していますが、いずれ近いうちに、なにかしら発表ができると思います」

 すると、水口がまた言った。

「それで現在、鬼味噌カツ丼というのもメニューに加えていただく準備中なんです。これは期間限定でなく、スタンダードメニューにしてもらいたいなあ」

 宇藤木がこれまでよりも関心を示した。

 そういえば以前、味噌カツ弁当というのをイートインスペースで食べていた、とみずるは思い出した。


「味噌カツの力を借り、もう一度、渓谷を巻き込んだ地域おこしに挑むということですか」

「ええ、まあそうです」」水口は認めた。「あくまで希望です。正直難しいですけどね。なかなか思った風には行かないが、チャレンジはし続けないと」

 彼の言葉に、部下にあたる堤と土井、遅れて浅羽らがうなずいた。

 宇藤木が促すと水口は、自分は県からの出向組で、技術者あがりだと明かした。そして「みなさんが子供の頃と思いますが、この地で「『ロボットバレイ』という計画があったんです。うまくいきませんでした。でもそれがきっかけで、継続して産業支援、地域振興に関わることになった」

「ほう」

「県立大とかと組んで、ロボット産業を近隣に集め、産業イノベーションを起こそうとした活動ですよね」みずるが言うと、水口は実に嬉しそうな顔をした。

「若いのによく知っておられる。早すぎて失敗、というのもご存知?」

「ええ」みずるは申し訳なさそうにうなずいた。「でも、いま各地でやっている創出型産学官プロのはしりだと評価があるのも知っております」

「なんでも詳しい人なんです」と、宇藤木がみずるについてコメントすると難波が、彼女が県庁から警察への出向者であるのを明かした。

 すると水口は県庁での上司の名前などを彼女に聞き、うんうんとうなずいた。知っている名はあったらしい。彼は言った。

「考えると、二十年ばかり早すぎたのかな。そのころ、鬼津野渓谷を売り出すプロジェクトもあって、どっちもうまくいかず知事が変わったりもしました。でも、このごろやっと時代が追いついてきた気がします。これからですよ。ただ」水口は少々苦めの笑みを浮かべた。

「そうこうしているうちに、私の持っていた知識はすっかり時代遅れ。浦島太郎の気分がしないでもない。センス的なものは前よりは磨かれたかなとは思いますがね」


 宇藤木も、彼の言葉を興味深そうな顔で聞いていたが、ふいに聞いた。

「瑞樹さんとは、親しいのですか」

 二人は顔を見合わせて、うなずいた。

「実は先輩後輩なんです。高専の」

「ほう。勉強がよくおできになったんですね」

「いえ、水口先輩はその後、東京の大学に進まれましたから。自立歩行ロボットでも成果を残しておられる、すごい人だったんです」瑞樹はそう説明した。「ぼくは卒業後、そのまま親の会社に就職してしまった。まあ、進路だって親を継ぐつもりで選んだけど、状況が変わって」

「父は技術者でした」酒井の姉が助けに入った。「私たちが子供の時分は、近隣の工場を相手にパーツフィーダーを納めていたんです。おわかりになりますか」

 宇藤木がうなずいた。

「ええ。自動部品整列供給装置。いまはどうか知りませんが、かつてはラインに合わせてカスタムして納入というのが多く、各地に小さなメーカーがたくさんあったことぐらいは存じています」

「そうです、それです。でも、ある時期から立ち行かなくなって……」

「仕方なく、元気いっぱいの母が当座しのぎに丼ものの店を出したら、大当たりしたわけです。予想外もいいところ」姉弟は揃って笑った。弟は姉ほどの華やかさにかけるが、

(よく見ると可愛い顔ね)とみずるは思った。(少なくとも、難波より見よい)

 どことなく沈んだ感じがするのは、気のせいなのだろう。このごろみずるが頻繁に接触している連中が、能天気すぎるのだ。

「でも、やっぱり味が大事、お客様優先ですね。一時父が、前職を生かして自動トッピング装置を開発し、客寄せにしようと図ったんですけど、うまくいきませんでした」  

 酒井姉が髪をかきあげるようにして言うと、男たちは揃って追従わらいを浮かべた。


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