第28話 負けられない戦い①
田中がどういう作戦を企ててきたのかはあまり覚えていない。田中以外はバスケ部ではないし、試合が始まればどうせバラバラに動くのだから別にいいだろう。
唯一、頭に入れてあることは。
田中曰く、このバスケのトーナメントを勝ち抜き優勝することが出来るとクラスとしても優勝出来るようになるらしい。
くそ、責任重大じゃないか。
しかも、相手には――
「やあ。この前はどうも」
神無月がいた。
神無月がバスケ部だということは知っていた。この前出会った時、背負っていたリュックが田中が背負っていた物と同じだったからだ。
だからって、一回戦からぶつかるとか想定してないだろ。何組みかも知らなかったんだし。
「ああ、どうもどもう」
あまり話したくないので適当に返事する。
願わくば、とっととどっかいってくれないだろうかと思いながら。
「いい試合にしようね」
――君達みたいな雑兵だらけに負ける気なんて全然しないけど。そうだな、二桁差で勝とう。
俺には全くの無意味だってのに例の如く、気持ち悪い王子様スマイルを残して去っていった。
身の毛がよだつのを感じながら、汚染された空気に息を吹いてどこかへやっているとある声を拾った。
――クソォォォ、神無月のやつ~!
田中だった。目の敵にしているような様は今にも威嚇を始めそうで少し近寄りがたい。
ま、気にしないけど。
「アイツがどうかしたのか?」
「アイツと同じバスケ部なんだけどよ。アイツ、練習にはたまにしか来ないくせにスッゲー上手くて悔しいんだよ。だから、俺と戦えって言ってるのにいつも相手にされなくて」
なるほど。だから、どうしても勝ちたいって訳か。
バスケットボールに事前に出場することを知っていれば、遅かれ早かれこうなることを予想していたんだろう。
「意外と熱血なんだな」
「そういう訳じゃねーよ。実際、アイツの実力は認めてるし。だからこそ、俺がどこまで出来るのか知りたいんだ!」
「ふーん」
「おい、冷めてるな!?」
そりゃ、そうだろう。
「俺はバスケ部でも何でもないからな。そんな上手いやつとまともに張り合える気がしない」
「そんな弱気になるなよ!」
「別に、弱気にはなってねーよ。お前が、率先して戦ってくれるんだろ?」
勝つ気もなければ、負ける気もない。
勝負は時の運。
俺が頑張るのは伊波さん宅のカツサンドを食べたから、手を抜く理由が減っただけだ。勝たなきゃいけない理由がある訳じゃない。
「お、おお……任せてくれ!」
――そこまで、俺のこと思ってくれてるんだな……感動したぜ!
勝手に感動なんてするな。お前のことなんて少しも思ってない。俺が想ってるのは一人だけだ。
挨拶のため、互いのチームが向かい合う。
俺の前には――
「お願いします……」
やけに、ビクビクしているやつがいるなと思ったら伊波さんに告白しようとして、俺が追い払った相手――
――や、ヤバい……殺される。情報社会の海に晒されて殺される……!
随分と恐れられたものだ。伊波さんに近づかない限り、そんなことしないってのに。
「どうしたの?」
――チームメイトを気に掛けている姿を見せてアピールアピール。
怯えきった様子の黒田を心配している体で神無月が近づいていく。
何も話すな、という意思を込めて睨むと、
「何でもない」
弱々しく、答えていた。
不思議そうにしていた神無月だが、すぐに王子様スマイルを向けて去っていった。
二人の様子を見ていて段々分かってきたことがある。彼等二人は同じクラスであり、友人関係にあるらしい。
「おい。約束、覚えてるな」
黒田以外の誰にも聞かれないようにして呟くと、
「わ、分かってる。今後一切、近づかない」
――くそ。神無月が伊波って娘ならちょっと優しくすればすぐに落とせるっていうから近づこうとしただけなのに……なんで、俺がこんなにも毎日ビビりながら過ごさなきゃなんねーんだよ!
