第30話 負けられない戦い③

 伊波さんと一緒に体育館に戻る。

 時間を確認すると休憩時間は残り一分となっていた。


「それじゃ――」


 伊波さんと別れようとした瞬間、


「うるさいっ!」


 神無月が叫んだ。周囲にいた彼のファンは驚いたように騒然としている。一人の女の子なんて、差し出した手を振り払われたのか泣きそうになっている。


 ――くそくそくそくそ。なんで、あんな雑魚にこの僕が何度も競り負けなきゃならないんだ!


 そりゃ、伊波さんが見てる前でお前なんかに負けたくないからだよ。まあ、やり方はセコいと思ってる。でも、仕方ないだろ。月曜日、伊波さんと別れた後から走ったり、シュートの練習をしてきたとはいえ、基本のステータスは変わらない。多少、体力が追加されたくらいだ。


 そんなんで、お前に勝てるはずないだろ。


 でも、伊波さんに負けるところを見てほしくない。

 だから、全神経集中させてでもお前に張り合ってんだ。

 それくらい、許容してくれ。お前にはファンがいっぱいついてるんだから。


 ――それもこれも、全部アイツのせいだ。アイツが応援なんて余計なことをしたから!


 誰一人の応援もありがたいと思ってないお前にとってはそうでも、俺には余計なことなんかじゃない。少なくとも、俺にはやる気を出すだけの価値のあるものだ。だから、後半だってお前を徹底的にマークする。お前を自由になんてさせてやらない。


 ――どうしたんだろう……体調でも悪いのかな。


 君って子は本当にどこまでも……はあ。


「伊波さん」

「ん?」


 きょとんと不思議そうな伊波さんの手をとると頬が赤く色づいていく。


 伊波さんは本当に優しい。友達が欲しいから、自分に興味をもってほしいから、だけじゃそこまで出来ないはずだ。俺なら自分を騙してた相手の心配なんて絶対に出来ない。それどころか、ざまあみろ、っていい気になっておもいきり笑うまでするかもしれない。


