第32話 球技大会の終わり
――鈴木くん。鈴木くん。鈴木くん。鈴木くん。
伊波さんに何度も呼ばれているような気がして目を開けた。すると、左手が温かいものに包まれていることに気付いた。
「鈴木くん!」
あー、なんかこの光景はちょっと見覚えあるな……あの時とは、立場が逆だけど。
天井は真っ白で、隣には制服に着替えた伊波さんがいて。
ここは、保健室のようらしい。
当然か。俺、倒れたんだし。
「えーと、とりあえず……球技大会は?」
「終わったよ」
「そっか」
どれだけ、意識を失っていたのかは分からない。けど、最終競技がバスケットボールだったから、終わったってことは結構な時間気を失っていたんだろう。
「よっと」
「あ、いきなり体を起こしたら危ないよ」
「ううん、大丈夫だから。ちょっと、スッキリしたし」
まだ、頭痛が完全に治まったわけではないにしろ、少しはましになった。……うん、こっちも異常がない。心の声もちゃんと聞こえてる。まあ、聞こえてること事態が異常なんだけど。
「二人は本当に仲良しね~」
だから、先生がいることも分かってた。
「えっとえっと……」
――な、なんて答えたらいいの?
自分から手を握ったまま、離さないでいるはずなのに伊波さんの内心は焦っている。
「はい、仲良しなんですよ」
だから、代わりに答えると伊波さんは驚いた様子で見てきた。
別にいいだろ。本当のことなんだから。
「それで、体調はどう?」
「はい、随分とましになりました」
「きっと、熱中症だったのね。ダメですよ、ちゃんと水分をとらないと」
熱中症でないことは自分が一番分かっているが詳しく説明出来ることでもないので素直に聞き入れる。
「はい、次からは気をつけます」
「一応、異常は見られないけど……気分が少しでも悪いと感じたら病院に行って診てもらってください。明日から休みですし」
「はい」
俺の場合、薬はあまり効かない。
頭痛の場合は寝たら治る。土日の間、ずっと寝てたら月曜日には完治していることだろう。
「それじゃ、もう少しゆっくりしたら帰っていいですよ」
気を利かしてくれたのか、先生はそう言うと保健室から出ていった。
「ほ、本当に大丈夫? 無理してない? 痛いところない?」
「だ、大丈夫だよ」
ベッドに手を乗せられ、伊波さんが近づいてくる。顔が近いったらありゃしない。思わず、顔を逸らしてしまうと空いている手を頬に添わされ、自分を見るようにと向かい合わされた。
「目を逸らした。本当は無理してるんだ!」
「し、してない……してない」
「嘘。鈴木くんが無理してたらまた倒れるんじゃないかって心配になるから本当のこと言って……」
――鈴木くんが倒れた時、すっごく怖かった。先生は熱中症だって言ってたけど……水分はちゃんととってたもん。それなのに、倒れたってことは持病があるのかもしれない。
伊波さんの目にはうっすらと涙が浮かんでいて、気付いたら空いていた手で頭を撫でていた。
「本当に俺は大丈夫だよ」
「……じゃあ、どうして目を逸らしたの?」
「それは、伊波さんが……」
「私が?」
「……近いから」
「近いから……あっ」
ようやく、気付いたらしい。
頬を染めて、勢いよく離れた。
「ご、ごめんね……心配で」
「ううん、ありがとう。でも、俺は大丈夫だから。じゃないと伊波さんを意識なんて出来ない」
「そ、そそ、そっか……!」
――そ、そう言えば私……ずっと、鈴木くんの手を握ったままだった! 離さないと!
そんなことしなくていい。
離そうとした伊波さんの手を逆に離さないようにしっかりと握った。
――え、す、鈴木くん!?