そういうところが腹立つから、お前みたいなのを伊波さんに近づけたくないんだよ。
――全部全部全部、コイツのせいだ!
どうとでも思っとけ。お前にどう思われようがどうだっていい。心底、興味ない。
「忘れるなよ」
それだけを言い残して自陣のコートに入った。
試合も始まっていないのに疲れた息を吐いてしまった。
黒田が伊波さんのことを尻軽とかチョロいだけとか言ったのは神無月がそんなことを言ったからだ。
本当に腹が立つ。好きじゃなかったとしても、ただのゲームだったにしても、どうして伊波さんをそこまで傷つけることが出来るんだ。彼女がお前に何をしたっていうんだよ。
沸き上がる苛立ちの中、試合が始まった。
高く上げられたボールが神無月の手に届けられる。
その瞬間、うるさいくらいに試合を見に来ていた女の子達の歓声が響き渡った。
思わず、頭を抱えたくなって耳まで塞ぎたくなる。
うるせぇ……少し、黙ってろ。
表向き王子様が華麗なドリブルで向かってくる。
止めに向かった俺は微笑まれ、一瞬にして抜き去られた。
そのまま、あっという間にシュートを決められた。
その瞬間、発情期のサルじゃないかと思うくらいさっきよりも大きな歓声が沸く。
「へったくそ」
隠す気もないのか、笑顔で対応しながら俺の横を通る時ボソッと呟いていった。
心の声が聞こえてない訳じゃない。けど、神無月の行動が分からなかったのは邪魔が入るからだ。王子様のファンという邪魔物が。
やっぱり、俺が選ばれるべきではなかった。今の俺は役立たずに等しい。唯一の武器でさえ、奪われたのだから。
味方からボールが渡されて、相手コートへ向かう。
しかし、すぐに神無月に立ち塞がれた。
「君は伊波さんの彼氏なの?」
「……今、それ関係ないだろ」
「君も物好きなんだね。あんな、重たくて気持ち悪いのを好きになるなんて」
「……は?」
言い返そうとした瞬間、いつの間にか神無月がいなくてボールまでなくなっていた。
マジか。コイツ、俺に心理戦仕掛けてきたのか!
そのまま、またシュートを決められる。
試合は防戦一方とはならず、田中が頑張ってくれているおかげでどうにか食らいついてはいる。
しかし、神無月の実力が凄すぎて中々追いつけない。
そして、
この王子様に応援なんて必要ないだろうと思うのにファンは声援を送り続けている。キャーキャー喚いてうるさいこと極まりない。
「ね、あの子のどこに惚れたの?」
「……ちょっと、黙ってろ」
「やっぱり、顔? 性格はあれでも、可愛いのは可愛いもんね。隣に置いておくのにはちょうど良いよ」
「伊波さんは物じゃない。伊波さんは――」
「ま、なんだっていいよ。じゃ」
出した俺の手は神無月からボールを奪うことなくむなしく空を切るだけ。
こんな光景、もう何度も見ているはずなのに王子様のファンは盛り上がる。
そんな中で王子様のファンのどの声よりも大きな応援が聞こえた。
「が、頑張ってっ! 鈴木くんっ!」
こんな状況でそこまでしてくれなくていいよ。伊波さんの小さな応援はずっと聞こえてたから。
愛の力でパワーアップ、なんて二次元的展開があるなどとは思わない。けども、静まり返った中、全員の注目を浴びて頬を赤くしながらも俺を見ていた伊波さんを見れば自然と力が出てきた。
――どうして、お前はまた僕を……!
一瞬、動いていなかった神無月の手からボールを奪う。
すぐに、取り返そうとしてきたが全神経を集中させて神無月だけの声にを聞いて先読みし、守りきる。
「返せよ」
「悪いな。負けられない理由があるんだわ」
そのまま、声をかけようとしていた田中にボールを投げる。田中は声をかける前にボールが届いたことに心底驚いていたが、そのままシュートを決めた。
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