最終話 心の声が聞こえる俺は隣から聞こえてくる好きに困っています
「金曜日は大丈夫だったか?」
一時間目の授業が終わり次第、田中が倒れたことを心配しにきてくれた。
「熱中症だったらしい」
――嘘つき。熱中症じゃないでしょ?
聞き耳を立てている伊波さんが指摘してくる。
いいんだよ。田中は信じてるし。
――心配だから、これからは無理しないでよ?
分かってるよ。もう、無茶はしない。
「まじかー、熱中症は怖いな~。気を付けろよ」
「……迷惑かけて悪い」
「いいよ。頑張ってたし。初戦を勝てたのは間違いなくお前のおかげだからよ。じゃな」
心の底から倒れたことを迷惑だと思っていないようで心の荷が軽くなった。……まあ、俺を推薦したの田中だから、文句でも言われたら言い返そうと思ってたけど。
「伊波さ~ん」
珍しく、伊波さんに話しかけてきた女の子がいた。
ああ、なるほど。そういうことか。良かったな、伊波さん。
俺は邪魔しないようにと頬杖をついて、窓の外を眺めた。
「ど、どうしたの?」
――
そんな訳ないだろ。連絡先を交換しにきてくれたんだよ。
「そのね、よかったらなんだけど、伊波さんの連絡先教えてほしいな~」
「……え、なんで!?」
よっぽど、衝撃だったようで伊波さんの声が大きい。
「金曜日の夜にお疲れ様~って送ろうとしたんだけど、そういえば連絡先知らないな~って思って」
「……ああ、社交辞令!」
伊波さん、そこは普通に仲良くなりたいから、って受け取ろうよ。拗らせすぎ。そんなところも可愛いけど。
「違うよ~伊波さんと仲良くなりたいからだよ~」
「ええ、私と!?」
――どうしようどうしようどうしよう。急展開すぎて追いつけないよ。今日は彼氏の他に友達も出来るの!?
よかったじゃないか。小野さんなら、のほほんとしてるし、伊波さんが何かとんでもないことを言ってもスルーしてくれるよ。
「ダメ~?」
「ううん。こちらこそ、是非お願いします」
「あはは。やった~」
女の子同士が仲良くきゃぴきゃぴしているのは聞いていて微笑ましい。
「……ほんとに、良かったな」
窓ガラスに反射する伊波さんはうっすらとしか見えないがとても喜んでいるのが分かるくらい笑顔だった。
俺と伊波さんは今日、正式な恋人関係になった。
まさか、自分に彼女という存在が出来るとは想像もしていなかった。考え深いものである。
――あー、腹減った~!
――早く、昼休みになってくれ~!
四時間目の授業中、今日も今日とてクラスメイトの叫びが脳に届いてくる。皆、空腹に飢えているのはあの時の伊波さんを彷彿とさせる。
クスリと黒板に書かれた文字をノートに模写しながら笑っていると伊波さんからの呼び出しがきた。呼び出し、って程じゃないと思うけど。
――鈴木くん。聞こえてますか~?
聞こえてるよ、と静まり返った中で返事は出来ないので顔だけを向ける。すると、伊波さんはにっこりと笑った。
え、何……その、不気味な笑顔は。
一瞬、背筋がぞくりとしたのを感じた直後のことだった。
――好き、だよ。
「っ!?」
びっくりして、思わず消ゴムを床に落としてしまった。伊波さんの方へと転がった消ゴムを彼女は拾って手渡してくる。
「はい」
「あ、ありがと」
「……言ったでしょ? 覚悟しててって」
他にいる教室の誰にも聞こえないように小さな声でしっかりとそう告げた彼女は何食わぬ顔をして黒板に向き直った。
いつまでも呆然としているわけにもいかず、黒板に向き直る。
しかし、その直後にまた好きだよ、と言われた。
「……あの、伊波さん」
「な~に~?」
昼休み、いつものように伊波さんと体育館裏で昼食をとるも楽しい時間のはずなのに俺は疲れていた。
その理由は――
「さっきのあれ、何?」
授業中に何度も好きだと言われたからだ。
「何って……鈴木くんを好きだな~って思っただけだけど?」
「だから、何で?」
「好きだからだよ? 好きだから好きって思った。いけない?」
「うぐっ」
言い返せない。何も言い返せない。人が物事を思うのなんて何を思おうが自由だ。本来なら、誰にも知られることのないことなのだから。
「鈴木くんは私のこと……頻繁に好きだなって思ってくれないの?」
「お、思ってます……」
涙目で聞かれると否定なんて出来ない。それが、例え作戦の内だったとしても雑には扱えない。
「じゃあ、私がどれだけ思っても問題ないよね?」
「い、いや。それは……その、俺の身がもたないというか……精神が殴られるというか」
そもそもだが、伊波さんが俺のことを授業中に好きだと思うことは今になっての話じゃない。前からだ。メロンパンをあげた時から始まったことだ。
それが毎日続いて困って悩んだ。
だから、嫌われようとして無理だった。
だから、心は慣れている、はずなんだ。
なのに、今になってもあんなにもダメージを受けたのは好きのベクトルが違うからだ。
「え~やだぁ~。鈴木くん、好きってだけで何を想像しちゃってるの? いーやらしー」
「……少なくとも、伊波さんが想像してるようなエッチなことじゃないよ」
「ばっ……にゃにゃにゃ、にゃにを言うのっ!?」
「え~伊波さんの場合は――」
「ストップストップストーーーップ!」
「むぐぐ」
く、苦しい。いくら、恥ずかしいからって食べてるパンを力強く喉にねじ込まないで。死ぬ。死んじゃうから。
伊波さんの肩を押して引きはがす。
はぁはぁ……あ、危なかった。
「な、中々やるね……鈴木くん」
「そ、そっちこそ……」
伊波さんの考えはこの能力を利用して俺を困らせること。ならば、俺だって伊波さんをとことん困らせてやる。
熱い火花を散らしながら見つめ合う。
「そもそもだけどさ、急にどうしたの?」
「……鈴木くんがビビりって言ったから仕返ししてやろうと思って」
「伊波さんだって俺のことヘタレって。それに、内心でもまだしないで良かったって」
「そ、それは、怖かったから……」
「ほら」
「け、けど……してほしいって気持ちもあるんだよ? その、急過ぎるかもだけど……」
こういうことはどうするべきなのか。いつからするべきなのか。
「……じゃあ、ここでする?」
「こ、ここで!?」
「うん」
――ほ、本気なの!?
