第35話 これは、紛れもない現実の話

 ――ううっ、す、鈴木くんとほんとに両想いになれちゃった! 本当のカップルになれちゃった!


「今後とも、お願いします」

「こ、こちらこそ!」


 伊波さんは縮こまるようにして恥ずかしがっている。可愛いったらありゃしない。


「さっきまでの威勢はどこいったの?」

「だってだって……」


 クスリと笑うと伊波さんの耳が赤くなる。


 ――さっきまでは頑張って突っ切ってただけで、本当はずっと恥ずかしかったんだからね? 本来、私は考えることはあれでも実際には行動できないタイプだからね!?


「分かってるよ。だから、ありがとう。頑張ってくれて」

「うう~鈴木くんに今まで考えちゃったことを知られてると思うと顔を見れないよ~」


 まあ、そういう所も含めて好きになったけど……流石に、全部を全部、今すぐに叶えてあげられはしないからどうにもしようがないよな。


 両手で頬を隠して、うずくまる伊波さんを見て頬をぽりぽりとかいた。


「と、年頃だし……思春期真っ只中だし。仕方がないよ」


 ――へ、変態だって思ってない?


 うっ……答えに詰まる。正直、何回かは思ったのが事実だから。


「こ、答えてよ~」


 涙目になった伊波さんが制服を藁にもすがるような手付きで掴んでくる。


「ねぇ~鈴木くん~!」


 ヤバ……可愛い。

 体を揺さぶられながら、そんな気持ちが込み上げてくる。


「……まあ、好きな人であれこれ想像するのは恋してる人なら当たり前だと思うから大丈夫だと思う。普通のことだよ」

「う~穴があったら入りたい~埋められたい~沈められたい~」


 落ち着いてもらうために頭に手を乗せる。


 ――や、やめてー。慰めるように頭を撫でないでー。


「ご、ごめん……可愛くて、つい」

「全部、夢だったらいいのに……」


 ――そしたら、変なことは考えないで鈴木くんに近づいていくのに~!


 もし、そうなったとしても俺は逃げきれなさそうだなぁ。伊波さんの場合、何をしでかすか未だに分からないし。


「いひゃい……」


 今も、どれだけ引っ張っても現実に変わりないってのに頬っぺた引っ張ってるし。


「今から現実だって分からせてあげる」

「えっ――す、鈴木くん!?」


 ――な、何!? 私を抱きしめて何をする気なのっ!?


「目、閉じて」


 ――も、もしかして、思いきりビンタするつもり!?


 女の子に手をあげるなんて最低なことするわけないだろ。


 伊波さんを怖がらせるつもりも傷つけるつもりも毛頭ない。今からするのは、伊波さんが望んでいたことには一歩届かないけどそれに近しいことだ。


 小動物のように怯えながらプルプル震えている伊波さんの前髪を軽く持ち上げる。


「な、何を――!?」


 そして、額にそっと唇を触れさせた。


「もういいよ」


 目を開けた伊波さんは暫く動かなかったが静かに自らの額に手を当てた。


「い、いい、今、何したの……? 温かいものが触れたけど……」

「……伊波さんが望んでたことは流石にまだ出来ないから」


 付き合って、十分も経たずにキスをする訳にもいかず。というか、していいのか分からない。こういうの初めてだし!


「そこで勘弁してください」


 何が触れたのか伝わったようで伊波さんの頬が真っ赤に染まっていく。


「す、鈴木くんってほんとに大胆だよね」

「現実だって分かってくれた?」

「うん。……あの、ここでも良かったんだよ?」


 伊波さんは自分の口元に手を当てながら、ゆっくりと見つめてくる。気付いたら自然と手が伸びていて、柔らかい彼女の頬に添えていた。

 自分の手が震えないように気を付けながら顔を近づけていくと腕が震えていることに気付いた。


 緊張はしている。けど、これは――。


「伊波さん?」


 伊波さんからは返事がない。ずっと、目を閉じて小刻みに体を震わせている。


 ――き、キシュ! す、鈴木くんと本当にき、ききききき――。


 これ、本当にキスしたら伊波さん気絶しちゃうんじゃないか?


 脳裏に浮かぶのは壁ドンをした日のこと。

 あの日、伊波さんが倒れたことを先生に報告するとさぞかし驚いていた。原因を聞かれてつらつらと事情を話せる訳もなく、突然倒れたと答えて適当な嘘を並べた。結果、寝不足と判断されたがそれはそれは大変だった。


 もし、また伊波さんが気絶しちゃうと今度はどうなるか予想もつかない。伊波さんの頑張りを貶したくはないけど、気絶もさせたくない。


 伊波さんの手をとって、人差し指を俺の口に触れさせる。

 同じように伊波さんの口に自分の人差し指を軽く触れた。


「ヘタレでごめん」


 うっすらと涙が滲んでいる目を開けた伊波さんに伝え、人差し指を入れ換える。互いの口に触れさせ合った。


「だから、間接キス以上キス未満で今はいいかな?」

「しょ、しょうがないな~もお~鈴木くんは肝心なところでヘタレなんだから~」


 ――よ、よかったー。調子に乗って、ここでもいいよ、なんて言っちゃったから本当にキスされたらどうしようかと思ったよー。嫌じゃないけど、まだ早いというか……気持ちはそれ以上だけどまだ追いつけてないというか……。


「そ、そろそろ、教室行こっか。遅刻しちゃうといけないし」


 赤くなった頬を見せないようにスッと立ち上がった伊波さん。


 ――教室に戻って、気持ちを整理しよう。うん、そうした方がいい。ちょっと、冷静になっ――。


 そんな、伊波さんの腕を引っ張って引き寄せる。そのまま、顔を近づけて唇を――寸でのところで止めた。


 伊波さんはぶるぶると震えていて、どの口がヘタレと言ってきたんだと言いたくなる。


「なーんだ、伊波さんの方がビビりじゃん」


 鼻で笑うと一層伊波さんの顔色が濃い赤色に染まった。


「もうもうもうもう!」


 からかわれたんだと認識した伊波さんはポカポカと胸を叩いてくるが痛くない。


「教室、行こ」

「……鈴木くんのバカ」


 差し出した手を不機嫌な様子で掴まれる。

 明らかに悪いのは俺なのにちゃんと握ってくれるのが優しい。


 ――鈴木くん、覚悟しといてよ!


 不意に、そっぽを向いたままそんなことを伝えてきた。


「え、何を?」

「内緒だよーだ」


 意地悪そうにクスクス笑う伊波さんに俺は頭を悩ませながら教室へと向かった。

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