 人ってそうなんだよ。騙してた相手に優しくなんてしなくていいんだよ。

 でも、俺はそんなところが心の底から凄いと思う。

 けど、こうも思うんだ。


「俺を見ててよ」

「ええっ!?」

「アイツなんか見ないで俺だけを見ててよ」


 その優しさは本当に向けるべき相手にだけでいい。神無月なんて相手にしないやつよりもっと俺に向けてほしい、と。


「伊波さんが見ててくれると頑張れるから」


 これは、俺のわがままだ。

 だから、そのわがままに見合うように俺は伊波さんのために勝つ。


「う、うん……鈴木くんだけを見てるね」


 恥じらいながらも伝えてくれた言葉に思わず頬が熱くなる。自分でやっておきながら何でだよ、って話なんだけど。


 そうして、後半戦が始まった。


 後半になっても相も変わらず神無月には沢山の声援が送られる。


 頑張れ、頑張れ、頑張れ、頑張れ、と。


 それが、神無月のストレスになっていく。


 ――黙れ、黙れ。黙れ。黙れ。


 応援は力になることもある。けど、頑張ってる人に対して頑張れと言い続けるのは苦しめること極まりないだろう。

 そこに関しては同意できる。

 でも。


 ――お前等なんて、僕の笑顔に釣られてるだけで何もしないくせに、彼女面なんかしてバカみたいに応援ばかりするな。気持ちの悪い。


 それには、同意できない。

 俺だって、伊波さんに好意を抱かれた時は意味が分からなかった。コンビニで買った一個百円ちょっとのメロンパンをあげただけ。

 たったそれだけのことで好意を抱かれたのは今になっても本当に変だと思う。


 けど、何度も好きだって伝えられて、その気持ちが本物だと知って……好意を抱かれることが嬉しいことなんだと知った。


 確かに、お前の笑顔は魅力的だよ。男から見ても単純なやつなら見惚れるかもだし、羨ましいとも思うよ。彼女等がバカみたいに惹かれるのも無理のない。

 だからって、お前を慕ってくれている気持ちまでは否定するな。少なくとも、お前が思っている以上に彼女等はお前に真剣なんだから。


「なあ、少しいいか?」

「……黙れ。気安く、僕に話し掛けるな」


 躍起になって、俺を抜き去ろうと考えている神無月。もう、隠す気もないようだ。

 どこに足を向けても先回りして、絶対に抜かせない。


「まあ、そう言うなよ。さっきは付き合ってやっただろ?」


 神無月からの返事はないが気にせずに続ける。


「お前は伊波さんのどこに惚れた?」


 さっき、俺が聞かれたことをそのまま聞き返した。


「はっ……どこにも惚れるはずないだろ」


 ――そうだ。僕はあんな女に惚れたりなんてしていない。アイツは僕を知らなかった。それが、腹立たしかったんだ!


 その瞬間、神無月がどうして伊波さんをあんなにも嫌っているのかが伝わってきた。中学時代、こんなことがあったらしい。


 ある女の子が伊波さんに神無月のことをカッコいいよね、と同意を求めるように言ったらしい。その場面を見ていた神無月は肯定されると信じきっていた。

 しかし、伊波さんは――


 ――えっと……誰か、分からない。


 きっと、伊波さんは話し掛けられたことに焦っていたのか本当に神無月のことを知らなかったのだろう。

 けど、それが昔からチヤホヤされ続けた神無月にとっては認識されていないことだと言われているようで腹立たしいことだった。

 だから、伊波さんに近づいてずっと騙していたらしい。自分のストレス発散のために。


 呆れるほどどうでもいい下らない理由だ。


「良かったよ。お前がいつまでも伊波さんを引きずってるような性格じゃなくて」

「当然だろ。僕に似合いもしないくせに」

「確かにな。お前は伊波さんに似合わない」

「そうだろ」

「ああ。伊波さんみたいな素敵な子にお前なんかこれっぽっちも似合わない」


 神無月の手からボールを奪い、田中へとパスする。

 そのまま、田中がシュートを決め、点差はさらに縮まった。


「セコいことするな!」


 苛立ちが到達したのか神無月から胸ぐらを掴みあげられる。周囲が騒然となる中、俺は自分で驚くぐらい冷静だった。


「セコいって何が?」

「僕と話して油断させただろ」

「お前だってしてきただろ。自分は良くて他人はダメってわがまますぎるぞ」


 何か言おうとしてきた神無月だったが先生が止めに入り、俺は何事もなく解放された。


「すいません。僕が勘違いしてました」


 先生に取り繕っている神無月。勘違いってなんだ、勘違いって。完全に決めつけてたじゃないか。


「そうか。見たところ、鈴木に何事もなさそうだし穏便にみよう」


 何でだよ。確かに、服にシワが出来ただけで何事もないけど俺の意見はなしかよ。


「鈴木もいいな?」

「ごめんね、鈴木くん」

「……はい」


 何も言えなかった。


「おい、大丈夫か?」


 田中が心配しにきてくれた。お前の方がよっぽど優しいな。


「大丈夫だ」

「そうか。にしても、お前本当にバスケ上手いな~。あの神無月を圧倒するなんて絶対にバスケ習ってただろ。今度、俺とも勝負してくれよ」

「嫌だよ。今は、自分でもどこから出てくるのか分からないくらい調子がいいだけだ」

「そうなのか? 残念だな」

「そうだよ」


 俺は心の声を聞いて、どうにか食らいついてるだけなんだから。


「にしても、相手チームは神無月以外これっぽっちも相手にならないな」

「そりゃ、そうだろ。神無月にしかボール渡さないし」

「不思議だよな」

「あれが、普通なんだよ。自分で下手するより、自分よりも確実に上手いやつがいればそいつに丸投げして任せた方がいい。自分の身の丈に合わないことはしないに越したことがないからな」


 だから、正直言うと助かってる。これで、神無月以外にもチーム全員が上手ければ到底敵うはずないからな。


「ま、残り時間も少ない。この調子で逆転しようぜ!」

「おう……!」


 こういうの初めてで気恥ずかしいな。

 俺は田中から突き出された拳に同じようにしてコツンと当てた。

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