第31話 負けられない戦い 終
残り時間も残り僅か一分となった時、体が限界を迎えた。
「あっ……」
視界がぼやけて周囲が白く見える。
頭の中が割れるように痛い。
おまけに鼻から熱い真っ赤な色をした鼻血まで垂れてきた。
急いで手で塞いでみても手から逃れた血が床に落ちていく。
「大丈夫か?」
偶然、近くにいた先生が焦ったようにするが急いで無理やり血を拭って誤魔化した。
「大丈夫です!」
本当は大丈夫でもないし今すぐ休みたい。
もう疲れた。帰って、風呂に入って、ベッドで眠りたい。
けど、あと少しだけ頑張りたい。
――鼻血とかキモッ!
――たかが、球技大会であそこまで本気になって引くわー。
――神無月くんにたてついた罰よ。
俺だって、たかが球技大会ごときでこんなにも本気になんてなりたくなかったよ。本気になって、自分でもどうかしてると思うよ。
でも。
――す、鈴木くん大丈夫かな……!?
俺を心配してくれる伊波さんのために。
――も、もしかして、私が頑張れって応援しちゃったから無茶してるんじゃ!?
そんなことはないよ。俺が勝ちたいんだ。伊波さんが見てる前で。
他の誰からはどう思われたっていい。
たった、一人。伊波さんがちゃんと見ててくれるから。
「大丈夫か、鈴木」
「……大丈夫。でも、もう神無月の相手は無理かもしれない。だから、田中が相手してくれ」
「……俺に出来ると思うか?」
「この世界はフィクションじゃないからな。努力したことが全く意味がない、ってことないんだよ」
俺みたいな付け焼き刃じゃなく、田中のように毎日練習を頑張っているやつの努力ってのには必ず意味がある。例え、実ることがなかったとしても、全く意味がない、なんてことはないんだ。
「よし、任せろ!」
残り時間も僅かとなった今、俺がしなければいけないことは最後までコートに立っていることだ。
まずいな……田中と神無月が三人ずつに見える。
対峙する二人が俺の目には六人に写る。
頭を振って、かき消そうとしても余計にクラクラとするだけで無駄だった。
「鈴木!」
くそ。なんで、こんな時に限って俺のところにボールが回ってくるんだよ。
二人が弾いたボールが俺に向かって跳ねてくる。
どうにかボールを手でコントロールして敵陣へと切り込んでいく。
ゴール目前で三人の黒田が立ち塞がった。
どいつが本物かも微妙に分からない。
ボールをキープすることしか出来ず、貴重な時間だけが減っていく。
「鈴木!」
すぐ近くに田中が来ていた。
ボールを投げて、託す。
しかし、田中に届く前に神無月によって弾かれ阻まれた。
コロコロと転がっていくボールを追って、二人が走り出す。
努力してきたことが実ったのか、足は田中の方が早かった。
おい、何でだよ!
「任せた、鈴木!」
ボールを投げられる前に動き出していた俺の手に田中からのパスが通る。完全フリーの状態。けど、ネットが揺れて見え、ボールを投げられない。
――決めて、鈴木くん!
最後なんだ……だから、後ちょっとだけ気張れ!
中三の担任が教えてくれたことがフラッシュバックする。
初心者はひたすら上から入れることを狙って練習しろ。
今だけは。この瞬間だけは、感謝します。
俺は何百本と練習させられた通りにボールをリングの上に向かって投げた。
ボールが手から離れた瞬間、神無月の指先が空を切る。
「……入るな!」
大きな叫び声。
しかし、ボールはまるで俺の意思が通じたかのように神無月の命令を無視して、リングを通り抜け落ちた。
そして、終了のブザーが鳴り響いた。
試合結果は――
「オオオオオオ! 鈴木ーーー!」
「ちょ、痛い……俺、鼻血出てるんだぞ。背中を叩くな」
一点差で俺達のクラスの勝利だ。
「お、悪い悪い。でも、ブザービーターってプロでも中々出せないんだぜ?」
「まぐれだまぐれ。ほら、早くあっちいってやれよ。勝てたのは間違いなく、お前がずっとシュート決め続けてくれたおかげだからな」
「おう!」
他のチームメイトが呼んでる元へと田中を向かわせる。
「くそっ!」
俺は悔しそうに床を叩く神無月と二人になりたかった。
神無月は試合前、なんて考えていただろうか。俺達を雑兵と表し、二桁差をつけて勝とう。そんなことを考えていた。
だが、結果は負けた。しかも、一点差で。
さぞかし悔しいことだろう。今の顔を腹を抱えて笑い転げてやりたいくらいだ。ざまあみろってな。
「ほら」
「僕に気安く触れるなっ!」
「おっと」
差し出した手をはたかれそうになったので急いで引っ込めた。随分と嫌われたものだ。
「別に、俺はお前と仲良くなる気もないしするつもりもない」
「……馬鹿にしてるのか」
「そんなんじゃねーよ。俺はただ、あの子と同じくらい優しくありたいから手を差し出してるだけだ。今後、二度と話したくもない」
「は……変人同士、お似合いだね」
「俺はまだ伊波さんの彼氏なんかじゃない。ただの友達だ」
ただの友達。
でも、友達だから友達が嫌な思いをさせられたら腹が立つし、どうにかしたいと思うんだ。
「伊波さんに謝れ。誠心誠意、頭を下げろ」
「なんで、僕が――」
神無月の手首を引っ張って無理に立ち上がらせる。
「伊波さんはな、お前のせいで泣くんだよ。お前は何も感じないのか?」
「そんなの、知ったこっちゃ――いたっ!」
コイツは本気で申し訳ないと思ってないから自然と力が入ってしまう。
「伊波さんに謝れ。そして、二度と彼女に近づくな。分かったな」
「わ、分かった。分かったから!」
――コイツは怒らせたら本気でヤバい!
どうやら、黒田と同じ脅しをする前に分かってくれたらしい。
特にそれ以上は何も言わず、挨拶をする呼び掛けがかかり、整列した。
「いやー、やったな。この調子で次も頑張ろうぜ!」
挨拶が終わった後で田中がチームの皆に興奮した様子で言っている。
「な、鈴木!」
「はいはい……分かったから、ちょっと落ち着け」
適当に相手をしつつ、伊波さんを探す。神無月のファンが残念そうに一斉に移動しているので探しづらい。
あ、いた。
ファン達に紛れて呆然と突っ立っている伊波さんを見つけた。不思議なことに、さっきまでは散々残像が見えていたくせに伊波さんだけはちゃんと見えた。胸の前で両手を組んでいることまではっきりと。
伊波さんを見ていると不意に目が合った。
「(お、おめでとう……!)」
――鈴木くん、とってもカッコよかった!
口パクでそう言っていた彼女に笑って親指を立てる。
――……鈴木くんと早く話したいな。その前に鼻血大丈夫かな。ティッシュとか貰いに行った方がいいかな。保健室の先生を呼んだ方がいいのかな。呼びに行くより付き添った方がいいよね。一緒にいられるし。
いつも通りでよかった。いつもみたいに真っ直ぐなまま優しく好意を抱いてくれていて――。
伊波さんと話したくて足を向ける。
一歩踏み出して、世界が大きく回った。
くそ……カッコ悪いな、俺……。
立っていられなくなり膝から崩れ落ちる。
床……近……。
そのまま、俺は意識を失った。
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