「伊波さん、結果どうなったか教えて」
「あ、う、うん。私達のクラスが優勝だったよ!」
「てことは、バスケ優勝したんだ」
「うん。鈴木くんが倒れてから、代わりの子が入ってね。田中くんが鈴木くんのためにも頑張ろうって率先して」
「今度、礼言わないとなぁ。迷惑かけたし」
ここまで、能力をフル活用したのが初めてだったとはいえ、倒れるまでになるとは予想もしていなかった。精々、吐くくらいだと。
伊波さんを心配させないためにも二度と無茶はしないようにしよう。
「お礼を言うのは私の方だよ……ありがとう」
「どうしたの?」
「さっきね、神無月くんが来てね……謝ってくれたんだ。あの時はごめんって」
「別に、俺のおかげじゃ……」
「教えてもらったから」
「そっか」
神無月は本気で謝ったのだろうか。
本当に悪いと思っているのだろうか。
「伊波さんのことだから許したと思うけど」
「え、どうして分かったの?」
「分かるよ」
神無月のことは分からなくても伊波さんのことくらい心の声を聞かなくても分かる。
それくらいのことはこの数週間の間に学んだんだ。
「それくらい、見てれば分かるよ」
「そ、そっか……!」
「……もう、吹っ切れた?」
「分からない……けど、もう気にしないことにしたよ。今は別の人に夢中だから」
真っ直ぐに俺の目を見て、はっきりと告げた伊波さんは優しく笑った。
その笑顔は本当に素敵で耳が熱くなる。
自然と俺が側にいる間は絶対神無月みたいなやつがほいほい近づかないようにしよう、と決意させられた。
「私のためにありがとう……本当に」
「俺が嫌だったんだ。伊波さんに嫌な思いしてほしくなくて……ただの、自己満足だよ」
「そんなことないよ。本当に嬉しい」
伊波さんが喜んでくれたなら頑張った甲斐があった。でも、これに嬉しくなってやり過ぎたからあの時は失敗した。だから、もうやり過ぎたりはしない。伊波さんは影ながら守っていく。
「俺の方こそありがと。待っててくれて」
もう、下校の時刻はとっくに過ぎている。
なのに、伊波さんがいるってことは球技大会が終わってからずっと側についてくれていたってことだ。何時間もの間、ずっと。
「この前、鈴木くんもしてくれたから。あとね、渡すものがあるんだ」
ごそごそとスカートのポケットから小袋が取り出され、差し出された。
「これ、今日のMVP賞だって」
MVP賞というのは、今日一日、各クラスで一番活躍したであろう生徒に与えられる賞である。
「え、俺が……?」
「うん」
「絶対、俺よりも相応しい人がいると思うんだけど」
むしろ、途中退場して役立たずだったとしか思えないんだけど。
「そんなことないよ。クラスの皆が鈴木くんだって言ってたんだよ?」
「うーん、なんか……怖いけど受けとっとこうかな」
「どうして怖がるの? 変な鈴木くん」
可笑しそうにしている伊波さんの手から小袋を受け取り、中身を確認した。どうしても手を離さないといけないのでそこは仕方なかった。
ああ、なるほど。そりゃ、皆いらないって言うか。
「それにしても、どうして私が任されたんだろう?」
「任された?」
「うん、私から鈴木くんに渡してって皆から言われてね」
そんなの皆が知ってるからだろ。伊波さんの気持ちも……俺の気持ちも……。月曜日、伊波さんと噂になってたらそれでもいっか。
「あ、それよりも。喉渇いてない?」
カバンからお茶やらスポーツドリンクやらがぽいぽいと出てくる。加えて、チョコやら一口で食べられるお菓子まで。
「ど、どうしたの? それ」
「買っておいたんだよ。何が欲しいか分からないから色々と。はい、口開けて」
伊波さんの手から一口サイズのチョコが口に入れられる。
俺、そこまでされるような重症患者じゃないんだけどな……。
――次は水分補給だよね!
もう、すっかりと患者さんの面倒を見るような心境になっている伊波さんに苦笑を浮かべつつ、小袋にボールペンをしまった。
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