第27話 球技大会の始まり
心配していた俺の不安要素は何事もなく、伊波さんとの関係は良好だった。流石に、次の日はどことなくぎこちない様子だったけど嬉しいことに弁当を作ってくれていた。
そして、特に伊波さんとの関係が良い意味でも悪い意味でも変わらないまま、球技大会を迎えた。
俺が通う学校はスポーツの秋に力を入れている。芸術でも食でもなく、スポーツに力を入れている証拠はたかが球技大会なのに学年毎に三日によって開催される、ということでお分かりだろう。春には体育祭が行われ、この先に文化祭も待っているというのに三日間も時間を費やすのは校長がスポーツ大好き人間だから、ということらしい。
一昨日は三年、昨日は二年の番だった。
そして、今週最後の金曜日が俺達一年の番となる。
「いよいよ、本番だね」
今は、サッカーが行われているのを伊波さんと眺めている最中である。半袖半ズボンの体操服姿の伊波さんの手足はとても白くて細い。ご飯をちゃんと食べているんだろうかと心配になるほどに。
「やる気みなぎってるね」
「今日はお祭りみたいなものだからね!」
――それに、平日なのに一昨日と昨日は鈴木くんと会えなくてつまらなかったから嬉しくてテンションが上がってるんだよ!
伊波さんの気分はあの日からすっかり良くなっていた。空元気なんかじゃなく、ちゃんと元気だと安心できるほどに。二日間の休日があったからリフレッシュ出来たのかもしれない。
それでも、俺は心配になる。神無月がこの学校からいなくなる訳でもなければ、伊波さんと二度と会わない訳もない。同じ学校にいるのだからいつかはこの前みたいに遭遇することもあるだろう。むしろ、二学期に入ってまだ一ヶ月程しか経っていないとはいえ、一度もすれ違いもしなかったことが珍しいことだ。
一学期の間は俺の知らない所ですれ違ったりしていたのかもしれない。
「どうしたの?」
「ううん、昼になるのが辛いな~って」
昔のことを思い出させて伊波さんを苦しめる必要もない。
何てことのない素振りをして首を横に振っておいた。
「もう少し時間あるから精神を落ち着けるといいよ。どうしても震える時はね、人って字を書いて飲むといいんだよ」
それって、緊張する時にすることだろ。
興味のないサッカーが終わるまで俺と伊波さんはそんな話をして時間を潰した。
サッカーの時間が終われば、女子のバドミントンの出番だ。体育館に移動して、観客席から伊波さんを見る。心なしか、サッカーの時よりも見に来ている生徒が多い気がする。
ああ、ごちゃごちゃうるさい……。
生徒が増えたとなると頭に入ってくる声も当然多くなる。伊波さん目当ての者、自分の出る競技が終わって疲れている者、想い人を応援に来ている者。色々な声が届いてくる。
やっぱり、伊波さんってモテるんだよな。
可愛い。優しい。おまけに頭もいいとなれば当然モテる。その要素が詰め込まれているのだから。
なのに、誰も友達になろうとしないことが腹立たしい。クラスの皆だってそうだ。伊波さんを嫌ってたあの二人は友達になんてならなくていい。けど、少しでも伊波さんに何かしらを感じているのなら声をかけてあげてほしい。彼女は近寄りがたい女の子なんかじゃなく、とても接しやすい女の子なんだから。
「が、頑張ろうね!」
「うん、頑張ろ~」
――やった。今のはいい感じに仲良し感が出てたはず!
仲良し感ってなんだ、仲良し感って。
伊波さんを見ていると色々な感情で笑みが溢れる。
はいはい、頑張って。ここで、応援してるから。
目が合った伊波さんが嬉しそうに手を振ってきたので振り返しておく。周りからの戯れ言はいちいち気にしない。それでなくとも、うるさいのに変わりはないんだから。
――鈴木くんにカッコいい姿を見てもらって少しでも勇気をもらってほしい! そのためにも、頑張るぞ! おー!
背景がメラメラと燃えている伊波さんは結果として、三回戦で負けた。
一年生は全部で八クラスある。バドミントンに関しては各クラスからダブルスが四組ずつ出場し、四つのトーナメントで各クラスの一組ずつが競い合う。
つまり、伊波さんは決勝戦で敗れたのだ。
「お疲れ様」
「うう、悔しい……もう少しだったのに!」
今は、昼休み。教室で燃え尽きていない伊波さんを励ましているところだ。
「三点差だったからね。惜しい」
「本当だよ。あそこで私がミスしてなかったら~!」
「でも、準優勝だし凄いよ」
「けど、あのトーナメントだけだもん。全体で見れば、中途半端な順位だよ」
「確かに……」
「もう少し、クラスに貢献したかったよ」
どういう計算でクラス順位を出しているのかは分からないけど、今俺達のクラス順位は微妙な位置にある。
優勝しよう、とクラスで円陣を組んだ訳ではないにしろやはり勝負事だからだろう。
所々から、勝ちたい、という声が聞こえてくる。
「でも、カッコ良かったよ。スマッシュを決めた時とか痺れた。経験者?」
「ううん、体育の時間で慣れただけだよ」
あっさりと答える伊波さんに俺は苦笑を浮かべるしかなかった。
それだけで、あのレベルなら十分だろ。
「伊波さん」
伊波さんのペアだった子が声がをかけてきた。伊波さんは慣れない様子で返事をしている。
「あ、ど、どうしたの?」
「さっきは惜しかったね~」
「うん、悔しいよ。ごめんね、あそこでミスしちゃって」
「気にしないでいいよ~。私の方が足、引っ張ってたし~」
――私、運動神経良くないから、まだましだと思えるバドミントンに立候補したんだけど、すっごく後悔してたんだよね。性格と一緒で動きものんびりしてるから絶対足を引っ張るだろうって思ってたし。
確かに、のんびりしてるよな。のんびり、というよりはのほほんとしているから不思議と嫌な気分にはならないけど。
――で、本当にそうなったから気にしてたんだよね。伊波さん、凄く上手なんだもん。怒られるかもって怖かった。だから、先に謝っておこうと思って声をかけたんだけど。
大丈夫、伊波さんはそんなことで怒ったりしない。むしろ、声をかけられて内心てんやわんやになって焦ってるから怒るって思考すらないんだよ。
――優しいな、伊波さん。
そうなんだ。優しいんだよ、伊波さんは。
「じゃ、それだけだから、友達の所に戻るね~」
「あ、うん。お疲れ様」
「またね~」
たった、それだけの短いやり取り。
でも、伊波さんにとってはとても嬉しかったようで。
「良かったね」
「うん」
思わず、見惚れてしまうような笑みを浮かべていた。
頬が赤くなるのを感じていると大きな声で田中に呼ばれた。どうやら、もうじき行われる試合の作戦会議をしよう、ということらしい。
「呼ばれたし行ってくる」
「うん」
「カツサンドありがと。美味しかった」
「ううん、昨日ママが今日のために揚げてくれたのを挟んだだけだから」
そうはいうけど、一緒に揚げたり朝早くから挟んでくれたんだろう。
絶対に勝ちたい、って思ってる訳じゃない。でも、頑張らなきゃいけない理由は増えた。
「……スマッシュを決めた後にハイタッチしてた時、すっごく可愛かった」
「……へっ?」
「じゃ、じゃあ!」
赤くなったであろう耳を見られたくなくて急いで田中の所に向かう。
「お、どうした、鈴木。顔、真っ赤だぞ?」
「うるせー……暑いだけだ」
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