赤い芝生 《杜ノ石松》


2015年2月9日 レビュアー 杜ノ石松



ええと、当方、ようやっと第二部に入ったあたりなんですが、こりゃ掘り出し物だと浮かれて取るものも取りあえず筆を執った次第であります。なんで、まだここからの展開は未知数で、迂闊なことは言えません。いずれ追記をさせて頂くこともありましょうが、ここまでの感想をひとくさり述べさせて頂きます。


自分が引っかかったのは、ファスダにこっぴどくやっつけられたストーカー気質のファンがヒューロに利用されて、殺しを仕向けられる場面です。組織の幹部である評議会のうち二人を殺すことを決める場面はあまりにも無鉄砲というか杜撰であります。


《ナイマンは国道沿いを自転車で走った。ふとレストランのネオン看板が視界に入った。青と赤の文字で「SURF & TURF」とある。UとFのネオンはどちらもふっつりと消えて修理をされないまま放置されている。これをナイマンは天啓と受け取った。UとFを消せという神の指令に違いない。つまりはウーリッヒとファラデーを》


こうしてナイマンはウーリッヒとファラデーという二人の男を襲撃し片づけたあげく、自分のミドルネームがFだったことに遅まきながら思い至ると自身すら始末するのです。これならおそらく頭文字がFであろうファスダにも殺意が向いてもおかしくなさそうですが、ナイマンはあれほど執着したファスダのことを一向に気にかけません。


この小説には細やかな演出と配慮がある一方で、どこか放逸で粗削りなところがあるように見えます。例えば、このナイマンの襲撃を機にヒューロたちは血で血を洗う抗争に突入します。「surf and turf」とはシーフードとステーキのセット料理のことなのですが、芝生turfはスラングでギャングの縄張りという意味にもなる。赤色のネオンで芝生とはまるで縄張りが赤く染まることを示唆しているようではありませんか。


作者は、ほとんど気付かれぬような、こんな細部に自覚的だったのでしょう。他にも探せばきりがないほど婉曲なほのめかしや言葉遊びなどが見つかるはずです。それらはただの遊びに止まらず、読者をある場所へと導こうとしている。作者はまるで全体の整合性よりも、水面下の見えないルールを重視していたと見える。いささか偏執的な観点から言えば、この小説は表面的な物語とはずいぶんと違ったものを表現しようとしているように感じるのであります。


他のレビュアーの方が論じていたように、この小説には明示的には描かれない第三の領域。見えざる都市が介在している。それが作者の目的地なのかもしれません。象徴の領域なのか、とにかくもっと違った位相にあるどこか。自分はこういった細部に粘着してしまう因果な質でして、隘路に立往生したまま、いっこうに物語を進めることができないのです。いったい自分はこの刺激的な物語を読み終える日が来るのであるのでしょうか?



※追記。ついに最新話の『ごまかしのない朝』まで辿り着くことができました。論じたい細部はみるみるうちに膨れ上がってしまいましたが、どうやら作者様はこの作品の更新を止めてしまったようです。すでに3年ほど放置されたままですが、まったく進展する気配はなし。


完結済みではなく連載中となってはいるものの、ともすれば作者様はここから先を書く気がないのかもしれません。いくつか前のレビュアーの方が、なんとも気になる極私的レビューを書いてらっしゃいましたが、あれはいわゆる「釣り」ではないでしょうか。ここ数年でこの小説を取り巻く環境は変わってしまいました。『フーリダヤム』にまつわる何かを提示できれば、ひとかどの有名人になれるとでもいうみたいに。


自分の求める細部の美しさとは別の文脈でこの小説の部分が注目されてしまい、なんとも不健康なカルト的人気が出てからというもの、自分自身としては、めっきりこの作品に対する熱意は失われてしまいました。残念です。




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