最後の手紙 《シェンカー・リー》
2012年8月9日 レビュアー シェンカー・リー
ボクはこの作品のよい読者にはなれない。
作者とは長年の知己で、つまり友達だったから、客観的な距離を取ることも難しい。あえて「君」と語りかけてもいいなら、そんなふうにさせてもらう。だって、他人行儀な白々しさはボクたちの間にはあってはならないものだから。
ボクがこの作品を知ったのは、つい数週間前のこと。その時には君はもう声の届かない場所に居て、ボクに残されていたのは、この34万文字の言葉の塊だけだった。ボクはどうにかしてこの塊に触れようとしたんだけれど、それは全然ダメで、ボクは君の言葉たちにこっぴどくはねつけられた。
この物語の中に君の横顔を、君の目まぐるしさを、君の血の希薄さを見つけ出せたらよかった。でも、ここにはボクの知る君はいなかった。ボクがこの作品から読み取ったのは、選ぶことのできる死のヴァリエーションだけ。死のカタログ。そうここには無数の死が描かれている。バスタブでの溺死。天使の愛撫みたいな心臓発作。猪の牙による失血死。そうそう小さな女の子が電線の垂れた水溜まりで感電死するシーンもあったね。
君は、この小説の中で無数の死を試したんだね。どれがお気に入りだったのかはともかく、どれがお手頃だったのかは明白だ。君が何を選ぶのか、ボクは知っている気がするよ。こんなレビューは下らないし、たぶんレビューですらない。君の作品にはこんな言葉は似つかわしくない。作品を置いてけぼりにして作者を語るようなレビューは真っ平ごめんだろう。
ひとつだけ君の作品について語ることにしよう。とはいえ、これもまたボクたちのことになってしまうかもしれないけれど。ヒューロの片腕で彼を裏切ることになるダウトンについてだ。自意識過剰だって笑われるかもしれないけれど、彼のモデルはボクなんじゃないかって思ってる。少なくとも彼の一部はボクそっくりで、ボクの大部分は彼そっくりだ。
薬指の爪だけは切り詰めないで長くしているところだったり、トランプをシャッフルするときになぜか眼を閉じてしまう癖だったり。作中のヒューロはダウトンの爪を、カードに目印の傷をつけるためだと疑うよね。ダウトン特製イカサマ用の薬指ってやつだ。それだからダウトンはいつも爪をやすりで綺麗に磨いているんだってヒューロは喝破する。対するダウトンの反応は描写されていないけれど、そう言われたダウトンはどんな気持ちだったのだろうって考えてしまう。
ボクは思うんだ。君にとってのボクもダウトンみたいなインチキな人間に映ってたんじゃないかって。君はヒューロには似ていない。ただ、いつか自分を裏切る存在だってボクのことを思ってたんじゃないかな。それは心外だし、寂しいことでもあるけれど、それでもこの作品にボクの存在の欠片でも残っていることを光栄に感じるよ。
君から見てボクは遠い存在なのかもしれないけれど、ボクにとって君はいつまでも近しい。遠ざかったのは君であってボクじゃない。あの夜、そばに近づいた僕から遠ざかっていったのは君だ。そもそも君と会えなくなってしまうずっと前から、ボクたちの距離は非対称に歪んでいたね。
ヒューロは裏切りが露見したダウトンにこんなふうに言う。
「ダウトン。今度はしくじるなよ。ちゃんとやるんだ。俺が見て見ないふりをしなくたっていいくらいな。でも、おまえは俺が気付いてるってことも気付いてたんだろう? そういうやつさ。おまえは」
ボクは決してしくじらないダウトンとして生きていくつもりだ。ヒューロよりずっと寛大な君はずっとボクの悪意に気付かないふりをしてくれたからね。
PS 昨日は君の誕生日だったね。遅くなったけれどおめでとう。カラオケで君の好きだった歌を柚衣と歌うよ。騒がしくて眠っていられないと怒らないでくれよ。
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