「本気だよ。俺だって、いつからこういうことしていいのかは分からないけど……伊波さんとって気持ちがあるし」
「ううっ……でも、誰か来ちゃうかもしれないし……」
この前のように誰かが来たら嫌だ。
集中して、範囲を広げて沢山の心の声を拾う。
「大丈夫。この近くには誰もいないよ」
「そ、そういうのにはすごく便利だね」
「でしょ? で、どうしようか?」
伊波さんにジリジリと近づいていく。
逃げようとジリジリと下がる伊波さんの背中に腕を回して退路を断つ。
もし、泣くほどまだ嫌だと言うのならここで止まる。けど、うやむやな反応ならもう俺は止まれない。
だいたい、伊波さんはズルいんだ。散々、人に好き好き伝えて、困らせて、どれだけ我慢させてるのかを分かっていないんだ。
「いい?」
「う、うん……怖いけど、優しくしてね」
「それは、タイミングが違う時だと思う」
「えっ――ん」
伊波さんの唇にそっと自らのを重ねてキスをした。お互いに初めてで上手いか下手かも分からない。ただ感じるのは伊波さんの唇の柔らかさ。
「……とっても恥ずかしいよぉ~」
唇を離した直後に伊波さんが真っ赤になって胸に埋まりにきた。
「鈴木くんも……すっごくドキドキしてる」
「うっ……それだけ、伊波さんを好きだってことだよ」
「へへ……そっか。嬉しいな」
すりすりと猫のように甘えられ、顔が熱くなっていく。そんな彼女を昼休みが終わるまで、誰も来ないように気を張りながら抱きしめ続けた。
さて、伊波さんに好きだと言われ続け、困っていた俺は伊波さんと付き合い、急過ぎると思うがキスまで済ませた。だというのに、根本的な問題の解決には至っていない。
何故ならば。
――好きだよ~鈴木くん。
これだからである。
授業中にこれを繰り返され、困っていたから嫌われようとして、いつの間にか好きになって付き合うことになった。
当初の目的とは百八十度変わった結果だ。
――好き好き~大好き~!
しかも、状況はより酷いといえる。キスをしたからさっきまでの困らせるためにじゃなく、本気のやつを届けられる。
いや、伊波さんはいつだって本気だった。今はもう、なんて表せばいいのか分からないほど本気を越えた何かの気持ちである。
――こっち向いてよ~。ほら、先生前向いてる今なら大丈夫だから~。
頼まれたことを叶えると伊波さんは分かりやすく喜んだ。
――ね、好きって言って。
……え、ここで!? この状況で!?
――ね~言ってよ~。私だけは不公平だよ~。鈴木くんの気持ちも聞きたいよ~。
チラッと黒板を見る。先生は板書をしたまま。
クラスメイトの心の声を拾う。皆、ダルそうにしていて誰もこっちに注目すらしていない。
俺はわざと消ゴムを伊波さんの方に転がして拾うために席を立った。
そして、伊波さんの耳元でそっと囁いた。
「……好きだよ」
ああ、本当に気力がもたない。
席に座って、頭を抱えた。困った。困ってるんだ。と、これ見よがしにアピールする。
なのに、伊波さんは――
――もう一回! もう一回、言って~!
ああ、もう。可愛いくて怒れない!
俺は静かにため息を吐き、嬉しくなったことを気付かれないようにして口角を上げた。
――好きだよ、鈴木くん!
どうやら、心の声が聞こえる俺は……隣から聞こえてくる好きにこれからも困り続けるようだ。
―完結―
心の声が聞こえる俺は隣から聞こえてくる好きに困っています ときたま@黒聖女様3巻まで発売中 @dka
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