第26話 今の恋は上手くいく 終
ドーナツ店を後にして、夕日に彩られた住宅街を伊波さんと歩く。お互いに口数は少なく、何も話すことがない。
そして、そんな時に限って時間の流れが遅く感じ、どうにもいたたまれなくなってしまう。
しかし、そんな時間も終わりを迎えた。別れ道というどうにも出来ないものによって。
「送ってくれてありがとう」
「……心配だから」
「ごめんね、心配かけて。でも、もう大丈夫だよ?」
「違う。そういう意味じゃなくて……」
どうにも言葉が上手く選べない。
そんな俺の様子を見て、伊波さんは首を傾げた。
けど、内心では全部分かられていた。
――鈴木くんは私に何か言おうとしてくれてるんだよね。私がいつまでも落ち込んでるから。もう、半年も前のことなのに。好きでもなかったのに。なのに、どうしても当時を思い出すとからかわれてただけなんだって。自分は興味をもたれない価値のない人間なんだって言われてるようで悲しくなるんだ。
段々、伊波さんのことが分かってきた気がする。
伊波さんが友達を欲しいと思って行動するのは今まで誰とも友達になれなかったから。
自分は普通にしているだけなのに、理由らしき理由もなく友達が出来ないのはとても悲しいことだろう。
だから、誰かに構ってほしくて、自分に興味をもってほしくて他人に優しくして自分を認識してもらおうと頑張ってたんだ。優しくすれば、少なくとも認識はしてくれるだろうから。
なんで、誰もこんなにも一途に頑張ってる子の友達にならないんだよ。ちょっと、抜けてて天然っぽいだけの優しい女の子なのに。
なんで、アイツとその友達はこんなにも優しい女の子をゲームの駒みたいに酷い扱いが出来るんだよ。
なんで、俺はもっと早くに伊波さんの声に気付いてやれなかったんだよ。今まで、散々時間があったってのに。
――鈴木くんがまた難しい顔してる。ごめんね、私のせいでそんな風にさせて。でも、いいんだよ。何を偉そうにって思われるかもだけど、鈴木くんが私を友達だって、見てるって言ってくれた時に救われたから。ようやく、私を家族以外でちゃんと見てくれる人が現れたんだって嬉しくなったから。
だから、これ以上はいいよ。何か言われると私、ますます好きになって、また気持ち悪いくらいに重たくなるかもしれないから。
そんなの、なるならなればいい。
俺はもう、とっくに逃げるのを諦めてる。
「それじゃ、また明日ね」
可能な限り、俺のためにと浮かべてくれた笑顔を俺はすぐに壊した。
伊波さんの手を掴むという方法によって。
「……ど、どうしたの?」
「伊波さん……」
困惑している伊波さんの目を真っ直ぐに見る。
「もし、伊波さんが今誰かに恋してるならそれは必ず成功するよ」
「……っ!?」
「そいつはきっと伊波さんを見てる。優しい伊波さんを誰よりもちゃんと見てる」
伊波さんの手を掴む力が自然と強くなるのが分かる。痛めていないかなと心配になるくらいに体が熱くなってそれが手に伝わっていく。
「だから、伊波さんは何も気にしないでそいつに積極的にいけばいい。そいつは必ず、全部受け止めるから」
――そ、それって、鈴木くんはもう私の気持ちに気付いているってこと? それとも、私が鈴木くんじゃない誰かに恋してるって思われてるってこと?
上手く伝わらないことくらいは分かってたけど……やっぱり、伝わらないな。前者だよ前者。
俺は伊波さんの目をじっと見つめた。
――どっちか分からないよ~! もう、今言っていいの? 好きです、って伝えてもいいの?
「伊波さん」
「な、何っ!?」
「俺は知ってるから」
――な、何をっ!?
伊波さんの気持ちを。
自分の耳が熱くなるのが分かる。
「それじゃあ、また明日」
「う、うん……」
伊波さんの手を離して、その場を去った。
伊波さんが呆然として立ち尽くしたままにならないか心配になり、曲がり角に隠れてそっと見守る。
しばらくの間、ボーッと突っ立ていた伊波さんだが首を数回左右に振った後、歩き始めた。
ちゃんと帰ったことを確認すると急に足腰が震えだしてその場にしゃがみこんでしまった。
胸に手を当てると動悸が激しいことが伝わってくる。
どう思われただろう。変に思われたかな。ヘタレだと思われたかな。嫌われたりしたのかな。
結構、頑張ったつもりだった。
でも、伊波さんにどう伝わったのかは分からない。帰ってから、よく考えて自分にチャンスはないんだと思われると嫌だな。
だからといって、俺に心の声が聞こえるんだと打ち明ける度胸はまだない。
「あーーー……」
意味もなく、声を出してしまう。
初めは、伊波さんに好きになられると困るから嫌いになってほしいって思ってたのに、今は嫌いになってほしくなくて好きでいてほしいって思ってる。
「あーーー……」
もう一度、意味もないのに声を出して頭をわしゃわしゃとかく。
いつまでもここにいても仕方ない、と足の震えも止まったことだし立ち上がる。
ズボンについた砂を払いながら深呼吸を数回した。
くよくよ悩んでてもしょうがない。明日、伊波さんに会えば分かることだし、今悩んでても時間を無駄にするだけだ。
それなら、出来ることをやっておこう。
「よし……!」
二回、頬を両手で叩き、気合いを入れる。
そのまま、俺は家に帰らず夕日を背にして走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます